こんにちは。猛毒です。今回は題名の通りの事について書いていきたいと思います。私が社会人になってから常々疑問に思っていた事です。
書く動機
実は職場でですね、ある注意を受けたのですが、疑問に思ったのです。その内容が「仕事がないからと言って手持ち無沙汰ではいけない。何か探してやらなければいけない、その時間はもったいない」と。
これは正論だろと大半の人は思うと思います。私も書いてて確かに仕事中は仕事をする事を考えなければいけないですが、これはこの言葉の前後の行動や言動、仕事の内容も加味して考えなければいけないと思います。
上記の言葉が効果を成す場合
考えられるものを挙げます。
①ノルマがあり、自発的に動く事で仕事の意味を成す仕事。
②正社員、役職持ちなど理不尽でもある程度は許容する必要が出てくる場合。
③公務員など市民の税金を使用して、公共の場で大衆の目に晒される中で働く場合。
これらの場合はたとえ仕事が終わっていて何もやる事がなくてもなんかやっている感を出さないと問題になる可能性があります。
①は歩合制なので仕事を自分で見つけないと自分の給料に響きます。自分にダメージが来ます。なので本当に仕事をする必要があり、するフリはやったけど無理だったと弁明する為の保険になります。通るかは別として。
②は仕事がなくてもやっているフリが効果があるかは疑問点ですが、会社に雇われている身でそれなりの地位、給料を与えられているのは会社への利益を産み出す事を期待されている為、意味があるかは置いておいて、とりあえず何か行動しないと上の人間は仕事がなくても仕事をやっているフリをしない人間の評価を低く見積もる可能性があります。普段から仕事をしないと誤解されると思われます。昇進や昇給に影響が出そうな為、やっておいて無難ではあります。本質的な意味はないですが。特に上の人間は昭和の人が多く価値観が古いので、それに合わせる形です。
③は公僕なので、暇そうにしているのは私は何とも思いませんが、仕事は常に忙しいそうにしているのが至高だと考える上の例の注意するような人を考慮する必要があります。何故ならそういう人達の税金も使われている以上、その意思を無視するわけには行かないからです。私からすれば仕事がないのに仕事をするフリとか最高に無意味だし、社会人なら少し見れば、「こいつ、仕事ないけど、フリはしてるな」とすぐ分かります。何の生産性もない行動だけど、私と真逆の考えの人、特に高齢者はこれを重視するので、今の高齢者社会を考慮しないといけないです。交番の警察官や市役所の職員に対して、暇そうにしているなんていうクレームを入れる輩もいるので、面倒臭いです。
これらが仕事がないけど仕事をしているフリの意味と考えられるでしょう。要は心理的な面がほぼ100%です。物理的なメリットは特にないです。フリなので当たり前です。
では逆にこれが効果を成さない例を挙げます。
①1人もしくは少人数で仕事を行い、やる事は決まっているが、時間の使い方は個人に任されている、というか投げられている仕事。
②やる事は決まっているがノルマはない。最低限の決まっている事をちゃんとこなせる事が大切。
③非正規労働など、昇進やボーナスがない。時給で働いている。
④給料以上の働きを要求している場合
⑤会社の総意ではなく、個人の考えのみで利益に結びつかない場合
です。これらは仕事がないけど仕事をしているフリの意味が全くないです。ただの価値観の押し付けですらあり、生産性の低下すら招きます。雇用形態や業務内容への理解不足を従事している人に気づかれ、不信感やモチベーションのダウンをもたらすでしょう。
①はやるべき仕事が時間内に終われば、時間の使い方は労働者の自由です。仕事や時間配分を個人に任せている、悪く言えば投げている時は、暇な時間が出来れば、その人に時間の使い方を委ねるべきです。勿論、職場を抜けてパチンコをしたり、スマホでゲームなどあまりにも逸脱しているものはダメですが、職場にいれば、多少の雑談や緩慢な動きは許さないと、責任を丸投げしているのに変な所だけ干渉すると、働く側は働きづらいし、生産性のない行動をする事を考えなければいけないという仕事の本来の意味から離れてしまいます。
人に任せるというのはその人を信用するという事です。人に任せて、自らはやらない以上、自分の意思を全て汲んでほしいというのは身勝手だと思います。
②は会社は妥協しなければなりません。従業員にもっと働いてほしいのならば賃金を増やすなり、休みを増やすなり、労働者にプラスになるようにするしかありません。ただもっと働けではブラック企業のそれです。賃金相応の働きをしているのなら何ら問題はない筈です。
③が特に考慮しなければない点です。非正規つまりアルバイトや派遣は時給制であり、キャリアアップや人材育成目的の雇用ではなく、使い捨てです。正社員と違い、いつでも会社都合でクビを切れる存在です。非正規は待遇面での改善は見込めない為、如何に手を抜いて、時給に見合う仕事量に調節する事が重点になります。
よく高校生、大学生アルバイトだけで店を回させたり、店長代理をさせたり、非正規社員に正社員と同レベルの働きを課す企業がありますが、完全にアウトです。
安くこき使いたいのを暇そうにしている、サボっているとすり替えるのはかなり悪質です。
いつクビを切られるか分からないのに会社に尽くすなんて当事者としてはたまったものではありません。変に成長志向を強いてくる企業より、非正規労働者を使い捨てだから、最低限やってくれれば良い、心のあるロボットだと認識している企業の方が良心的です。
非正規は正規雇用よりも縛られずに気楽に働ける点が唯一のメリットなのですから、それすらないと辞めていくでしょう。人材会社も使い方を分からない企業には人を寄越さなくなり、結果的に正社員の負担も増え、正社員も辞めて、企業の負担が増える事が考えられます。非正規雇用は企業の人件費削減、正社員の負担軽減といった緩衝材である事を理解しなければなりません。
④はそのままです。手取り20万なら20万分の働き、30万なら30万の働き、40万なら40万分の働きと貰う給料によって働き方が変わるのは当たり前です。仕事をするのはお金を得て生活する為です。労働者は会社の経営事情よりも自分の生活の方が大切なのは、経営者が労働者の生活よりも会社の利益を優先するのと同じように自身が一番なのは立場が違えど、人である以上、同等でしょう。
⑤は会社にすら害悪です。ただの個人の価値観を押し付けて、労働者同士で摩擦を生み出し、職場の人間関係を悪くするのは誰にも特になりません。雇われの身で経営者側の心理で同じ労働者に説教かますとか、馬鹿の極みです。いい歳して雇用形態や仕事に対する考えが無知であるのを晒しているだけです。社会人歴4年の20代の私ですら分かる事を60代にもなって知らない看護師の人には、この人何も知らないのだなと思いました。こういう人は会社にとっては最高のカモで、無知なのを良い事にこき使われます。それか余計なトラブルを起こすと、煙たがられます。
ちなみにその看護師の人はそういうやる事のない時間を「もったいないと思う」と言っていました。
もう訳がわからないです。汚れてもない床を掃除したり、テーブルを拭く事の何の意味があり、人生に何の良い影響があるのか教えてほしいです。
その場にいた技能実習生はシカトしてました笑。外国人の方がよっぽど分かっています。そんな無駄な事をする事に執着するより、労働に使う労力を程よくセーブして、勉強したり、遊んだりする方がよっぽど有意義です。
その外国人の人はそういった老害がいない時間帯の勤務で私とペアの時は2人でサッサと仕事を終わらせて、日本語の勉強をしています。
またやるフリが上手いというか、ただ単に仕事を終わらせるのが遅くて常にバタバタしているパートのおばさんがいるのですが、本当に何のプラスもありません。
利用者もバタバタしている職員を見ていると落ち着かなくなり、不穏になります。そのせいで余計に対処に時間が取られて、無駄に忙しくなります。職員が暇そうな方が利用者も落ち着いています。
少なくとも介護は業務量が多く、ブラックなのが基本なのだから、余裕のある時間が出来るのは喜ぶべきでしょう。介護は何かを産み出す事よりも現状維持、利用者が何もなく1日を終えられるようにするのが基本です。いつもとは違う事が頻発してはいけないのです。事故や急変など忙しくなる事は良いことではないでしょう。自分の親を預けている施設が職員に余裕がなく常に忙しそうで、よく救急車が来て、施設からしょっちゅう電話が来るより、職員が程よく働き、そうそう連絡が来ない、いつ面会に来ても何もない方が安心できるでしょう。本来、忙しくて良い仕事ではないのです。今日は何もありませんでした。それで良いのです。そんなに忙しいのが好きのなら、そのおばさんは病院で働けば良いのです。特養でも良いでしょう。毎日介護職と駆けずり回るライフを楽しめるでしょう。
家族はどちらかと言うと人が少なくて忙しそうな方が不安に思うものです。前の施設でもそうでしたが、私が1人で業務していると「今の時間はあなた1人しかいないのですか?」「1人でこんなに見ているのですか?」と心配する方が多いです。あるクレームではいつも人がいなくて、これでちゃんと見れているのか?なんて事もありました。
誰も見ていない時は気を抜いて良いのです。家族が来ればそれなりの振る舞いをして、対応すれば良いのです。家族と利用者がどう思うかだけが大切です。ましてや毎日ナースステーションに籠り、無駄な会議ばかりして、介護職が用があって連絡すると、仕事なのに嫌がる看護師にどうこう言われるのは、全くもって心外でした。
今の施設は改革と称して、勉強会だの用もないのに来てどうでも良い事を指摘したり、晒し上げ同然のミーティングをしたりと無能な働き者が力を持つと碌な事にならないを体現しています。
介護業界を良くするにはまずこういった無能な働き者がいなくならなければ、世間の常識からドンドン乖離した業界になって行きます。すでになっていますが。
最近、近代史に興味を持ち、旧日本軍について調べていますが、上層部は根性論とか精神論とかで資材や人材不足を補おうとしますが、当然そんなもので大国の米国や英国に勝てるわけもなく、負ければ下の者のせいだと責任転嫁して、イエスマンばかりが残った結果、後世から見ても頓珍漢な戦法が採用されて、そして無駄な犠牲が出ました。
今の施設と重なります。人手不足の原因や世の風潮を読まずに今だにミーティングで人手不足は言い訳にならない、少なくてもやれる事はあるなどと言い放ち、現場を顧みず、意を唱えるものは排除する、自分の失敗は隠蔽、責任転嫁、そしてイエスマンだけ残り、ますますズレた方向へと進んでいく。
旧日本軍の上層部と今の施設は似ているなと思いました。国の事を思い行動した先人と人の気持ちも後先も考えず、その日の気分で動くただのクズ共を比べるのは大変失礼ですが、重なっている部分もあると感じました。
おわり