いつかは記事にしようと思っていた事件です。私が犯罪史を調べるきっかけともなりました。この事件&犯人である、宅間守について語りたい事が沢山あるので、何回に分けて、記事にしようと思います。この手の話に興味のない方には申し訳ないです。しかしこの事件は私の趣味である、犯罪史を調べることや思想にまで影響している、更には人生への考え方まで変わる、ターニングポイント的な事件なので、記事にしました。
※注意点
私自身が無敵の人に近しい人です。無敵の人予備軍と言った方が良いでしょうか。なので犯罪への断罪や非難を語るというよりかは、無敵の人予備軍の人の視点で書いていきます。不快な表現には気をつけますが、不快に思う方もいるかもしれません。犯罪者について語るなら批判一択しかありえないという方は読まない事をオススメします。
前書き
この事件に語るまでに私の個人的な事を語ります。私がこの事件を知ったのは高校生の時でした。その時はまだ、事件を調べる趣味はありませんでした。ただ偶然で知りました。
ちょうど高校に入ったばかりで、入った途端から馴染めず、クラスではぼっちでした。中学2年生から周りと馴染めず、数少ない友達とも関係を拗らせてしまい、絶縁していました。部活や学校生活が上手いこといかずに、「私は生きていけない。生きていても仕方ない。死のう」と思い、自死を考えて、実行した事もあります。結局、怖くなり、未遂でしたが。中学の時点で病みまくって、病んだまま高校に入り、メンタルが死んでいました。
高校に入る前から死にたいと思い、入った後も案の定馴染めず、死ばかり考えていました。ネットで自死の仕方ばかり調べていました。
その時に日本は吊りで死ぬ人が多い事を知り、吊りを調べていた時に、何で見たかは忘れましたが、「吊りとか死刑と変わらないじゃん。アホくさ」みたいな書き込みを見ました。その時に死刑って吊りなの?と興味を持ち、調べました。すると過去に死刑になる為に犯罪を犯した、死刑を望んだ事件が出て来ました。そこで知ったのがこの事件です。
吊り=死刑と変わらないみたいな発想をしている人がいた事が驚きでした。私は人生が上手くいかないのは、全て自分のせい。よってさっさと死なければならない。と思っていました。しかしこの事件の犯人、宅間守は違いました。
徹底した他責思考の王、宅間守
この犯人は8人の児童を殺傷するという大事件を起こしてなお、一切合切、反省しなかったです。自責思考をしないのです。自分が事件を起こした責任は社会、両親、また婚約者、関わった人のせいだと言うのです。事件を起こした後も反省や後悔も見せず、それどころか裁判で罵倒しまくっていました。
最初はとんでもない奴だと思いました。宅間は周りから何を言われようとも、ひたすら自分の意見を貫き、死刑が確定するとさっさと控訴を取り下げ、文字通り希望の死刑を早期に執行されました。最後まで自分が悪かったとは言いませんでした。
私は死にたいとは思っていても、人を責める事は一切しない人だったので、この発想は目から鱗でした。何だか自分ばかり責めている私が馬鹿みたいに思えてきました。宅間守が裁判や手紙で放った数々の言葉の中に印象に残っているものがあります。紹介します。
ただ、死ぬのをビビって生きながらえている、動物や。人間のプライドが、少しでもあるのやったら、無差別なり、又、昔、不愉快な思いをさせた奴にケジメをつけて、懲役なり、死刑なりに、ならんかい。ウジウジウジウジ、生ゴミ喰うているのか。
何を喰うているのか、知らんが、おまえらは、動物や。
これを見た時、私の事を言われているのだと思いました。卑屈になって自分を責めて、勝手に自分の首を締めているくせに、死ぬことすら出来ない。そんな姿は見っともないと言われている様でした。
私は怒りどころか、その通りだと思いました。私の自責思考はこれ以上、人に責められたくない、死ぬから許してみたいな自虐でした。自分の意見すら人の目を過剰に気にして何も言えない人です。
彼は他人に何を言われようとも俺は俺だと最後まで貫きました。その姿に不謹慎ですが、私は憧れというか、羨ましいと思いました。
世間は他責思考というものを嫌います。愚痴を言ったり、社会や他人のせいにするとすぐに人のせいにするな、自分のせいだろみたいな事を言ってきます。日本はSNSですら、こんな事を他人に言ってきます。私はひたすら自分ばかり責めていたら、あっという間に限界が来ました。
今の世の中、何を相談したとしても、すぐに個人の努力や自己責任へと結びつけたがります。日本は特にそうです。この事件が起きた2001年は今よりも自己責任、自責思考の強要が強かったと思います。そんな世の中でも徹底的な他責思考が出来たのは凄いのでは思います。
何でもかんでも人のせいにしてたら、社会では生きていけないですが、だからといって何でも自分のせいにしていたら、潰れてしまいます。彼のやる事ははちゃめちゃで極端ですが、私みたいなすぐ自分を責める人は彼のスタンスを少しは取り入れた方が間違いなく生きやすいです。
これは自分のせい、あれは人のせいだから仕方ないと。ぶっちゃけ、心の中でなら、幾らでも人のせいにして良いと思います。自分を責め過ぎて死ぬくらいなら、人のせいにしまくって図々しく生きる方が勝ちなのではと思います。
鬱々して死にかけていた私にそんな事をする必要がないと言ってくれた様な彼は間違いなく、私を自殺から救ってくれました。ありきたりな言葉よりも悪の化身、怪物みたいな彼の言葉の方が、救いになりました。綺麗事だけが全てではないと思わせてくれました。