今年のお盆は、親戚寄りがない。
毎年、盆暮れ正月には20名ほどが集うというのに。

長男もお盆は帰省できないとかで、家族5人で過ごすことになる。
といっても、13日は地元の盆踊りで、自治会長である義父は一日不在がちとなるだろう。夜には義母も踊りにいくだろう。
旦那さんは仕事、次男は合宿中。
私は、おはぎを作ったり、家を片づけたり(普段の溜まった家事が山ほどある)、ささやかだけれども14日のご馳走の準備をする予定。
14日は、旦那さんも私も仕事。
本来なら、この日の夕方に親戚が集い、みんなでわいわいと過ごすのだけれど、今年はいろんな理由が重なって、この行事が行われない。
夕方次男が合宿から戻るので、家族5人でご先祖様をご馳走でもてなして過ごそうと思っている。
15日は、旦那さんも私も仕事。
次男は休み。
夕方に、近所に住む義父の弟夫婦がお参りに来る予定。
義父母は、義母の長兄の10周忌法要で兄弟寄りがあるそうだ。
義母は6人兄妹の末っ子で、ただ一人の女の子。
6人のうち、3人は泉下の客となっている。
存命中の残る二人の兄たちも高齢になってきており、この先揃って賑わう機会ももうないだろうと寂しく感じているようだ。
私はといえば、今年の親戚寄りがないこともあり、13日の午後、次男吹奏楽部の合宿中にある親子交流会に参加することにした。(それでもやっぱり、義父母の許可をもらうという形になるのはどうなんだと思ったけれど)
これまでは、お盆の最中に出かけるなんて、考えられないことだった。
帰省する人たちを迎え入れるほうだったし、それは自分とはなんの血のつながりもない人たちなのは、言うまでもない。
義祖父や義父、旦那さんの弟妹とその子どもたち、そしてその孫たちのために、たまたま本家の嫁となったものが、これまでのやり方や家長の考え方を押し付けられて働かされてきたのだ。
そう、私の場合はまぎれもなく「働かされてきた」という表現になる。
人が集まるのが好きで、人を集めるのが好きで、それだけの余裕があって、もてなすことが好きなのならば、「働かされてきた」とは思わないだろう。
総勢20名ほどの老若男女を、有無を言わさず迎え入れなければならなかった22年前の私。
何かと自信がなく、空気を読みすぎるくらいの性格で、料理は得意ではなく、センスもない自分にとって、この22年間はほんとうに苦行、難行だったように思う。
でも、この22年間の盆暮れ正月加えて春秋のお彼岸行事があったからこそ、今の私と、子どもたちがあるのだという、感謝の気持ちがあることも事実だ。
まあ、感謝の気持ちが起こったのも、ここ最近のことで、やっと余裕が出てきたからこそ、そんなふうに感じられるようになったのだと思っている。
結婚して22年。
毎年毎年のこの盆暮れ正月(加えて春秋のお彼岸)のイベントも、おそらく今年を境に変わっていくだろう。
というか、そろそろ変えていかなければならないと思っている。
変えていってもいいくらいに奉公したと思っている(笑)。
これからは、私がやりたいからやる、そんなおもてなしの形を出していけたらいいと思っている。
そして、webマガジン「考える人」でたまたま読んだ村井理子さんの文章にも大いに勇気をもらっている。
介護となると、どうしても女性(妻、娘、嫁)にその役割が集中するケースが、いまだに多い。そんな当たり前に対して異議を唱える人間がいてもいいのではないかと思っている。私は夫とともに、すでに何年にもわたって義理の両親の介護をしているけれど、どうしても譲ることができない一線はある。実の親でない二人のために、自分の時間を削ることへの違和感は、いまでも強い。だからこそ、言うべきことは言うようにしなければいけないと思っている。だって、自分の人生だって、一度きりの、とても大切なものなのだから。介護の現場においても、自分を最優先にすることは絶対に間違いではない。
何より、不満を抱えたままで介護をしても、良い結果が生まれるとは思えない。双方の幸せのために、納得できない、あるいはとても嫌だと感じていることは、早めに言える状況をなんとかして作りたいと思った。私が『義父母の介護』を書いた理由のひとつにそれがある。
日本中に、実の両親の、あるいは義理の両親の、それ以外の家族の介護に従事している人たちは多く存在する。私もそのなかの一人で、介護に費やす時間が増えれば増えるほど、ひとつの考えが浮かんでくる。
感謝されたいと思って介護しているのではない。ただ、当然のこととして受けとらないでほしい。
『義父母の介護』を通じて、この思いを仲間のみなさんに伝えたいと思っている。感謝なんてしなくていい。当然のこととして受けとらないで。そうですよね、みなさん?
(※引用先「介護」について書けること、書けないこと | 村井さんちの生活 | 村井理子 | 連載 | 考える人 | 新潮社)
「介護」に特化したことではない。
日々の生活の中には、こんな「当然のこと」が山ほどある。
「当然のこと」の中に埋もれてしまっていた「私」に気付き、掬い上げケアしていくこと、そしてこれから先は、誰かの「当然のこと」だったことを誰もが「当然のこと」と思える形に変えていく、そんな働きをしていきたいと思っている。
なんか壮大だな(笑)。