
NHKが「反対多数確実」を報じた午後10時35分から約35分後の午後11時10分、橋下氏が大阪市内の会見場に姿を現した。
カメラのフラッシュを一斉に浴びながらも視線を前に向け、少し笑みを浮かべながら着席。「受け入れられなかったということで、間違っていたということになるんでしょうね」と“敗者の弁”を述べた。
将来、政界に復帰する可能性について「ないですよ」と強く否定。「自分のような政治家はワンポイントリリーフ」と述べた。
府知事選に立候補した際に「2万%でない」と発言したことに触れ「あの時はテレビ番組の収録を済ませていたので、あのように発言するしかなかった。今は制約もなく、うそをつく必要はない」と語った。
08年の政界進出から7年。二重行政の解消をめざして都構想を提唱してきたが、実現叶わず。政治生命を賭けて“一発勝負”で意気込んで臨んだ今回の住民投票だったが、民意から返ってきた声は「ノー」だった。
16日には「納税者をナメた連中を潰す」と威勢良く演説していた橋下氏。投票当日の街頭活動も認められた今回は、この日も投票所を回ったほか、大阪・難波で最後の支持を訴えていた。
橋下氏は2008年に大阪府知事に就任、10年に都構想を掲げ、松井一郎氏(現府知事)らとともに政治団体「大阪維新の会」を設立した。11年の市長・知事の「大阪ダブル選」を経て、12年の旧日本維新の会設立以降、3度にわたり国政選挙にも挑戦。現在、維新の党は野党第2党として、一定の存在感を発揮するまでに至っている。