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早いですな。

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キレちゃいねーよ!ううん。by/長州力


 前も取り上げましたが、早いもので平成も満二十年になりました。
 思い越せば昭和63年9月でありました。当時日本中がソウル五輪に沸き、ベン・ジョンソンが100m世界新をドーピングでフイにし、「ベン・ジョンソンがションベンでパー」とやじった矢先に病に倒れ、いつ、なんどきに亘りましても、身内であってもこうはわからないであろう脈拍数・呼吸数・血圧・体温・輸血量などが繰り返し報じられ、一億総面会謝絶・インフォームドコンセント状態のようでありました。
 鈴木大地が、バザロ泳法で金メダルに狂乱し、一本のビールを4人で分け合うことを楽しみにしていたという某テレビ局取材陣。うつりゆける宮内庁周辺の季節の移り変わりという日々、僅かな変化を唯一楽しんでいた記者達も、ゴールデンタイムの放送が次々変更になったタイムテーブルも、「正月すらやれんのか!」といわれた噂も無事超えて、この明けて昭和64年1月7日土曜日を持ってその物語、いや激動・波乱万丈七転八倒転地激変海砂利水魚な「昭和」がここに完結を迎えたわけであります。

 思えばこのあと、狂乱物価の平成バブルで女性達がジュリ扇おしりふりふりで、まさに操られ人形の如く踊り明かして西麻布、更にはバブルはじけてこここは横須賀三丁目(?)、そして更にはitバブルという今となっさては、舞台お立ちのお姉さま方も、ヒアルロンさんドモホルンリンクル、あるいは養命酒が手放せないとしになった現代、まやかしのような夢物語が一気にさめるという、二十年でこれだけの日本丸大野望と木っ端微塵に散るが如くの世の中になろうとは、少なくともこの「平成」という額縁をもった小渕さんをまぢまぢとみていた若干17歳の夜だるま君には予想だにしなかったでありましょうか。

 アレだけ貧しくて、戦争なんかもうこりごりだといっていた昭和というとてつもない時代のガラクタとも言うべき時の流れに、「アノころはよかった」と振り返る映画やテレビが、繰り返し放送されるのは、日本人文化の象徴とも言うべきものなのでしょうか。
 いずれにいたしましても、この南蛮渡来の大不況。漢字読めずとも字は書ける、一人ノックアウト顔の麻生艦長舵取りの日本丸というこの船は、いったいのアノ箱舟となるのでしょうか。
 はたまた、黒舟空母オバマによって、横付けされてしまうのでありましょうかこの平成日本。
 平成21年も・・・

のこりあと358日となったわけでありまして、人々のはかない夢の実現は、果たしてくるのでありましょうか。

 今年の、永田町戦国シリーズにご期待ください!



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