宅間の結婚歴、交友関係について
宅間には4回の結婚歴、1回の養子縁組がありました。死刑確定後に支援者の女性との獄中結婚を含めると、宅間は生涯の中で5回も結婚している事になります。私含め、結婚はおろか、恋人すら出来ないで苦しんでいる弱者男性、弱者女性からすれば羨ましい限りですね。これから紹介しますが、宅間は完全に恋愛強者です。
私は宅間はイケメンな部類に入ると思います。顔写真を見ると、今時の若者風というか、アイドルみたいな細くてカッコ良いというよりかは、精悍なタイプの逞しいイケメンだと思います。男が思うカッコ良い男ですね。身長も181cm、体重も80kgあり、筋肉質な体だった為、見栄えも良かったと思います。高身長でイケメンでマッチョなんてモテないわけがないですね。宅間自体は医者だと職業を詐称したり、学歴詐称で高学歴だと偽ったから、結婚出来たと語りますが、そんな事をしなくても純粋にイケメンなので、いくらでも結婚出来たと思います。たとえ宅間の言う、金を持っている高学歴の女性でもです。それくらいポテンシャルは高いと思いました。
1回目の結婚
最初の結婚はSさんと結婚しました。平成2年6月14日に入籍、同年9月25日に離婚しました。たった3ヶ月で終了しました。Sさんは宅間よりも10数歳も年上でした。宅間がその時は26歳なので最低でも40歳という事になります。宅間自身は年齢も離れており、結婚の理由を家で飯を作ってくれる人が欲しかったと言っていますが、初めて会った時に強引にホテルに連れて行き、やる事やってます。
Sさんを家政婦の様な言い方をしてますが、プロポーズでは「愛してる。別れると言ったら、お前を殺して、俺も死ぬ」と引くくらい猛アピールしています。私は金目当てだけではなかったと思います。じゃなければ好きでもない女性となんてやらないし、ここまでアタックはしないだろうと思います。この結婚についての宅間の発言はあまり信用出来ないです。
離婚理由は宅間が泌尿器科の医師だと偽っていた事がバレた為です。高学歴が集まるパーティーで出会ったので、中卒だとバレるのは致命傷になったと思います。兵庫医大の泌尿器科の医師と中卒では、残念な事に天と地の差があります。宅間はその後、このSさんから120万円も和解金をむしり取っています。宅間にしか落ち度がないのですが、宅間は何故か和解金を貰っています。宅間が何しでかすか分からなくて、怖くて言われるがまま払ったと思われます。
2回目の結婚
2回目はKさんと結婚しました。平成2年10月12日に結婚、平成6年9月21日に離婚しています。宅間が一番長く続いたのが、このKさんとの結婚です。4年が最長記録でした。KさんもSさんと同じく10数歳年上の女性でした。女性曰く、宅間は名前も名乗らずいきなり電話をかけてきて、数回話しただけで「結婚したい」と言って、あれよあれよという間に結婚したそうです。宅間はSさんと同じく、家事をやって欲しかったからと理由を言っていますが、肉体関係をしっかり持っています。
私は宅間はSさんやKさんには母の優しさを求めていたのではと思いました。宅間の母親は家事が碌に出来ない上に育児も嫌がり、授乳も胸が崩れるから嫌だとしなかった話もあり、ネグレクトに近い事をしていました。宅間は母親に愛されたいという欲求があったと思います。10数歳も離れていて母親に年齢の近い、彼女達に母親の影を重ねていたように思えてなりません。
そう言った点ではこのKさんは宅間にとっては良い女性だったと思います。この女性は名前も名乗らず、好き勝手喋る宅間の電話を拒否しないどころか、話を聞いているうちに悩み事を聞いてあげたいとさえ思ったそうです。この時点で聖人レベルですが、この女性は宅間が職歴や学歴を詐称している事を知った最初こそは離婚を考えますが、思い直して同棲を始めています。またある芸能人の妹だった為、特殊なコネがあったのか、市の交通局という、宅間に公務員の仕事まで雇ってくれる様に動いてくれました。宅間はこの公務員になれた事について、「給料そこそこもらって、仕事も無茶苦茶楽で、休みもふんだんに取れて、で聞こえがよくて、安定して終身雇用いうて。ほんなら僕にとったら、学校も出てない、頭もそないええこと僕にとったら、最高の仕事をしよった」と語っています。この時期の宅間は、人生で一番頑張っていて、輝いていました。普通の人からしたら当たり前の事ですが、隣人とトラブルを起こさず、憂さ晴らしの犯罪もせず、外でトラブルが起きても、喧嘩せずに堪えています。
トラブルメーカーの宅間が喧嘩をふっかけられても我慢していたのは、宅間本人が言うには「自分がもしトラックの運転手やら中小企業のサラリーマンとかやったら、その場でブスブス刺すか、半殺しのボコボコやってるんです。だから最後の一線いうか、仕事がかわいかったからね。失いたくない気持ちがあって、それがものすごくブレーキになって」と話しています。
私はこの気持ちがとても分かります。私は嫌な事があると、果たして私はなんでこんな目にあっているか、耐える意味なんてあるのかとよく思います。その理由として、私は非正規の介護の派遣で、友達も恋人も碌にいない、無能で精神疾患があって、持つべき物が何もないからです。ただでさえ何もなくて、誰からも認められず、ひたすら辛い思いをして生きていて、生きているだけで苦しいのに、その上嫌な思いまでしなくちゃいけないかと考えるのです。その嫌な事を耐えても、何もないどころかマイナスしかない自分には耐えるメリットもないです。どうせ人並みの幸せすら得られないなら、最後に無敵の人と化して、死にたいとすら思います。何もないのだから、失うものもない、失うのを恐れて我慢する必要もないとなります。我慢する価値すらないゴミ人生を終わらせる良いきっかけになると。
無敵の人にならない為には宅間のいう通り、失いたくない物を持つ事が大切なのだと思います。私は厳罰化ばかりするのではなく、犯罪をしたら無くなってしまう大切な物を全ての人が持てるような社会を目指す事が重要だと思います。その方が誰にとっても生きやすい社会になります。
話が逸れすぎました。この様に宅間は宅間なりに努力したのですが、強姦事件を起こしてしまい、離婚になってしまいます。しかし離婚後もこのKさんは宅間に会いに来てくれたり、電話をしてくれたりと面倒見が本当に良い人だったようです。
私は宅間はこのKさんを本当に大切にした方が良かったと思います。宅間がもし犯罪をやらずに平穏に生きるには、Kさんとの結婚生活を続けて、公務員をするのが間違いなく一番良い人生でした。自分を理解してくれる女性と公務員の地位を失った事はあまりにも痛手でした。宅間が人生切り返すならここしかなかったと思います。
養子縁組
宅間はKさんと離婚した後にMさんという70代の女性と養子縁組をします。平成7年11月27日から平成9年1月17日まで続きました。宅間は1、2番目の妻にはなんだかんだ言って愛情もありましたが、このMさんは金蔓としか思っていなかったようで、最初は優しさを見せていた宅間でしたが、養子縁組をすると、あの手この手で金の無心をしています。結局Mさんは数百万近く、宅間に金を出しています。それなのに宅間は気に入らない事があると怒鳴りつけ、物を投げつけていたそうです。ここまでされているのに別れた後に懲りもせずに「仕事を首になったから、何とかしてほしい」と図々しいを通り越して非常識な宅間に同情して、230万円も渡しています。これだけでも酷いですが、宅間は3番目に結婚したIさんと離婚する事になった際に、Mさんが関わっていると邪推してMさんの家の窓ガラスに投石までしています。事件後もあのババア呼ばわりしていました。本当にこのMさんは可哀想です。
3回目の結婚
宅間はIさんと平成9年3月30日から平成10年6月5日まで結婚していました。宅間が最も愛し、最も憎んだ女性です。宅間は「容姿が綺麗、セックスが気持ち良い」と高評価をしていました。宅間とIさんは同年代だったようです。しかしIさんは宅間の被害妄想の強さにすぐに嫌気が差してしまいます。新婚旅行で香港に行った際には同じツアーの年配の男性にIさんを撮るなと言いがかりをつけて、カメラのフィルムを引きちぎらせたり、他にも他の客がわざと肩をぶつけてきたとIさんに喚いていたそうです。またマンションに一緒に住んでいた時は近所の住民とトラブルばかり起こして、頭突きして相手を怪我させたりもしていました。Iさんが浮気していると常に思っていたそうです。Iさんは最初はで気のせいである事を言ったり、宅間を心配してカウンセリングや病院を勧めていました。
しかしすぐに宅間についていけなくなり、又経歴詐称も知った為、離婚する旨を宅間に伝えました。宅間は激怒して頑なに応じませんでした。しかしIさんはお腹に宿っていた宅間の子を中絶して離婚してしまいます。宅間は離婚調停の裁判を起こして100数十万の和解金を奪い取りました。宅間は子供を堕ろされた事を知った時は尋常じゃない様子だったようで、Iさんの実家に行き、両親を脅して居座ったり、職場や近所の学校に誹謗中傷のビラを撒いたり、無言電話、投石等、今でいうストーカー行為を行っていました。また泣きながら父親に電話をして堕ろされた悲しみを語っていました。
宅間は子供がいるから戻ってきてくれると信じていたので、相当ショックだったようです。事件後も「Iさんを殺せば良かった、好きなのと憎しみが混ざっていた、こっちばかり悪者にされた」とIさんに対する恨みがすさまじいです。宅間は附属池田小事件を起こす直前までストーカー行為や裁判の準備をしていました。
4回目の結婚
Hさんと平成10年10月18日に結婚して、宅間が小学校のポット(宅間は炊飯器と言っている)に自身の服用していた精神安定剤をすり潰して入れて、教員数名が救急車で運ばれる事件を起こしたのをきっかけに平成11年3月31日に離婚しています。
このHさんはMさんよりも可哀想です。宅間はこの女性との結婚は緊急避難で仕方なく結婚したと言い、最初から「頭もそない良くない、インテリやない」「あんなブスと結婚」「なんであんなのに縛られないといけない」と散々な事を思っていました。Hさんとの結婚生活でも怒鳴る、殴るは当たり前で子供が出来ると知ると、堕ろせと怒鳴り、費用ばかり考えていました。またHさんそっちのけでIさんとの復縁ばかり考えて、興信所に調査させたり、ストーカーを繰り返していました。宅間は人生での不幸のうちの1つにHさんと結婚した事を挙げています。不幸なのは宅間ではなく、Hさんだと私は思います。Hさんは宅間と離婚した後に、男の子を出産しています。
個人的な話なのですが、この男の子が私と同い年なんですよね。自分の父親が日本の犯罪史上最も凶悪な宅間守で同情してしまいます。おまけにその父親に愛されるどころか、堕ろしたいと産まれることを嫌がっていた事を知っていてもおかしくないです。この青年とHさんが幸せに生きている事を願っています。宅間と関わったばかりに本当に辛い思いをしたと思います。宅間の最も胸糞悪いエピソードだと思います。
余談〜宅間の友人、Tについて〜
ほとんどのメディアでは全く触れられていないです。私がこの記事を書くのに参考にしている文献の1つである宅間守 精神鑑定書でしかその存在は出てこないです。しかし、かなり宅間に関わっている人物であり、同性では唯一の友人で理解者であろう、彼は重要人物だと思うので、紹介します。
Tは宅間が市バスの運転手をしていた時の同僚の男性です。社会人になってからもそうですが、宅間は自他共に友人がいなかったと言っており、言われていますが、この男性とは仲が良かったそうです。年齢は明かされていませんが、喋り口調から考えるに宅間より年上で兄貴的存在だったと思われます。宅間がIさんとの復縁を試みて、荒れていた時はこのTさんは「あんな女との復縁なんか考えるな。それより銭とれ、銭」と言い、世間からすればズレた考えですが、宅間の思考に近いような、宅間が受け入れられそうな提案をしています。実際に離婚調停に宅間の証人として裁判に出廷しています。
また無差別事件を起こす前も異変を感じたのか、宅間を食事に誘い、うどん屋さんで奢っています。別れ際には「元気出せよ」と声をかけて励ましています。宅間は小さな声で「すみません」と言ったというエピソードまであります。
宅間には珍しい同性の友人がいました。それも薄っぺらい関係でもなく、普通に仲が良かったです。宅間と似たタイプだったのか、はたまた懐が広かったのか分かりませんが、宅間の数少ない良き理解者の1人だったと思います。銭を取れと言ったエピソードは宅間のことをなかなかに理解していないと出来ないアドバイスだと思います。普通の人の感覚なら諦めたりするように言ったり、行動を叱ると思いますが、そんな事をしたら宅間は間違いなくブチ切れるし、そもそも友人にすらないでしょう。Tさんの発言は宅間にかける言葉としては100点満点です。本当に関心しました。
私の感想
宅間ははっきり言ってトラブルメーカーだし、大いに問題がありますが、そんな宅間にも理解者は少ないけれどもいました。結婚は毎回、嘘ついたり、アプローチがおかしいですが、出来てはいました。回数だけなら普通の人の何倍もしていました。短期間で結婚は解消していて、向いていないけれども確実にチャンスはありました。私的にはIさんにアタックするのではなく、2回目に結婚したKさんの方が間違いなく良いと思います。宅間は肉体関係ばかり考えすぎていて、Iさんに固執していましたが、Iさんは宅間とは相性が悪いように思いました。宅間は情緒的なつながりを作るのが難しいのは分かっていますが、結婚して続くのはどう考えても1回目や2回目、4回目の妻の方です。
宅間には同年代の人と友達の様に遊んで、恋をするよりかは年上の方に母性で受け入れてもらう方が合っていると思いました。特に2回目のKさんは宅間の人生が変わるきっかけを作ってくれた、宅間が無差別殺人を起こし、死刑囚にならなかった世界線があった可能性を示してくれました。ここを逃したのは事件を起こす原因になったと言っても過言ではありません。
Tさんも同性でありますが、良き友人だと思いました。宅間は異質な性格をしていますが、私なんかより人間関係は恵まれていました。宅間が普通に事件を起こさず、真っ当に生活出来る道はありました。
とは言ってもそこが上手くいかないのが宅間です。結婚がダメならせめてヒモをもっと上手くやるべきでした。メチャクチャな要求ばかりしているのに、宅間はこの一連の結婚騒ぎで数百万は軽くせしめています。人の気持ちが分からず、交際や交友が無理なら、Mさんには酷な話ですが、宅間が得意の話術を使って、死ぬまで金を出させるなんて生き方も出来たように思えます。やっている事はド屑ですが、無差別からの死刑よりは、Mさんのヒモの方がマシに思います。この程度屑なら世の中にはごまんといます。罪悪感も沸かない宅間なら、朝飯前かと思います。反社会的に生きるにしてもそちらの方が良さそうです。
長々と語ってしまいました。これでもかなり削ったのですが、人間関係が複雑で語る事が増えてしまいました。ちなみに宅間は事件後に携帯の履歴から少なくとも76人の女性とやり取りをしていた事が分かっています。コミュ力の塊ですね。恋愛に関しては強者でした。この宅間の記事も5つ目となり、長くなりました。次回で最終回にしようと思っています。ここまで読んで頂き、ありがとうございました!