このDVDジャケット、「第七の封印」みたいな構図だなぁ。人間たちのポーズは全然違うけど、地面が画面の下半分を占めていて、その上を葬列が進んでいく。
小諸で一泊→2022年の映画「破戒」を見た→という流れで、前から見てみたかった市川崑監督、市川雷蔵主演の1962年版「破戒」を見てみました。ストーリーや構成は2022年版と同じ部分が多いけど、2022年版よりも実父が亡くなった経緯がこちらは詳しく、その情景や部落の人々の様子が生々しく描かれています。
間宮祥太郎は若々しく健康でまっすぐな青年というキャラクターだけど、市川雷蔵には常に陰があります。若くて美しいけど、心の中に闇がある。そこが大きな違いですね。あと、全体的に、こちらの作品は演出が大きくて感情過多な感じです。
瀬川の下宿先の生臭坊主を演じているのが中村鴈治郎(妻は杉村春子)で、出番が多いです。徳の高さといやらしさの共存なんて、この人でもなければ難しいでしょうね。猪子は三国廉太郎、この頃は圧が強くてベルイマンの白黒映画でも映えそうです。その妻は岸田今日子。影の薄い薄幸な感じをかもしだします。
この映画では「部落民」2022年版では「えた」という」言葉が使われているのは、この頃は「えた」という語自体が禁忌だったのか、あるいは現在「部落民」というと、「xx部落」という単なる地名を思い起こさせて誤解を生じるからか?市川雷蔵が子どもたちの前で告白する場面が、この映画ではすこし唐突に見えるのは、2022年版には生徒の中にえたの子どもがいて、先生がその子を何度となくかばう場面があったから。告白する市川雷蔵はとてもセンチメンタルで、どこか芝居がかって見えて、嗚咽しながらも自分を抑えようとする演技の間宮祥太郎のほうが、むしろ泣けたなぁ。
岸田今日子と市川雷蔵との会話は、なかなか理屈っぽい。友人土屋(長門裕之)が校長(宮口精二)に詰め寄る場面もイデオロギーにあふれています。上京するのは猪子の妻と瀬川であって、彼が恋したお志保は置いてけぼりだけど、「東京から呼んだら来てくれますか」「ええ」と将来をにおわせます。
最後の場面は「先生さようなら」。とことん情緒に訴え続ける映画です。意外だけど、最新の2022年版のほうが硬質でしたね。。。それにしてもやっぱり、雷蔵はいい。