18日(日)昨日の夕方に、TBS報道特集「戦争と文学」を途中まで見た。そのあとは録画していたので、日曜日午後に観た。もう一度番組を通してみたいと思い、ネットで探してみると、TBS局が無料で視聴できるよう配信していた。澤地久枝さんと保坂正康さんが、今伝えたい事を語っていた。戦争とどう向き合い、どう行動しているかだった。澤地さんは金平茂紀との対談で、初めて家族が戦後間もなく自決したことを明らかにした。保坂さんは、4000人以上から戦争体験を聞き書きしていた。このお二人が、戦争を知らない若い世代に伝えたいことは、戦争がいかにひどく、絶対にやってはいけないことだと。
澤地さんは、若い人は、「時代の空気の中で」影響を受けるという。そして難民生活を経験した澤地さんは、「国が何か間違えた大きなことを決めるときには、弱いところへみんなしわ寄せが来る。今も変わってないと思います」と。映画「きけ、わだつみの声」をみたあと、自己の無知を恥て、戦争と正面から向き合い、多くの本を書き記した。反戦を訴えるようになったのは、自然の流れだったと。やがて時代は戦争につながる道を開くために、憲法9条を変える動きが出てきた。澤地さんは大江健三郎らと共に戦争放棄を謳った憲法九条を守るために、「九条の会」を発足させて、安倍政権の時に出てきた戦争につながる安保関連法に反対した。沖縄についても語った。「沖縄がやられるってことは、日本全体がやられるってこと。何にやられるかと言ったら「不法な政治」ってことですよ。不法な政治は人間の暮らしなんか考えていない」と言った。戦争で沖縄が大きな犠牲となり、今また同じことを繰り返そうとしていると断言した。「何にもうまれないですよ。殺しあっても」
保坂正康さんは、歴史を丹念に調べて、聞き書きを紡いできた。中国で「三光作戦」に参加した兵士からの聞き書きはこうだった。三光作戦は「焼き尽くし(焼光)、殺し尽くし(殺光)奪い尽くす(搶光)」だという。実際に幼い子供までも殺した体験は、戦後も忘れられず、孫が訪ねてくる時には、孫の顔を見られず、必ず留守をしたという。さらに戦争を後押しをしたのが、メディアだったという。「メディアの中で飯を食うということは、新聞記者は国策に協力しなければ記事が書けない」と。
澤地さんは、「今言えることがあると思う、で私は言おうと思っているわけね。言う義務があると思っている。」という。「戦争を全く知らない世代も、想像力を支えにして、人間の体験の極限まで、近づいてゆけることを知ってほしい。そう、日本人がかつて直面した戦争の実相を知る努力です。そこから得る知恵を頼りに、現在進行している情勢をしっかり読みとってほしい。」澤地さんの言葉は心にささった。
大原の朝市に出かけた。野菜とお花を購入した。オクラ、万願寺、ニガウリ、バターナッツなど。特に先週購入したジャガイモが美味しかったので今週も購入。スーパーには男爵かメークインしかないので、味が単純。今の時期には「インカの目覚め」系の赤いじゃがいもが大原では出ている。大原で作っていると特別なじゃがいもだと言われたが、名前を聞き忘れた。先週、龍谷大学の学生が栽培した紫蘇を売っていた。ひと束100円だったが、葉っぱが萎れていた。水上げができていなくて、しんなりとしていたので、購入する気にはなれなかった。いらんおせっかいだったが、そのことを学生さんたちに伝えた。今週は、きちっと水あげして、葉っぱもシャキッとしていた。せっかくだから、ひと束購入することにした。学生さんたちは喜んでいた。大原の土地が肥えていて、紫蘇にはとてもいいと以前から聞いているし、梅をつける時には、大原の紫蘇を使っている。今年は梅を購入するタイミングが合わず、梅はつけていないが。
お花はケイトウ、ハイビスカスローゼ、カーネーション、トルコキキョウを購入。なかなか難しいお花選びだった。
