橋本大輝(順大)が個人総合で金メダルを獲得した。18歳の北園丈琉(徳洲会)も5位と健闘した。
橋本は最初の種目の床運動で14・933点を出して幸先良いトップスタートを切ると、2種目目のあん馬でも15・166点の高得点で首位キープ。4種目目の跳馬を終えて4位まで順位を下げたが、5種目目の平行棒では15・300点を叩き出して3位に浮上した。最後に得意な鉄棒で14・933点を出し、合計88・465点の大逆転で頂点に立った。内村航平の2連覇に続く日本勢3大会連続Vだ。
5年前、橋本にとって五輪はかけ離れた世界だった。「夢のまた夢だよな…」。1916年8月25日、リオ五輪で体操男子団体が金メダルフィーバーに沸く中、一人、どん底にいた。中3で出場した全国中学で右足を骨折。2種目しか出られず107位の最下位だった。
小中学校時代のクラス整列では先頭が定位置だった。高校入学時も身長153センチで体重は50キロもなく、男性用のSサイズが少し大きいと感じるほど小柄だった。
食も細く、ラーメン1杯が食べられない。市船橋高に入学し、体操で勝つために体も鍛えないといけないと知ると、夜は白米を1杯から2杯に増やすなど、強い体作りにも励んだ。
3人兄弟の末っ子で、誰もが認める負けず嫌い。小学校低学年の頃は指導者に危険だと止められても、兄のやっている技を「俺だってできるのに」と駄々をこねた。順大で行われた試技会で他選手に上回られると「まじで負けたのうざい」と悔しさをあらわにした。ここぞとばかりの勝負強さは、究極の負けん気から生まれている。
団体では、主将の萱和磨、谷川航(ともにセントラルスポーツ)、北園丈琉(徳洲会)とともに決勝を戦い、銀メダルを獲得した。金メダルのROCには0・103点差で敗れたものの、最終種目の鉄棒で見事に着地を決め、こん身の演技を見せた。
内村も期待する19歳が、2つのメダルを手にして日本の新エースに名乗り出た。
◆橋本 大輝(はしもと・だいき)
▼生まれ 2001年8月7日、千葉・成田市生まれ。19歳
▼経歴 兄2人の影響で6歳から佐原ジュニア体操クラブに入る。市船橋高―順大
▼練習の虫 小、中学時代は試合のあとも夕方から体育館に行って夜9時頃まで練習していた。
▼得意種目 あん馬、鉄棒
▼主な成績 19年世界選手権団体3位、スーパーファイナル優勝
▼一気に頭角現す 19年に入り、一気に日本のトップクラスに急成長。国内の代表選考会では7位から巻き返した底力の持ち主。
▼サイズ 166センチ、57キロ