地元生産組合の溝掃除で、朝8時から肉体労働。
住んでる地区には川が流れておらず、田んぼの水はもっぱらため池の水を利用。
このため池の水は、雨水だけでなく、隣の生産組合、水利組合から分けてもらっているので、毎年12月の最初の日曜日に、お礼奉公で隣の地区の水路分岐点から地元ため池までの溝の掃除をしている。
地元の田んぼでお米は作らなくなったけれど、地元に土地があって、生産組合員なので参加は必須。よそは世帯に一人だけど、我が家はだんなさんと二人で参加する。
溝に沿って草を刈っていく人、溝に降りて刈られた草や溝に溜まった土砂をすくいあげていく人、産廃用の2トントラックに積み上げていく人、その時の状況を判断して、体を動かしていいく。
来年、お米を作る地元の農家も、ついに1軒になった。
我が家は、3年前に、まとまった土地を探している営農農家さんに土地を貸すようになり、地元の田んぼで耕作はしなくなった。
その時、地元生産組合に所属して、なおかつ地元の田んぼで耕作している農家は、我が家を含めて3軒だったのだけれど、我が家に続き、もう1軒も、高齢化と後継者不足で、来年は耕作しないことになった。
残る1軒は、義父と同級生の方が耕作しているけれど、こちらもいつまでできるのか、はたまた後継者がいらっしゃるのかも不透明。
近いうちに、私が住んでいる地域の田んぼはすべて、他の地区から来られている営農関係者に頼んで作ってもらうことになっていくのだろう。
それでも、田んぼがあって所有者がいる限り、生産組合は残っていくのかな。
それとも解散するのかな。
積み立てているお金がかなりあるけれど、どうするんだろう。
お金が絡んでいるから、絶対揉めそうだ。


溝掃除にぴったりのお天気!
と思うのか、
こんな気持ちのいい日に、溝掃除なんて・・・
って思うのか(笑)
冷え込みもなく、穏やかな日曜日。
スコップで溝に溜まった泥や、刈り落された萱の束をすくい上げながら、いろいろ考える。
いつの間にやら「農家」という言葉を「農業経営者」にすり替えて、大規模営農を推し進めている。
「スマート農業」なんて言って、AI化、機械化することで後継者不足の解消を目指しているけれど、絶対方向性間違っていると思う。
小さな農家が地域の食を守り、小さな農家の集まりが日本人の食文化と自給率を守るんだと思う。
点で支えるよりも、点が集まって面になって支えるほうが絶対に安心安全だ。
大きくしたい人は大きくすればいい。
小さいままを希望する人には、小さいまま安心して続けられる保証があればいい。
考えれば考えるほど、腹が立ってくる。
慎ましくも穏やかに、季節と土地に寄り添って、このまま米作りがしたかった。
ただそれだけだ。

実りや豊かさをシェアできる世界になればいいのにな。