仕事と避難所と家のことやらでてんてこ舞いな連休を過ごす。
イベント開催日がもうすぐそこまで迫ってきているのに、準備が整っていなくて、
「あれをしなければ」
「これも確認しておかなければ」
など、頭の中で同じことが何度も浮かんできて止まらない。
作成しなければならない資料や小道具やらもあって、ふとした拍子にそのことが気になると、イベントに間に合わないんじゃないかと落ち着かなくなる。
そんな連休明けの今日、私の頭の中で浮かんできては漂い続けた数々の「気になること」に着手する。
実際に動いてみれば、どれも数分足らずで終わることだったし、今やらなければならないことでもなかった、というものもあった。
おかげで、「やらなくちゃ」と自分を急き立てていた強迫観念みたいなものがストンと落ちたようになって、結果、じっくり考えて取り組まなければならないことをある程度終わらせることができた。
お盆の間の休みの変更をする。
センター職員で、まとめて休みを入れることができた人もいる。
一方で、まとめて休みを入れられたことで、休みたいときに休みにくい人もでてきた。
残された人で、どう休みを組み込むか相談していたのだけれど、我が家の親戚寄りの日程が変更になったこともあり、再度調整し直す。
もともと、我が家のお盆の親戚寄りは、毎年13日の夜に決まっていた。
例年、13日は、仏様を迎えに行って、おはぎを作り、夜の寄りにあわせて食事の準備をする。
そういう日だったけれど、義父が自治会長になってからは、13日は、地区の盆踊りの日ということもあり、親戚寄りは14日の夜に変更になっていた。
今年は、義父が自治会長を退任したものの、私の方が、組内の盆踊り担当の委員の順番が巡ってきたこともあり、親戚寄りは14日の夜に決まっていた。
ところが、義父の弟妹が、14日の夜だと都合が悪いということになり、昨日、急遽15日の日中に変更になったのだ。
私は、15日は一日仕事の予定だった。
何しろ、16日がイベント開催日なのだから。
そのことを義母に話すと、
「じゃあ、お参りに来てくれても、お茶だけで我慢してもらおう」
という。
義父に至っては、
「もう、今後は、お盆の親戚寄りはしませんって言った方がいい」
などという。
私には、義父母の言葉が、
「嫁が仕事で不在なのでお茶だけです」
「嫁が仕事で都合がつかないので、今後は親戚寄りはしません」
と変換されて突き刺さってくるのだけれど、これは私の頭がおかしいのだろうか。
いや、違うと思う。
問題解決するにはどうしたらいいのか、どうしてこうも主体性に欠けることばかりをぶつけてくるのだろう。
すべて私のせいなのか?
結局、15日は午前中休みを取り、親戚寄りの準備をして昼から出勤してイベント準備を進めることにした。
1日休む予定にしていた14日は、1日出勤に。
そもそも、お盆明けすぐにイベントがあるからダメなんだ。
でも、このスケジューリングは私の意思とは関係ないところでなされたもので、だけれども、やっぱりこのタイミングでこの日なんだよなあと言わざるを得ないようなもの。
きっとすべてそうなんだと思う。
自分が選んだと思っていても、実はそうではなくて、自分で決めたと思っていても、それも実は違っている。
知らない間に気が付けばそうなってしまっていて、そういうことを、よく言えば「導かれている」とでもいうのだろうけれど、今の私は、そういうふうでもない気がしている。なんだかよく分からないけれど、そんなふうにしか表現できない。
それこそ、主体性に欠けるのは、私なのか?よくわからなくなってくる。
頭の中でぐるぐる考えるのは良くないのだ。
大丈夫だよ。
お盆が終わってイベントが終わったら、ちゃんと休むから。
今はこれでいいんだよ、きっと。