5月から、ゆっくりゆっくり読み進めた本がある。
ほぼ3か月をかけて、同じ作者の本を2冊読んだ。

どうしてそんなにゆっくり読んだのか。
それは、星野道夫著『魔法の言葉~自然と旅を語る~』に解説を寄せている作家池澤夏樹が、「ゆっくり読むように」とわざわざ冒頭で忠告してくれているからだ。
これは星野道夫が語ったところを本にまとめたものである。
彼の声の響きを正しく耳に蘇らせるには、ちょっと工夫がいる。
まず、ゆっくり読むこと。
次に、一度にたくさん読んではいけない。彼は本当に大事なこと
しか言わなかった。そして本当に大事なことは何度でも言った。
だから、一気に読み終えるのではなく、一つずつを時間をかけて、
例えば一週間の間をおくような具合に、読むのがいい。
なんといってもこれは効率がすべてを損なってしまう前の社会の
知恵を書いた本なのだから。
――池澤夏樹
『魔法の言葉』の第一章「卒業する君に」は、1987年3月、東京都大田区立田田園調布中学校の卒業記念講演を文章にしたもの。
次の「アラスカに魅かれて」は、1991年6月9日、星野の出身地である千葉県市川市動植物園にて行われた講演をもとにしている。
全国各地で行われた10の講演が、それぞれ十章の文章になっている。
どの講演も、アラスカでの体験、アラスカでの人々との出会い、自然や動植物のことを、星野道夫は丁寧に語っている。
もう一冊の『旅する木』は、星野道夫のエッセイ集。
「エッセイ集」と言ってしまうと、とても軽い響きがあるかもしれないけれど、この本の内容は、とても静かでそして深い。
『魔法の言葉』も『旅する木』では、同じエピソードが繰り返し出てくるけれど、ゆっくり読めば、いつでも新鮮な気持ちでそのエピソードと向き合うことができる。
例えば、アラスカの太陽についての話。
アラスカの太陽は、日本で見る太陽とはまったく違う表情を持っているという話。
夏は一日中沈まない「白夜」の太陽。冬はほとんど昇らない「極夜」の太陽。
白夜の太陽の下で過ごすと、「時間が存在しないような、永遠の中にいるような感覚」になると書いている。
私たち日本人にとって当たり前のこの太陽のリズムは、アラスカの人には当たり前ではない。極夜が終わり、日が昇って日が沈む季節がくることが、生きる喜びを取り戻してくれるほど大きな意味を持つのだ。
そこでは太陽は、「命のリズムを与える存在」であり、人間が生きる時間の不思議さを気づかせてくれるものなのだ。
アラスカの大地や、カリブーの移動、ヒグマやクジラとの共存など、たくさんのエピソードを通して、どんなに文明が発展しても、人は自然の循環の中で生かされている一部に過ぎない存在なのだということを強く感じた。
自然の中に身を置くことは、恐ろしいことだ。
その恐ろしさ、生への不確かさというものが、生きる知恵を生み、人とのつながりを強くし「生きることの本質」を高めていくのだと思う。
大自然の中では、人間の一生など短いものだ。
だからこそ、その短さをどう生きていくのか、星野道夫はいつも自分に問いかけていたのだろう。
ぼくたちが毎日を生きている同じ時間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい。
大自然の時間の流れと、人の時間の流れを重ね合わせてみえてくるもの、それは感謝であり、謙虚さなのだろう。
ゆっくり読んだ2冊の本。
日常の小さな時間さえも、大自然とつながっているのだと気づかせてくれる本。
まだ手に取っていない方は、ぜひ、読んでみてほしい。
きっと、大自然の中をゆっくり旅しているように、星野道夫が残した言葉が心を解き放ってくれるはずだ。