こんにちは。猛毒です。今日はタイトルの通りの事を書いていこうと思います。最初に書きますが、虚無の人は私の造語です。無敵の人はよく知られていますが、私が考える虚無の人の存在については全くと言っていいほど、世間では触れられないので、記事にしようと思いました。
それでは本題へ。
虚無の人とは
人物像としては、無敵の人に近いです。生い立ちが恵まれていない、家族、友人、恋人といった対人関係が希薄、もしくは無い、学歴も低い傾向にある、仕事も無職、就いていても低賃金、重労働、ブラックな環境で働いている等、重なるのですが、無敵の人と決定的に違う部分があります。
それは他者への害が無いに等しい、ごく僅かである事です。
これだけ聞くと、ただの底辺に生きる人に思えますが、虚無が激しいのが虚無の人達です。特徴も交えて書いていこうと思います。
特徴や生態
社会の底辺で生きる人はごまんといますが、大半は己への境遇への不満やそれを改善したいという感情があります。感情が激しい人が多いです。職場やSNSでも過激な行動、発言が見られます。しかし、虚無の人は全てを諦めてしまっているというか、諦観というか、感情が無になっている、社会、他人や自分への関心が非常に薄いです。
なので、自分の存在をアピールする事もないですし、何なら社会活動を放棄するので、目につかないです。生きる事を精神的に拒否している点があります。
世の中にはセルフネグレクトなんて言葉がありますが、そこまでは行きません。一応、食事は摂るし、お風呂にも入るし、服は洗濯して、人前で着るのに恥ずかしくない服は着ます。話しかけられれば、返答はします。仕事があれば、とりあえず行くし、働きはします。しかし、一連の流れは無味乾燥で、仕方なく行なっています。
体は生命に関わる行動は問題なく行えますが、心が死にきってしまっているような感じです。植物状態が体が動かず、物理的に廃人になっているとすれば、虚無の人は体は動くけど、心が動かない、精神的に廃人という状態です。
側から見れば、暗くて大人しい人、好きでやっているように見えますが、虚無の人達はそうならざるを得なかったのです。
虚無の人達も最初からそうではありません。若い頃は溢れるように感情があり、ネットにいた虚無の人達も活動初期は過激かつ、負の感情を滾らせていました。その過程で他人とトラブルになる事もありました。
人生経験もそれなりにあった場合が多く、学校に行ったり、就労経験もあり、恋人や友人がいた事もあります。
しかし、長年、報われない思いや負の経験を重ねる事で気力が無くなっていきます。まともに生きる事が無理だと気づき、自殺も出来るほど、吹っ切れられない、無敵の人のように犯罪を行うのも理性や良心があり、行う事が出来ない、それでも生きなければいけないとなった時に、社会や他人だけでなく、自分も見限る事で生命維持を考えるようになります。
虚無の人達はある程度の知能があるので、福祉制度の利用の活用も考え、実行しようとした事もある場合が多いです。
しかし、福祉制度をフルに使える人は言い方は悪いですか、病人というよりは狂人みたいな人が多いのが事実です。そういう人は病んではいますが、アグレッシブなのです。奇行や人への攻撃行為が強く、近所や家族にすら手に負えない、住んでいる地域の警察や病院関係者の間では有名人なんて事もあります。
日本は先進国ですが、精神疾患への理解が著しく低いです。素人から見ても狂っているレベルまで行ってようやく、福祉へとつながれます。
しかし虚無の人達は人格や能力に問題があっても、それらに比べれば、害も低く、ほったらかしておいても良い扱いになります。
精神科に通院して診断がついても、抑うつだの、適応障害だの、発達障害もグレーゾーンなど、軽い扱いを受けます。何ならただの怠け者、甘えの烙印を押されすらします。これらの過程で福祉を受ける事は出来ないと絶望して、諦めます。
上に書いたように食事、入浴、更衣は行えるし、会話のやり取りも出来ます。働く事も内容はともかく、一応出来ています。能力や知能も世間全体で見れば、十分低い部類ですが、日々、更に重度の人を見る福祉、医療関係者からすれば、大した事ないように見えるのが実情だと思います。
要は虚無の人はギリ健なのです。
普通の人よりは劣るけど、福祉の利用まで漕ぎ着けない。けれども生きるのは苦しい、誰も助けてくれないどころか、責めてくる事さえする。
私は一応、手帳持っていますが、三級です。三級だと正直、何の役にも立ちません。税金が僅かばかり控除される、A型、B型働けるよで終わりです。障害年金はもっと悪くならないとダメだねーで終了です。
三級すら、余りにも生きづらそうにしている私を見かねて、医師が取れるように診断書を書いてくれました。それでも取れるのは五分五分と言われました。
結局、働かざるを得ないので、何も変わりませんでした。それどころか働いているせいで取れるものも取れません。苦痛に耐えたら、更に苦痛になりました。
これでも私はまだマシな方で酷い方だと、行ったのに、君は甘えだよ?薬出さないよ?もう来なくて良いからと医師に言われたなんて方もいました。
もうこうなると取り付く島もないです。
生きているだけで社会から責められ、周囲から責められ、親にも責められ、ネットでお気持ち表明したら、責められるしで四面楚歌です。
他人を攻撃したわけではない、ただ虚無を綴っただけでこうなるのです。世間の人は虚無の人の思想を過激な思想並みに嫌う人が多いです。
私自身、虚無の人なので、虚無の人が書く記事や発言は好きなのですが、世間は見ているだけでイライラする、鼻につくと感じます。
確かに虚無の人による、人生における虚無理論は吸い込まれる様な感覚は書いてても思います。普通の人ですら、読んだら生きている意味が分からなくなるくらいには、暗闇の底に引き込まれる様な物があります。
虚無の人達も自分の闇は他人を巻き込み、面倒なトラブルになると思い、今まで書いたものを全て消して、姿を消していくのを沢山見てきました。
そういや、あいつ最近見ないな、まあ不愉快だからどうでも良いけど。
ってなる訳です。何処でも。
私が見た感じでは、30半ば、遅くても40代にはこの手の人は虚無の人になります。男性の方が圧倒的に多い印象でした。少ないですが女性の方もいるにはいますが、少ないです。
何故、男性が多いかというとこれは現代の恋愛事情があると思います。
日本は何かと男尊女卑だと言われ、不満に思う女性が多いですが、恋愛に関しては女性の方が圧倒的に有利だと思います。
出会い系アプリや結婚相談所を利用した事のある男性なら分かると思いますが、あれらは基本的には女性は無料である事が殆どです。もしくは少額で利用する事が出来ます。
男性でも出会い系アプリは一応、無料で使えますが、ある程度やり取りするには課金しないと実質、使い物にならないです。
当然やり取りを重ねないと出会えない訳ですから、課金は前提です。メッセージやいいねするだけで、数万は軽く飛びます。
それでも出会えればまだ報われますが、実際は不発で終わります。
それもそのはずで利用する男女比が9:1で、そもそも女性が少ないです。少ない上に他にも候補がいるので、よほど容姿が良いとか、収入があるとかでないといけないです。語るまでもないですが、容姿も良くない、収入も低い、能力も低い、魅力もない虚無の人が恋愛が出来る確率は著しく低いでしょう。
恋愛に関しては女性は選ぶ側でかなり有利です。
何故、恋愛を上げたかと言うと、自力で生きれなければ、他者に養って貰う事が重要だからです。
全てがそうとは言えないですが、恋愛=自分を愛し、理解してくれる人がいる。結婚=家庭が出来て居場所が出来るって、相当大切な要素だと思います。
孤独や孤立ってとても辛い事だと身に染みて思います。自分一人でも楽しく生きれる人なら良いですが、自分一人では生きる意味が見つからない人は他人に見つけて貰う事が人生の転機になると思います。
結婚した事で救われた人はかなりいると思います。結婚した事で無理に働く必要がなくなった、理解してくれる他人がいる事で心が軽くなったなんて事もあると思います。
でも世の中、自分の旦那や嫁を殺したい、死んでほしいと言う人や、保険金かけて殺したり、子供が煩わしくて虐待したり、離婚調停で泥沼になって裁判する人もいるくらいですから、全てが救いになるとは言えませんが、無敵の人や虚無の人の大半が男性を占めているのは、そういったチャンスすら掴めない事実があると思います。
虚無の人にならないようにするには
私が虚無の人兼無敵の人なので、説得力がないですが、生きる意味や目的を見つける、対人関係を良くするしか方法がないです。まあこれが出来ずに失敗を繰り返すから、なってしまうのですが。
黒子のバスケ脅迫事件の渡邊博史氏は、我が身可愛さを身につける事が大切だと語っていました。犯罪の刑罰の目的は悪い事をしたら、痛い目にあって、自分が辛い目に合うから止めようねと言った、思いとどまりを期待しています。けれども大切なものもない、生きる理由もなければ、他人も自分もどうでも良いものです。
人は自分が満たされて初めて他人に優しくしようと思える生き物です。人は自己中な生き物なので、利益がないと行動出来ないし、考えれないです。
※渡邊博史氏を例に上げたのは、氏が著者で自身の事を生ける屍だと言っており、正に虚無の人ではないかと思ったからです。
虚無の人は時に無敵の人にも転換します。下地は似ているので納得出来ます。
虚無の人でいるのが、よろしくないのは自殺の可能性が高いからです。何とか無を保とうとしても、限界が来て自殺する例が多いからです。たとえ寿命まで生きても生まれてこなければよかった、何で生まれてきたのだろうと思いながら人知れず死んでいくという、辛い未来が待っているからです。
何より生きているのが苦痛です。何もかもが無価値に感じるので、生きているのが純粋に嫌になります。
でも今現在、もしくは過去にいた虚無の人達はどうしたら良かったのだろうと思います。それなりに色々やった結果、ダメでそうならざるを得なかった人に、気休めになる物は無かったと思います。
私も現在進行形で虚無の人へのステージを歩んでいるので、せめて死ぬ時1mmでも苦痛が少なく、消えれる事を望みたいです。
彼ら彼女らもそうだったと思います。
死んだら、それこそ本当に無になれる事を望みたいです。
そんな事をぼんやりと考える日々です。