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【継ぎ目に立つ】

センターには全部で9人の職員がいる。
飯塚市に12あるセンターの中で、穂波が一番職員数が多い。
センター長と係長2名が正職員で、あとはみんな会計年度職員。
飯塚市に合併する前の穂波町時代からの名残りで、9名のうち人権担当としての地域活動支援員が2名いることが特徴。
職員の所属は、まちづくり推進課と生涯学習課に分かれている。
人権担当の職員は、部落解放同盟飯塚市協議会からの推薦人。
彼らは、飯塚市人権同和政策課とも一緒に仕事をするけれど、所属は生涯学習課。
交流センターの前身が公民館であり、公民館が社会教育を担う生涯学習課の管轄であったことの名残。
社会教育の現場であった公民館から、地域のまちづくりの拠点である交流センターへと変わったけれど、中身は変わっていないので、しばしば混乱が起こる。

交流センターになって8年目。
いろんなところから綻びが生まれ始めている。
生涯学習課が強い理念を持ってセンター化に対応しなかったこと、まちづくり推進課が関係部署と緊密に連携を取ってセンター化を進めなかったこと、にもかかわらず、市全体が見切り発車を推し進めたことなど、理由はいくつもの課題が複雑に絡み合って今に至っているのだろう。
職員が数年で異動してしまうことも、大きな理由のひとつだと思う。

ここにきて、「センターはまちづくり推進課の所管であるから、生涯学習課所属の職員にまちづくりの仕事をさせるのはおかしい」だとか、「部落解放同盟飯塚市協議会推薦の職員が人権以外の担当を持つことはいかがなものか」だとか。
いまさらながらの指摘と、それに振り回されている上層部に、現場は正直うんざりしている。

私たち穂波の9人は、所属はあるけれど、全員が「私は穂波交流センターの職員です」という認識でいる。
だから、等しく窓口対応するし、貸館の予約システムにも入力する。
それに、窓口を訪れた人、地域の人にとっては、中にいる職員の所属なんてどうでもいい話だ。

センターの事務分掌というものはもちろんあるけれど、センター全体に関わる業務に関しては、現場はそういう温度でいるのに、現場を知らない人たちは、条例や規則の解釈に躍起になって、「この人がこの仕事をするのはおかしい」と言い、言うだけではなく、仕事ができなくなる環境を作ろうとしている。
こちらが望んでいるわけでもないのに、その人の立場を守ろうとしているのか、それとも矛盾点を指摘されないように自分達を守ろうとしているのか、私に彼らのやることがさっぱり理解できない。

仕事内容をしっかりと区分することで、職員間で仕事の偏りが生じ、忙しい人はより忙しく、そうでない人はよりそうでなくなってしまうのは明白だ。

そう、私は、まちづくり推進課所属であるけれど、生涯学習課の兼任ももらっている。
だから、本来ならば生涯学習課がすべきことを、「だって兼任もらってるでしょ?」と引導を渡すような物言いで、まるで私の主催事業であるかのように仕事を任されることさえあるのだ。
だから、現場では、まちづくりと生涯学習の兼任を持っている人に仕事が集中していくことは目に見えている。
こういう状況は、知らないうちに不平等感と不満感を招き、チームワークがウリだった穂波の職員間のバランスをあっけなく壊していく。

職場の人間関係、職場の雰囲気というものはとても大事だ。仕事がうまくいくかどうかは、ほぼ人間関係だと思っている。だから、壊れないようにと気を揉み、気を遣い、自分でも驚くくらいに、積極的に良い人になっている。
そしてまた、大量の仕事をやりくりすることに追われ、もっとも大切な「まちづくり」の事業に注力できなくなるのは、本末転倒もいいとこだということに、どうしたら早く気付いてもらえるだろう。

考えることが多すぎて、それ以上にこなしていかなければならない仕事が多すぎて、毎日あっという間に一日がすぎてゆく。
それでも、組織の継ぎ目の痛みと現場の誇りを抱えながら、日々、小さいけれど確かな地域の灯りを灯し続けていこうと思っている。

 

 




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