「生きる」といえば、黒澤明より前に、ブランコの志村喬の「ゴンドラの唄」だ。あの場面をビル・ナイに置き換えた写真を思い浮かべながら、ちょっと半信半疑でやっと見てみました。
感想:よかった。静かに切なく、頬を流れる涙のように温かい作品でした。(表現がセンチメンタルすぎ)でも「生きる」ってこんな映画だっけ?見たのは映画ブログを始める何年も前なのであまり記憶がないけど、公園を作るために奔走する場面が長かったような気がする。この映画では、ウィリアムズはミス・ハリスとの会話のあと、職場に元気に戻って…もう次の場面あたりが葬儀だ。その間のことは回想として飛び飛びに語られる。早くオリジナルも見直さなければ。
ビル・ナイはほんとうまいし素晴らしいですね。役所広司的。彼の歌は「ラブ・アクチュアリー」のクリスマスソングを思い出すけど、歌もまたいいです。堅い役人にしては歌がうまくないか?そこが志村喬との違いだなぁ。
役所に合わない若い娘エイミー・ルー・ウッド、彼女も素敵です。この後、きっと口うるさいお母さんとかイヤミなおばさんとかの役柄で頭角を現しそうな気がする…。
若い新人アレックス・シャープ、誰だっけと思ったら、パーティで女の子に話しかけようとしてたあの少年だ。シカゴ7裁判にも出てたようだけど、エディ・レッドメインのほかはサシャ・バロン・コーエンが濃すぎて印象が…。
オリジナルではあだなが「ミイラ」なのね。ゾンビは1953年当時には言われても「?」というくらいの普及度と描かれてるけど、「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」も1960年代だもんな…。
そもそも黒澤映画って、太い筆を使って濃い墨で描いたような圧迫感があって、リメイクするからにはそれとは違うものを作るのが当然、だいいち舞台がロンドンなので、熱さを感じさせない役人たちが登場するのも当然。余命を悟ったあとに人は何を思いどういう行動をとるのか?というのは普遍的なテーマなので、もっと他の国々のバージョンも見てみたい気がしてきました。