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この日が来ると、ちゃめとの出会いを思い出す。日航機墜落から35年

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 イラストは30年とあるが、ことしちゃめとで会って35年がたつ。
 日航ジャンボ機が墜落した昭和60年、おいらは「宿泊訓練」という学校行事で自然の家へキャンプをやったりなどの活動中、移動する車の乗り降りで股関節を骨折する大けがを負い、当時いた病院には整形外科医は2週間に1回大学病院からの派遣ということで、勉強に差し支えるからと、ベッド事学校に通え、リハビリ施設も充実しているちゃめの施設に移らされ、転校した。
 とうじ小児科は夏休みでほとんどが帰宅中。大人のいる隣の病棟で過ごし、そこでPL対東海大山形の屈辱的大敗や、日航ジャンボ機墜落のニュースを、お腹まで巻いたギプスで暑がりながら見ていた記憶がある。

 私中学期2年。ちゃめ小学2年。第一印象は「生意気なガキ」で(;´Д`A ```、何かいたずらしたりすると「お兄ちゃんたちいけないんだよー!!」と、いちいち鼻についた記憶しかない。あと、ちゃめはあまり群れることなく、薄暗い部屋でベッドの上で塗り絵していた印象しかない。
 ちゃめもまた「夜だるまは怖いイメージしかない。わざわざピコポンハンマー持ってきて、電話かけている最中にパンツ下げられてケツをたたかれた」と。アチャー(ノ∀^) あちゃー

 それがいまやこんな中になるとは…




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