1992年の作品。公開後わりとすぐに見た記憶があるけど、もっと明るい部屋でずっとからみあってたような印象だった。フランス人少女の家庭のごちゃごちゃのことも、忘れてた。
久しぶりに見直してみると、少女を演じたジェーン・マーチはアジア系の血も引いていて、東南アジアに突然降ってきたようなヨーロッパの少女ってほど目立たない。レオン・カーフェイは大柄のイケメンで、少女が語る「たよりない身体」というのが似合わない。つまり、並べてみてもそれほど違和感のない、お似合いのカップルにさえ見える。
それでも少女の家庭の不運や、男の富裕さは際立っていて、社会的なドラマのようにも感じる。これたぶん、今日本の少女が外国人とこんな関係に陥ったとしたら、それを彼女は恋と呼んでロマンチックなものとして認識するんじゃないだろうか。そのほうが今の日本の規範のなかで受け入れやすいから。
それにしても、舞台はベトナムだけど、この映画の中にはベトナム人は使用人と通行人しかいない。フランス人の少女と中国人の富豪の話だ。ベトナムから見たら「勝手に恋でも何でもすれば?」ってところだろうなぁ。外国にいるとエキゾチシズムに酔ったようになって、普段やらないことをやってしまう、というのは、どの国の人にもあることだろうけど。
これってそういえば林芙美子「放浪記」と時代が近い。彼女も現地に駐在している日本人と色恋沙汰を繰り広げてたのだ。
今の私は数十年前に見たときとちがって、ベトナム人をたくさん知っていて、今のこの国の生活はこれとはまったく違うし、背景に埋もれるんじゃなくて自分たちを主人公として生き生きと暮らしてると思ってるから、なんだか納得いかないような気持ちになってしまう。でもこれこそ、外国人でしかない私が、たまたま現在置かれてる環境に左右されてるだけなのかもな…。