「怪物の作り方」ってタイトルにしたい。抱きしめるのが遅すぎた。
残虐な場面を極力避けているので、何が起こったのかわかりづらい場面が多いですね。だから邦題はタイトル落ちみたいにわかりやすくする必要があったのかもしれません。でも原題の「We need to talk about Kevin」もいいなぁ。彼の行状を、ではなくて、一つ一つの出来事の積み重ねで、どうやって彼が形作られてしまったかを、ちゃんと話す必要があった、これからでもいいから話す必要がある、のかもしれません。
悪って世の中からつまはじきにされたり、家族からさいなまれたり、いろんなことで醸成されていくこともあると思います。もっと言うと、まったく悪いことをしていない人を悪人扱いすることで、世間的にその人が悪人になってしまうこともあります。悪い子扱いをされつづけて、こんな少年に育ってしまったケヴィンはものすごく素直な人だったのかも。
ティルダ・スウィントン若い。といっても当時すでに50歳くらいにはなってたのかな。今も年齢不詳で若々しいです。この人とデヴィッド・ボウイはもしかしたら、半分くらい宇宙のどこかの血が入っていて超人類なんじゃないだろうか。この作品では彼女は(つめたい母という欠点が与えられているとはいえ)さいなまれる方の役なんだけど、どうしても「デッド・ドント・ダイ」とかの、キーとなる異世界の人・感がぬぐえません。
ケヴィンは大きくなってエズラ・ミラーになってからは、目つきが本当の極悪のようで、なにかを秘めたような子ども時代からだいぶグレてしまった感じ。どうしてもっと早く手を打たなかったんだ、と言いたくなります。でも徹頭徹尾彼の味方だった父と妹は…。激しく憎む相手のことを、人は一番強く意識して、もしかしたら一番愛しているのかもしれません…。