
TVerでテレビ放送から一週間、無料で観られるのでぜひ観てください。知識がない状態で単話で見ても特に問題はないと思います。
わんプリ#44、神回…と断ずるには自分が冷静に見れてない感じはあるけど
— にんず (@ninz51) December 8, 2024
安易な整理・解釈を許さない最後の最後のシーンがすごく刺さった 死をテーマとした回とするならこの姿勢はすごく誠実だと思う
こども向け番組としての矜持が出た回だ
— にんず (@ninz51) December 8, 2024
わんプリ第44話が良かった。
神回と断定しないのは、自分自身が年齢的に涙もろくなっており、今回のストーリーラインだけで感情を揺さぶられてしまって、アニメの1話数として全体を冷静に見れている自信がないからだ。
それでも手ばなしに賞賛できる部分があり、それが最後の最後のシーンである。
いろはがお鶴さんから、フクちゃんに対する様々な行いを感謝されるのだが、いろははそれにうまく反応を返すことができない。最後まで言葉を発せず、鳥の羽ばたく音と一緒にカメラが夕焼け空にパンしてこの話数は終わるのだが…。
このシーンを自分は「いろはがまだフクちゃんの死に整理をつけられていない」ことを表現したものと解釈している。そして絵面的には地味なその様子をそのままに表現したことが、死をテーマにしたアニメ(の話数)としてこの上なく誠実だと感じる。
死とは究極的に個々人が向き合うものであり、そこに他人が挟まる余地はないと思う(結局自分を納得させられる存在は自分以外にいない)。44話はいろはを介して、視聴者に死という概念を触れさせる。そしてその死にはいかなるバイアスもかけない。お鶴さんはフクちゃんの死に対する自身の感想を語ってくれるが、それはあくまでお鶴さんにとってのものである……ということが分かる語り口になっている(いろはの内心とは一線を置くようにしている)。そしてお鶴さんはいろはの反応を求めない&急かさない。他の人物も一言も喋らない。ただ、個人が死に向き合う静かな時間だけが存在している。
こうはっきりと言葉にするのもあれな気もするし繰り返しもあるが。死とは個々人が向き合うものであり、そしてその時間は邪魔してはいけないものなのだと思う。
その前の、フクちゃんとの別れのシーンとは対照的に非常にビターな味わいのシーンで、初めて見たときはギョッとした。ハッピーエンドでもバッドエンドでもない、色のない終わり方だ。その驚きがトリガーとなって、すぐにこのシーンに考えを巡らせた。
このしっとり感動回でティラノサウルスと戦わせようと思った判断が異常すぎてふくちゃんの話が全く頭に入ってこなかった
— ジスロマック (@yomooog) December 7, 2024
トラメの倫理観を出すための仕掛けではあるんだろうけど おそらくトラメにとってはティラノサウルスとプリキュアを戦わせることは最高に楽しいことだっただろうから
— にんず (@ninz51) December 8, 2024
悪いものとしてあげつらっている訳ではないので注意(自分もティラノサウルスまわりは笑ったし)。楽しさや戦闘能力の高さなどよりも大切なことがある、とアニメ側が明確に示したシーンでもあるなと思う。
一応初見の反応。
おわーこの終わりは
— にんず (@ninz51) December 8, 2024
あ〜 一応、予告的には次回でフォローが入るっぽいけど
— にんず (@ninz51) December 8, 2024
ある意味投げっぱなしにも取れる終わり方だったので驚いています。