
いきなり、こんな写真。
レジでは、
「オフシールです!」
って、機械が連呼する(笑)。
食べ盛りの次男が、夕食を食べて10分もしないうちから、
「お腹すいた、なんかない?」
って聞いてくる(笑)。
「おにぎり作るよ。お米なら、売るほどあるから、ご飯を食べなっせ。」
というけれど、渋り顔。
そりゃ、毎日おにぎりじゃね。
気持ちわかるよ。
だから、菓子パン買ってみたり、チンするだけの冷凍スパゲッティ(大盛り)を買ってみたり、焼くだけのピザを買ってみたり、コーンフレークを買ってみたり。
支払う金額は以前に比べ多くなっている。
でも、これは、次男の食欲のせいだけじゃない。
生協注文も一回7,000円以内を目安にって決めているけれど、これも難しくなってきている。
毎月入ってくる金額は増えないけれど、出ていく金額は増える一方だ。
お金はたまらないけれど、不要なものはすぐに溜まる。
それが、次の写真。

台所用品や調味料などのストックを入れている、ちょっとした棚がある。
この棚の上は私にとってはデッドスペースなんだけれど、義母にとっては都合の良いスペースになっている。
毎日食べるキウイフルーツのプラスチック空き容器が積み重ねられ、義母が時々作る寒天ゼリーの素なんかも置いてある。封の空いた玄米フレークもある。
たぶん、いや、絶対賞味期限は切れているはず。
押しやられて斜めに傾いているザルの中には、プリンなんかの空き容器とプラスチックスプーンが入れられている。
収集癖でもあるのかな。
プラスチックがお好みなようで(笑)。
集めて取っておくけれど、忘れちゃうみたいで、可愛く例えて言えば「リスみたいだね」と言えなくもない。
私にとっては不要なものだけれど、なにか理由があって集めているかもしれないということもあるので、基本、人のものは捨てない。
必然的にモノは増える。
常に目につくところがこんな状況。
これはほんの一例で、家中がこんな感じ。
共有スペースには、なるだけみんなが必要とするものだけを置くようにしたい。
思い切って片づけてスペースを空けたら、すかさず新しい「何か」が置いてある(笑)。
だから、よっぽど邪魔にならない限り捨てないようになった。
捨てる時も、一応確認を取ったりするようにもなった。
そんな面倒なことせずに、気を遣ったりせずに、捨てちゃえばいいんだよ、捨てちゃえば。
こちらが気にするほど本人は気にしていない。
でもね、捨てたら聞かれるんだよ、「ここにあった○○知らない?」って(笑)。
あれ、何なんだろうね。
いままでまったく気にする様子もなかったのに、こっそり捨てると必ず、「ここにあったはずなんだけどね」なんて言って探している場面に遭遇する。
こういう現象、絶対名前がついてあると思う。
名前がないなら、私がつけたいくらいだ。
なんの捻りもなく「mosgreenの法則」っていう、つまらない名前をつけるけど。
こんなごちゃごちゃした台所に毎日立って、よく20年も絶えてるよね、私。

そんな台所で、誰よりも早く起きてきて、寒くても暑くても、あったかい麦茶を飲みながら、朝食の準備と夕食の下ごしらえをする。
今朝は、かぼちゃのタネをくりぬいていたら、手元が弾んで、種が麦茶の中に飛び込んだ。
写真に撮るために近づけているけれど、ホントはもっと離れてる。
タネがぴょーんと跳ねて、見事に湯呑みに飛び込んだ。
それだけなんだけれど、なんだか楽しい気分になって、いつかわたしもぴょーんと跳ねて、軽々と違う世界に飛び込むんだ、って考えたりした。
ちょっとした弾みで、勢いよく飛び込むよ。
その日がいつ来てもいいように、ちゃんと準備をしておかなくてはね。
だから、うんざりするような毎日を乗り越えて、20年積み重ねてきた毎日を、あと少し、もう少し踏ん張ってみよう。
雑然とした台所から、まとまりのないお話をお伝えしました。