
人生終わった。
新卒で入社した会社を2ヶ月でバックレた。
僕は生まれながらにして過酷な人生を歩んできた。
小中時代は、集団に馴染めず先生や同級生に叱られ、女子に飛び出た腹を指さして笑われ、先輩からは暴行を受けたり恫喝され、後輩からはからかわれていた。
高校時代には物を隠されたり無視されたりのいじめを受け不登校になり、大学もその延長で対人恐怖症で引きこもりニートとなった。
アルバイト面接を100回以上バックレたし、なんとか始めたバイトも長続きせず途中で辞めてしまうことが多々あった。
あまりのストレスに耐えきれなくなり、通行人に体当たりしたり怒鳴ったり女の子に付きまとってしまったこともある。
だがこのままではまずいと思い、二回留年したものの何とか大学を卒業して就職した。
そして「心機一転頑張ろう!」と思った矢先の出来事だった。
――就職先は、どす黒いブラック企業だった。
入った会社はブラック企業だった。

「朝礼の一時間前には来てね。朝のミーティングがあるから」
入社初日に言われた言葉だ。
いや、は? ふざけるなよ。
そんなこと面接で一言も言ってなかったし、契約書にも記載はなかった。
しかもその時間は賃金は出ず、当たり前にサービス早出だ。
厄介なことに、基本給に固定残業代が含まれているから文句が言えない。
日本の法制度の抜け穴を利用しているというわけだ。
月に一回の休日出勤も無給。
また、上下関係が厳しく絶対服従の社風が生理的に無理過ぎた。
毎朝朝礼で前に立ち社訓を唱えさせられる。
日教組よろしく国歌を歌わないなんて選択肢は存在しなかった。
出勤時と退勤時には全員にあいさつ回り。
声が小さいと怒鳴られるため、毎回挨拶の時間になるたびに心臓の動悸が鳴り響き、冷や汗が全身の毛穴から噴出し、顔一面を真っ赤に染め上げる。
しまいには急いで喋る故にどもってしまい、社内の全員が真顔で僕の方を見て静まり返っていた。
席が近い事務員のおばさんは独り言がうるさく返答に困る会話を吹っかけてくるし、隣の部署では神経質そうな上司が部下に怒鳴り散らしてて、花形部署の部長は肩で風を切るようにオラついて社内を闊歩していた。
「なんだこの狂った環境は!」
当然の帰結として、僕は発狂した。
なんちゃって大企業
前回、「大企業に就職しました!」とドヤ顔で高らかにほざいていたが、実際は中小企業と大企業の間くらいの規模の会社だ。
Fラン大学を浪人、留年した挙句、既卒ニートの僕では誰もが知ってるような会社は無理。
就職エージェント経由で入社したが、エージェントに求人を出している会社は本当の意味での大企業でない。
なぜなら大企業はわざわざエージェントに高い金を払ってまで求人を出さなくても湧くほど応募が集まるからだ。
実際、僕の入った会社も離職率が高く慢性的な人手不足に陥っていた。
入社してから教育係の先輩にずっと
「初めての社会人で大変だと思うけど、長く勤めれば給料は上がるし家庭も養えるくらいにはなるから頑張ろうね」
と言われていた。
だが蓋を開けてみれば先輩は皆共働きでようやくやっていける状況だった。
給料は平均年収に届くかどうか、年休110日ちょっと、有休も満足に取れない環境でどうやって家族を養うのか教えてほしい。
限界サラリーマンの精神崩壊

日に日に元気を失う僕を見て、上司は
「大丈夫かみぃ君。元気だしなよ。何か困ってる事があるの?」
と言ってきたが、
「はい! 安月給でろくに休めずサービス残業までさせられて、職場環境も劣悪なので辞めたくて仕方ないんですけどどうすればいいですか?」
なんて言えるわけねえだろ。
察しろや。
小さなミスに対して客からの陰湿なクレーム、わかりにくい社内システム。
虚ろな目で満員電車を揺られ、駅のホームや会社のエレベーターで列を抜かしストレスを発散し、頻繁にトイレ休憩と称しスマホや仮眠を繰り返していた。
このグロテスクな白昼夢は一体いつになったら終わるのか、途方に暮れながら会社と自宅を往復していた。
もう僕は限界だったのだ。
飲み会翌日のバックレ
退職の決定打は、飲み会で浴びせられた心ない言葉だ。
「みぃ君さ~、同時期に入った子はもう馴染んでるんだからそろそろ心開いて明るくなりなよ」
「営業マンなんだからもっと積極的に行かないとダメだよ~」
よくわからないノリに先輩からの助け舟で何とか答えるも
「こわっ! みぃ空気読めない奴かと思った!」
と言われたり――。
その瞬間
「ここは僕のいるべき場所じゃない。早く逃げないと!」
とはっきり思った。
翌朝、ベッドから体を動かそうにも動かなかった。
まるでヘドロの中に横たわっているようで、手足が絡みついて離れない。
今まであの会社の犠牲になった無数の屍たちが、あの世から僕を引き寄せているかのようだった。
必死の格闘の末、勤務開始時間にラインで上司に「もう辞めます……」と送った。
退職代行を使うか迷ったけど、それ以前の問題だった。
そもそも向いてない仕事だった
僕が入った会社は専門商社で、職種は営業だった。
けれど僕は、対人恐怖症で人との会話や雑談が苦手だ。
学生時代、いじめや世間からの仕打ちで不登校になり、アルバイトすらまともに続かなかった。
バックレは日常茶飯事、教えてくれた先輩に逆ギレしたこともある。
そんな僕がなぜ営業を選んだのか。
理由は単純で、スキルゼロの人間がホワイトカラーで働くなら営業くらいしか思いつかなかったからだ。
そして、人と関わることが苦手でも、仕事を通してそれを克服できるかもしれないという淡い期待もあった。
だが入社してみれば、思い描いていた世界とはまるで違った。
何の価値もない商品を売りつけるために、高圧的な客に頭を下げ媚びへつらう毎日。
サービス残業、ハラスメント、上下関係の異常な厳しさ。
まるで旧日本軍のような組織。
「これがサラリーマンだから……」と諦めた顔で言う上司や先輩。
そんな環境で、全く性格に合わない営業職を続けるのは不可能だと悟った。
30年近くかけて形作られた性格は、数年の仕事で変えられるものじゃない。
仕事は基本的に一生続く。
ならば、自分の性質と真逆の組織や役割に人生を費やすのは無理だ。
僕に合うのは、人と極力関わらず、村社会のような息苦しさもなく、ノルマや期限に追われない環境だ。
「そんな仕事あるわけないだろ!」と笑われるかもしれない。
だが、もし本当にないなら、僕はこの世界で頑張ることを諦める。
世捨て人として、この残酷な社会に反逆する――手段なんて選んでいられない。
不登校、引きこもりニート、精神疾患、家庭崩壊、自殺未遂――。
そんな状態から何とか這い上がり、人並みの人生を送れるかもしれないと期待した。
けれど、ようやくつかんだ光は、指の間から砂のようにこぼれ落ちていった。
今回、改めて思い知らされた。
僕は何度も踏み出そうとしては、同じ場所に押し戻されてきた。
生まれつきの性質を誰からも認められず、非寛容な国でこの性格のまま生きていくこ
の難しさを。
そして――僕はまたしても、深い闇に吸い込まれていった。