ニコラス・レイといえば「大砂塵」と「理由なき反抗」で、ヴィム・ヴェンダースはこの当時はまだ新進映画監督、「パリ・テキサス」が1984年だからその5年も前。ニコラス・レイ67歳、ヴェンダース34歳。2025年のヴィム・ヴェンダースはそれより12歳も年老いた79歳。頭をだいぶ巻き戻さないと。
そもそも、この二人の接点をどうやって見つければいいのかと思ったけど、考えてみれば「理由なき反抗」は後世の若者の心を掴みそうな反抗的な映画だったし、現在のヴェンダース監督をリスペクトする日本の若い監督、というのと同じような関係性だったんでしょうね。
曲がりなりにも映画監督としてありたいヴェンダース青年と、死にゆく老監督(といっても67歳)。青年はカメラを向けなければならないと思った。(「ブエナ・ビスタ」を撮るくらい、ドキュメンタリーもやる監督だし)だけど、この、自分で自分を含めた世界を撮るという、なんというのか、わざとらしさ。なんで自分が部屋に入っていくところを部屋の中のカメラがすでに捉えているんだ。ぜんぶ準備されてるんじゃないか。ノンフィクションではなくフィクションも混じってるけど、ドキュメンタリーとは呼べるんだろうか。(定義よくわかってない)
それでも、見ているとだんだん、ニコラス・レイのほうも(彼自身、俳優として映画に出たこともあるみたい)芝居がかかった言動が多くて、自分で自分を演出してるようでもあります。変な緊張感。
冒頭と最後は、ニックが望んだ船。ヴェンダース監督は、敬愛する老監督を、愛をこめて映画で送ろうとしたのかな。と思いました。