我が家の田んぼは、いくつかの個所に点在している。
基本、家の周りだけれど、あっちに3枚、そっちに2枚、こちらに1枚、、、といった感じ。そして、隣町にまとめて3枚。
住んでいる地区内で一番離れた場所にある田んぼのこと。
ここは、ため池の水が一番最後に流れ着く場所。
私がこの家にやってきた時から、もう、この田んぼでお米作りはしていなかった。
すでに住宅地になりつつあった場所で、田んぼ1枚の土地で、新築の家4~6軒が次々と建っていた。
気が付けば、田んぼとして残っていたのは、我が家の田んぼ1枚と、隣の1枚になった。
このころ、大手住宅会社や賃貸住宅会社が「土地を売ってくれ」と頻繁に家に来ていたけれど、義父は頑なに断っていた。
そうこうしていると、ある日、突然、残りもう一軒の田んぼが埋め立てられ、あれよあれよという間に3階建ての集合住宅が建った。
それも、我が家の田んぼとの境界ギリギリに。
これに憤慨したのが義父。
おかげであの田んぼは「死に地」になったと。
集合住宅を建てる時に一言も相談がなかったことが、義父の怒りに油を注いだ。
「一言相談してくれれば、一緒に売ったのに」と。
相手に話に行ったけれど、平行線どころか水掛け論にまでなったようだ。
結果、「相手が自分の土地だから好き勝手していいだろうという考えならば、こちらもこちらの理屈を通させてもらう」という義父の考えのもと、あの田んぼは、一切の手入れをしない、してはいけない土地になってしまった。
あれから20年。
田んぼは荒れ果て、木が茂っている。
荒れた土地には、平気でごみが投げ入れられ、生産組合の溝掃除のたびに肩身の狭い思いをしてきた。
そして、ことあるごとに、自分さえよければいいというわがままな土地所有者のせいで、我が家の田んぼが荒れ地になったのだという話を聞かされる。
鼻息荒く話をする義父の顔を、私は毎回、まともに見ることができずにいる。
そんな曰くつきの土地に、ここ最近動きがあっている。
熊本に本社を構える、太陽光パネルに関する会社からのアプローチ。
なんとこのアプローチに、義父が前のめりなのだ。
もう、契約してもいいという思いでいるのが、ありありと見て取れる。
いろいろな口約束が義父と営業担当の間で交わされているようで、その点も踏まえて息子夫婦にも話をしてもらって、次の世代が了解すれば、、、というところまで話は進んでいるようだ。
そして、その息子夫婦との話の場も、こちらの都合よりも、義父と営業側の都合で進んでいる印象があって、不審に不信を重ねて、さらに不愉快なのである。
太陽光パネルを設置するだけで、1年間で10万円の収入だと。
義父は、何も生まれなかった場所から10万円が生まれると、嬉々としている。
そのお金で税金を払って、盆暮れ正月の親戚寄りの足しにできると。
台所事情もろくに知らないくせに、なんともお気楽なもんだと呆れてしまう。
長男である旦那さんは、義父に対するイライラを抑えることができず、言葉の端々に苛立ちを込めて私にぶつけてくる。
そんなんしらんがな。
あんたの父親だろう。
心の中でツッコんでは見るものの、不愉快な気持ちは増すばかり。
太陽光には反対だ。
あんなに頑なに断っていたアパート経営と、本質的には変わりはないだろう。
どうせするなら、せめて駐車場にでもすればいい。
年間10万円よりはマシなはず。
それよりも、畑にして貸農園でもすればいい。
お金じゃなくて、人と季節の食べ物で緩く繋がる関係も悪くはないと思うのだけれど。
時間をつくって話を聞かされて、義父の一喜一憂に付き合わされる羽目になることは目に見えている。
なんともやるせないことの一つには、
こんなに心乱されるのに、私に決定権などないということかな。
お疲れさんだね。
