ボブ・マーレーとスライ・ストーンは、小学生の頃の”まだアタシにはむずかしすぎる音楽”の二大巨頭だったなぁ。「エクソダス」がアフリカ大陸を後にした自分たちの先祖と聖書の出エジプト記を重ね合わせてつけたタイトルなのかな、という連想もできる大人に、今はやっとなりました。レゲエは難しいと思い込んでいると、マリファナの香りするレイドバックな音楽だとは思えなかった(マリファナもレイドバックも良く知らなかったしな)。わからないなりに、そこから15~20年くらいは、ラジオやバーでレゲエが流れていることが多くて、スッチャカ、スッチャカ、というリズムを何も考えないで聴いてるのが気持ちいい、この感じでいいのかも、と思ってたっけ。でもその後レゲエ系の音楽を聴くことが少なくなって、ボブ・マーリーの名前を見ることもなくなりました。わからない子どもだったなりに、彼がどれほど重要な音楽のレジェンドだったかは覚えていて、このまま忘れられてはいけないという気持ちがあって、見てみた次第です。
この作品は、ボブ・マーリーの「伝記映画」ですね。生い立ちをかいつまんで語ったり、音楽でメッセージを発信するようになり、世界的なレジェンドへと一気に駆け上る。ロンドンでクラッシュが演奏するライブハウスで「白い暴動」を聞いてる場面、あれリアルなのかな。
今見ると、ボブ・マーレ―の容貌は、私が思っていたよりアフリカ的だ。なんとなく、中米の人々って先住民と白人やアフリカ人の混血が多く、白人とアフリカ人の混血は合衆国南部に多いんだろうという頭があったんだけど、彼もそれだったんだな。(Wikipediaによると先住民アラワク人は西洋から持ち込まれた病原菌のため絶滅、とのこと)
ラスタファリという思想のもとでは、「私とあなた」はなく「私と私」がweを表す。すごいな、この感じ。ここにきて「ミッドサマー」に出てきた北欧の共同体的意識を連想してしまう。One Loveはただのお題目ではなくて、ラスタの人たちの背骨なんだ。
亡くなってもう44年もたってしまった。「ぼくのママだってまだ生まれてないよ」と言われてしまいそうな昔です。でもあの時代に音楽をいっしょうけんめい聞いていた私としては、彼に忘れられてほしくない。女好きで平和主義の、もしかしたらおめでたい奴かもしれないレジェンドの音楽がずっと聴かれてほしいし、彼がどういう世界を夢見たか、忘れたくないなと思います。