はぁ。今ちょうど、たまたま、17年近く連れ添った猫に病気が見つかって、そろそろ覚悟しなければ‥というところです。猫は自分のさいごを演出するんだろうな。一人でいたければどこかに隠れる。誰かにそばにいてほしければ、私を待ってくれるかもしれない。
最高の最後の日を演出する人の小説があったな。ミステリーで、その箇所がネタバレになるのでタイトルは書きませんが。「キートンの栃面棒」と「ザ・デッド(ダブリン市民より)」を二人で見る。美しい家、素晴らしい景色、最高の天気。愛する友人は出かけている。アルモドバル監督は、背中がすごく痛むときに、こんな光景を想像することもあったんだろうか。
「パラレル・マザーズ」にしろこの作品にしろ、ポイントが絞られていて、それ以外のサイドストーリーがあまりなくなってきた。大騒ぎするスペインの女性たちもいない。ものすごくカラフルで美しいけど(こればっかりは、劇場で見なくて残念)枯れた映画です。戦場ジャーナリストも人気作家も遠い世界だけど、普遍的な、自己決定の物語だと思います。監督の住む世界は、喧噪の中から墓地みたいな静かなところへ移ってしまったのかな。どっちも好きだけど、大騒ぎするスペイン女たちがいないと、映画がすっかりシリアスになってしまうので、別れとか死とかを何かの用事みたいにやりすごす彼女たちにまた会いたい気もします。