普通の人は、家に帰りつくとホッとしたり安心したりするんだろうけれど、私の場合そうでもなかったりする。
帰り着くと休む間もなくご飯作らなきゃだし、休日でものんびりしてすることに罪悪感さえ感じることがある。
いつまで経っても「嫁」の呪縛から離れられない。
周りに「農家の嫁」がいないし、同世代で同居している人もほとんどいないから、比較対象がなくて、「家に安らぎを感じられないし、むしろ求めていない」こんな気持ちになること自体どうなのか、よくわからなくなってしまっている。
あからさまに嫌がらせをされるだとか、意地悪いことを言われるわけではないけれど、「嫁だから当たり前」だと、大人の誰もが気付きもせずに過ごしていること自体が異常なことのように思えている。
「嫁の仕事」だからと、家のことに無関心でいられること、それ自体がもう私の中では考えられないことだから。
一日仕事をして帰ってきて、家族の食事の準備をして、夜が遅い次男の帰宅を待って、日付が変わる頃やっと眠りについて、朝一番に起きて食事の準備をする。
私はつねに、家族の誰かのために働いて、そして、少し先の自分を思いやって動いている。そうじゃないと、誰もやってくれないから、明日の自分が、夕方の自分がつらいから。
座っていれば御飯がでてくるし、食後の片づけも、誰かがやってくれるので何の心配もない。見たいテレビを好きな時にみて、畑に出て疲れたなら、休みたいときに休めれる。
誰かがやってくれることが当然で、そのこと自体に何も思わなくなってしまっていいのだろうか。
どんなに疲れている日でも、元気が残っている日でも、いつもやりくりをして一日を終わらせる。
明日の私のために、今日あとちょっとを頑張って、未来の私を応援している。
自分以外に、明日の私のことを思ってくれる人がいたならば。
自分以外に、今ここにいる私のことを思ってくれる人がいたならば。
きっと疲れは軽減して、体のだるさも半減することだろう。
淡々としていても、さりげないやさしさが感じられるなら、それでいい。
一人になりたいと思う。
誰かと生活するならば、自立した人と一緒にいたいと思う。
時々押し寄せてくるこの感情が、最近は間隔を開けずに訪れている。
子どもたちよ、自立した人になれ。
わたしよ、早く呪縛を解き放て。