<結末にふれています>
やっと時間できた!映画館に行くのが去年の8年の「オッペンハイマー」以来という状況で、まず何を見るか? 教皇も気になるけど何より、大好きな「フロリダ・プロジェクト」と「タンジェリン」のショーン・ベイカー監督がアカデミー賞を総なめした作品を見ないわけにはいきません。
彼の作品はぜんぶ「弱者は強者と争って必ず負ける」作品だ、と認識している。だけどその弱者たちのチャーミングなこと。そして強者も大したことないのだ。 今回のヒロイン、アノーラはロシア移民(おばあちゃんがロシア人で本人の苗字もロシア系なので、生粋のロシア系アメリカ人だ)。ロシアに住む大富豪のバカ息子が彼女に惚れて勢いで結婚するけど、マフィアだかチンピラだかわからない間抜けな(パルプ・フィクションやブレット・トレインみたいな)徒党が結婚を無効にしようとスラップスティックを繰り広げます。リーダー格が司祭だったりするところが、イタリア系のマフィアの映画か何かのパロディみたいだけど、仕事がちゃんとできるやつが1人もいないし、しまいにロシアから飛んできた両親も、母はただもう暴圧的、父は一瞬凄むけどあとはゲタゲタ笑ってるだけ。ベイカー監督は誰ともケンカする気はないんだな。本物の悪を描こうとはしない。ということが伝わってきます。
監督は常に分断と、和解に至らない話し合いを描いていて、社会的な監督なのかもしれないけど、真っ向から戦ったり争ったりすることには絶対加担しない。なぜなら彼が描くのは地元の日常であって、理想とかイデオロギーじゃないから。彼は誰のことも嫌いではないから。 とはいえ一番愛しいのはこの映画ではやっぱりアノーラで、媚びる・寝る・暴れる・怒鳴る を続ける彼女なんだけど、イゴールに「ありがとう」を伝えようとするときに性サービスしかできなくて、(あなたを好きになったわけじゃないのよ)を伝えるかのようなキス回避のあと、あふれ出す涙、くずれおちる彼女の姿が切なくて泣けます。ほんとうに、無名のチャーミングな女性を見つけてきて、とてつもなくチャーミングなヒロインを生み出すのがうまい監督です。この女性愛をフェミニストと呼ぶんだろうか。
作品も監督も撮影も脚本も、良いと思うけど多分他のノミネート作品も全部素晴らしいはず。エブエブが受賞したときもその意図をつかみきれなかったけど、ここにきて思うのは、アカデミー賞が今評価したいのは「最も優れた作品」ではなくて、「今一番見たかった作品を作ってくれた」が選定意図なのかも、という気がしています。今一番、映画界に足りないもの。分断された世界に警鐘を鳴らされることにも疲れて、希望が消えかけたアメリカでは、何も良くはならない現実をわかっているけど、少し暖かい気持ちになれる映画が見たいんですね、きっと。もうやめようよ、戦争なんて。ほんとは敵だってこんな奴らなんだよ。
この監督の映画で悪さをする人たちの共通点は、重すぎる罰を負わされないことかも。事情をよく知りもしないで「~べき」とか言う人たちや、ネットでつるし上げにする人たちのことは放っておいて、町の人たちは「ここから出ていけ」で裁きを終える。そのくらいでいい罪も多いんじゃないかと、共感します。
それにしても、この映画でのロシアの使い方は面白い。ふざけてるんだけど、瞬間リアルなことがある。国に帰る前にアメリカで遊び倒そうとするバカ息子。シリアスな顔をしてるくせに、やけによく笑う父。アメリカの映画周辺の人たちに、「真剣に国全体を憎んだりすんなよ、だってこんな奴らだぜ」って笑って言っているような映画です。そういうところが好きなんですよ、この監督って。