朝から電気ケトルとドライヤーの同時使用でブレーカーを落とした日、帰りに立ち寄ったスーパーで天啓を受けた。水餃子を作ろう。
春というのはウキウキして楽しいと思っている人は、その時点で恵まれていると自覚するべきだ。何事も、始まりと終わりには労力がいる。年度末と年度始めは、ニコイチみたいな可愛い顔をしているが、暴力性が隠れていない。前の部署で終わらせる仕事、新しい部署て始まる仕事。組織が変わらないから全てのカバーを任される人間にとって、春は恨みが増幅する季節だ。
新しい組織でやることがないとのたまいながら、新年度の高揚感を纏って飲み会に向けて定時に帰る人間を見送るのも疲れた。帰ろう。今日こそ私は早く帰る。月曜日なのに全てを置いて帰ろうじゃないか。みんなの定時帰りのために犠牲になっている人柱なんて、誰も気にとめない。まだ空にある太陽が長い影を作る。日が伸びたことに今更気づく。
仕事終わりに立ち寄るスーパーが好きだ。ここから新しい一日が始まる。テーマパークのような情報量。ここにあるものが、ちょっと頑張れば買うこともできる。私の思うままに自由意志による選択が可能だ。コロナで2週間ホテルに隔離されていたことに気づいたが、自分の意思で何かを選べたとき、心は喜ぶ。毎日個室で配膳された弁当を食べた時は精神がまいった。
さあ、仕事で鈍った己の心に水を上げるように、広告の品という文字を探そう。お気に入りのプルコギは40パーセント引きなので、冷凍庫ストックの仲間入り。スパークリングワインが700円。お気に入りだったイエローテイルが千円を越えた。ジョージ15世という名前も気に入った。農協の「私が作りました」のポップみたいなことでしょう。
目の前に大粒な牡蠣が5個入ったものが40パーセント引き、下処理は面倒だがワインに合う。バター焼きが簡単かな、とカゴに入れようと思ったら、目に飛び込んできた「鶏ももミンチ」という派手なポップ。安い。ここで神が囁いた、そうだ水餃子を作ろう。
仰々しい言い方をしたが、閃きというものはただの情報の合致だ。たまたまそうだったよなあが何個か合致した最適解。これを人間はありがたく特別感の衣を纏わせる。
BRUTUSという雑誌がYouTubeをやっている。そこで、人生最高のおつまみとお酒とか朝ごはんを作るシリーズがお気に入りだった。出演者に代々木上原の按田餃子というお店の店主が出演していた。高級店のオーナーが多い中、ここなら頑張ったら行けるなあとGoogleマップに保存した。後日、違うサイトでこの方が水餃子のレシピを紹介していた。これが、とても簡単そうだったので、いつか真似しようとしていたのだ。
次に、心の底から沸き立つ小麦を捏ねたいという願望。実家にいる頃はたまにお菓子を作っていたが、今の家にはオーブンレンジがない。小麦に触れる機会は、生姜焼きを作る際に豚肉に纏わせるだけ。しかも、それ専用のサラサラの小麦粉を買ってしまった。爪の間にねっちりした生地が挟まる不快感だって、触れる機会が少なければ渇望してしまう。捏ねたい!!!前に唐揚げを作った際に沢山買った小麦を消費したい!
ずった23時に帰っていたのだ。まだ18時だ。手の込んだ料理を作ると、その日は実質休みのような気持ちになる。今日は月曜日だから三連休だ。安かろうとワインを開けた日は休日にカウントする。
一緒に住んでいる彼が居酒屋に行くたびに水餃子を頼んでいた。冷凍の水餃子も好きだというが、作ったら喜んでくれるだろう。お手製なら肉汁も溢れて食べごたえが抜群じゃないか。居酒屋では多くても4つぐらいしか皿に乗らない。大皿に山盛りの水餃子を、日頃の感謝も込めて作ってしんぜよう。
作り方は簡単だ。野菜を切って塩もみし、お肉と調味料をまぜる。小麦粉と水を捏ねて、少し寝かせてから伸ばして丸くする。お肉を包んで沸騰したお湯で茹でる。キャベツは彼の握力で小さくなったし、量も少ない。30分ぐらいで作れるだろう。この目算が甘かった。
肉と野菜を混ぜて手が汚れたので、寝かせた生地を片手で伸ばそうとするも、麺棒代わりのペットボトルにくっついて上手くいかない。部屋から顔を覗かせた彼にお願いして、打ち粉をふんだんにまぶして生地を伸ばしてもらうことにした。
ペットボトルは麺棒になるために生まれたわけでないので、引っ付く。我が家の台所はとても狭く、一口コンロと手のひらぐらいの作業台しかない。これをシンクにかけて巻き簾のような柵で延長させて、何とかまな板を置いている。大きな人間が2人、まな板を中心にして猫背に並んでいるのは奇妙だ。
不器用な彼はうまくいかない生地伸ばしに苦戦している。すかさず「粉を触るのは楽しいね!」「もちもちだね!楽しいと言いなさい!」と強要する私。言霊思想は水餃子作りにも作用する。最初は上手な丸を作ろうとしていたが、四角だったりするので「ラザニアかな?」と突っ込んだりするが無視された。
チェーンのうどん屋で長くバイトしていた彼である。茹でと天ぷら担当だったらしいが、粉とは早い段階でお友達になったのだろう。もくもくと生地を伸ばしている。私の右手は乾いた肉と野菜で硬くなっている。暇だ。肉を触っていたら「肉をもちもちするな」「手の温度が回る」と言われるので、彼が包んだ水餃子を指でプッシュする。「なんでいじるの!」「接着をよくするボランティアです」話は平行線だ。
生地が足りなくなったので再度粉と水を足して捏ねる。水を入れすぎた彼は粉を増量する。生地が多くなったので、最後は分厚い水餃子になった。もちもちして美味しいだろう!本日初めての共同作業でしたね。

作り置きの鱈とキャベツとえのきの酒蒸し、カブのマスタードサラダ、昨日の残りである麻婆豆腐、パプリカのマリネ。そして山盛りの水餃子。スパークリングワインといただきます!
もちゃ、断面を見ると白い。水餃子というより団子のようだ。断面の白は、分厚い生地の部分だけ粉っぽくなり、火が通っていなかった。食感も味もすいとんである。成功か失敗かと言えば失敗より。調べると生地は1時間以上寝かせないとツルツルもちもちにならないらしい。保水量が少ないのだ。
「ごめんねーー」と言うと「でも俺は好きだよ!」「腹にたまるよ!」と言う。なお、ワインは少し薄かったのだが、「俺はこれが好きだよ!また買うよ!」との事。優しい。ちゃんと完食していたし、「ジョージってフランス名だったらなんて言うのかな」「ジョン的な?ゲオルグとかじゃない?」みたいなどうでもいい話もした。正解はジョルジュらしい。ゲオルグはドイツでした、私のバカ。
月曜日から満足度が高い。今度こそ2人で水餃子のリベンジを誓います。狭い台所なのでいつも1人でずつでしか料理が出来なかったけど、水餃子なら2人で作れるぞ。1人はヤジとちょっかい係になるけれど、平日から楽しかったし。
なお、本当のレシピは豚肉と白菜だったのに、鶏肉にキャベツで全く違う代物ができちゃった。調味料も適当に、オイスターソースに醤油に創味シャンタン、塩とごま油でシンプル中華。魚醤なんてオシャレなものはない。それでも水餃子の腕を極めるぜ。目指せワンタンのような口溶け感。ファイト!
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