これまで現世で過ごしてきて、有用だと感じられたメンタルモデルについてまとめておく。 あえて少数の、基本的なものだけに絞ってみる。
モデル
そもそもまずはモデルから。モデルとは模型。現実界の興味深い対象を、人間がそのまま取り扱うことは不可能なので、関連が深いと思われる部分だけ抽象した模型として扱う。そのやりかたは自明ではなくて、何をどのように捨象するかはその人の視点や意見を反映するし、モデルは人間の道具であるので、その出来がモデルの価値にも直結する。ソフトウェアエンジニアの仕事も、この現実界の要求をモデル化し、新たな現実として実装していくことにある。
直交性
あるものとあるものが直交しているとは、一方の軸における程度がほかの軸における程度に直接影響を及ぼさないということ。直交する軸をふたつ見つけることができれば、おなじみの四象限図を描くことができる。逆に、別々のものとして語られていた軸が実は直交していないことを発見することも有用。また、必ずしも直交性が前提であるわけではないが、成分という概念にもつながってくる。ものごとにあらたな軸を加えることで、介入や評価の幅がひろがっていく。
極限
人間の活動はすべて現実界で行われる以上、当然のことながら時間の軸がある。いまのこの取り組みをこの程度で進めていったとき、無限遠点ではどういうことになっているのか? を考えてみることは、理想状態の確認になる。時間に限らず、とかく人間の持ち物は有限なので、それを軸に考えてみる。それが収束するものだとして、あくまで行っているのはそこに漸近するための活動であり、到達はできなくても、どこまで近づけられるのか、どのような速度で近づいていけるのかは行為の評価軸のひとつになる。
機会費用
経済学の勉強はさまざまな、言葉にしきれない有用な視点をもたらしてくれたように感じるけど、その中核の一つはこれじゃないかと思う。これやっとかないともったいないっすよ!!! みたいなやつ(機会損失)ではなく、ある選択のコストというのは、その選択を行わずに別の選択を採ったときに得られたはずの利益である、という概念。何かを行うとき、その直接的なリターンだけではなくてそれをしなかったときに予想できたリターンのことも考える。人生は選択の連続であるとか言うが、選択を行わないとか惰性で何かを続けるということにもこの「起こらなかった現実」のコストがかかっている。
言語の階層性
これはなんというかもっといい名前があると思うのだけど……つまり言葉には表現と意味と意図の次元があり、受け取れるのは表現だけだが、額面通りに受け取るだけではコミュニケーションが貧困になってしまう、ということ。レトリックをあやつり、表面的にコトバをうまく選んでいけば、不思議と言っていないニュアンスまで伝えられてしまうわけだけど、多用するのはよくないとも思っている。不誠実さにつながるからだ。
とまあこんなことをまとめたのも、『現代経済学の直観的方法』を読んで、本の内容はしっくりこなかったものの、「これは何らかの理論をやっている人がその観念を身体的に身に着けているがために他のことにもうまく援用できてしまうやつだ!」と感じられて面白かったから。そういうのってありますよね。みなさんの好きなメンタルモデルはなんですか?