常勤医不在の高野病院院長に36歳都内医師
被災地が浮き彫りにする地方医療の課題
池松 由香 池松 由香
2017年1月12日(木)バックナンバー
2月から暫定的に高野病院院長に就任する中山祐次郎医師(写真:竹井俊晴)
「瞬発力で決めた」
こう話すのは、渦中の高野病院の院長に2月1日からの2カ月間、暫定的に就任することが決まった都立駒込病院の中山祐次郎医師(36)だ。
福島県広野町にある高野病院は、東京電力・福島第一原子力発電所から22kmの場所にある民間の病院。原発事故後も地元に残り、患者を受け入れ続けたことで知られる。院長の高野英男医師(81)が唯一の常勤医として診療を続けてきたが、2016年12月30日の火災で死去。その後は常勤医不在のまま、南相馬市立総合病院など近隣の病院で働く医師や全国各地から名乗り出た医師のボランティアによって支えられていた。
118床を抱える同病院は、現在でも双葉郡で唯一、入院できる病院だ。
高野病院は双葉郡で唯一、入院できる病院。同地域の医療機関の約8割がいまだ休止している
院長が死亡した翌日の12月31日、遠藤智・広野町町長と周辺地域の医師らにより「高野病院を支援する会」が結成された。1月中の診療は非常勤の医師でやりくりするめどが付いたが、「医師の好意に甘えているだけではやがて限界が来る」(支援する会の尾崎章彦医師)と危機感を募らせていた。
中山医師が高野病院の状況をニュースなどで知り、支援する会の尾崎医師に連絡をしたのは1月6日夜のことだ。
3000人の命を預かる一人の医師
中山医師は、尾崎医師と相談した後、8日に現地に赴いた。事務室で尾崎医師、高野院長の娘の高野己保(みお)理事長と話していると、地元の住民が次々と事務室にやってきた。高野院長の遺骨に手を合わせるためだ。
「この先生がいなければ、この地域は終わっていた」
「本当に超人のような人だった」
弔問に訪れた人たちは口々にこう言った。高野病院が見守り続けてきた広野町の人口は約3000人。日本の人口1000人当たりの医師数が約2.3人(世界銀行統計、2010年)であることを考えると、広野町の現実が極めて過酷であることは明らかだった。
「ここには医者がいないとダメだ」。中山医師はそう実感したという。
中山医師はその場で院長就任を決断したが、これで問題が完全に解決したわけではない。同医師は4月から郡山市内の病院での勤務が確定しているため、在任期間2カ月間の「暫定院長」だからだ。高野病院は、4月から院長を務めてもらう人材を早急に探さなければならない。ちなみに院長はボランティアではなく、高野病院に雇用される常勤医となる。
「自分がたった2カ月間いたところで、応急処置にしかならない」(中山医師)
高野病院はもともと、高野院長が高齢であったため複数の非常勤医によって支えられていた。院長の死亡後も診療を続けてこられたのも、ボランティアに加え、こうした非常勤医が継続してサポートを続けたことが大きい。
だが、尾崎医師が指摘しているように、自転車操業ではいずれ限界が来る。これから永続的に地域住民を支えていくには、「県や国が主導する支援が不可欠になる」(尾崎医師)。
1月3日、遠藤智・広野町町長らが高野病院の現状を訴える記者会見を開いた。左から、尾崎章彦医師、遠藤町長、支援の会の坪倉正治医師
福島県の内堀雅雄知事は1月4日に開いた記者会見で、「(高野病院の)医師確保に向けた支援を行う」と発言した。だが、6日、県と高野病院、広野町、支援の会の関係者らによる非公開の会議が開かれるも、県から具体的な解決策が示されることはなかったという。
「美談なんかではない」
背景にあると考えられるのは、「一つの民間病院を県(や国)が助けるわけにはいかない」という立場だ。確かに高野病院は一民間病院に過ぎないが、震災後に双葉郡を支える医療機関として果たしてきた役割は「公共の役割」と言っても過言ではないだろう。
さらに高野病院の問題は、「被災地」という特別な場所だけが抱える問題ではない。「医師不足」は、過疎化・高齢化が進む日本の地域社会のどこにでも起こり得る現象だからだ。
「高野病院の話はともすれば美談になりやすい。でも、それだけではなく、国や県、私たち一人ひとりが今後の地方医療のあり方について、もう一度、考え直す時が来ている」(尾崎医師)
高野病院の騒動を「被災地で起きた美談の一つ」で終わらせてはならない。