花束をいただいた。
それも、大きな花束を。
朝起きて、朝食の準備をしながら夕食の準備をして、さらに弁当を作る。
慌ただしく仕事に行って仕事して、帰りにスーパーで買い物して帰宅して、夕食作って片づけて、疲れて眠って、また次の朝を迎え、台所に立つ。
ほぼ同じことを繰り返しながら毎日を送っている、ごくごく普通のおばちゃん(私)が、誰かから大きな花束をもらうということなど、「ない」に等しい。
私よりもずっと、花束をもらうのにふさわしい人がいるというのに、戸惑いながら、私は大きな花束をいただいた。
花束をいくつかの花瓶に活け替えて、その花を眺めながらこの日のことを思い出す。

大きな花束
22日(日)に開催された『スタードーム サクラミュージックフェス』。
開催場所は、飯塚市の桜の名所の一つである大将陣公園の予定だったけれど、午後から雨の予報。実行委員長が前日に会場変更宣言をして、交流センターでの開催を決めた。
もともと開催場所の最終決定は19日の午後の予定だった。
19日の時点で、野外での開催に備え晴れバージョンで諸々の準備が進んでいた。
いよいよ前夜祭開催当日になった21日の朝8時、会場変更の連絡が入る。
世間は20日春分の日から連休。
臨時駐車場となる予定だった支所の駐車場借用や河川敷駐車場の手続きの締め切りは19日まで。
何もかもの締切が過ぎてしまっていたことに加え、センターは22日は休館日で、休館日開館手続きも未処理のまま。
あらゆる手段を使ってセンターが開館できるよう、諸々の下準備、根回し、報告、相談に奔走し、なんとか開催にこぎつけることができた。
その流れからの午後は、基調講演会の司会。
基調講演会終了後は、スタードーム横の特設茶室でのアート茶会と、一日駆けずり回っていた。
22日は、早朝より出勤。
キッチンカーや出店の対応、出演者への控室案内とステージ入り出の説明、Academy’s出店のサポートなど、大忙しだった。
プログラムの進み具合をチェックしながら合間にステージの写真をとり、飲食ブースも含めた全体の流れもチェック。
始まる前が一番忙しかったけれど、いざフェスが始まってしまえばそれなりに流れていき、私自身も余裕ができ、気が付けば、楽しみながら運営を支えることができるようになっていた。

見慣れたホールも、照明のおかげで楽しい会場へ。
ミュージックフェスのステージが終了し、出演者と実行委員全員がステージに上がる。
集合写真を撮ることに集中していた私を、ステージからみんなが呼んでくれて、一緒に写真を撮ってくれた。
集合している端っこで写真に収まろうとする私を、みんなが中央に引っ張ってくれて、最後はちゃっかりセンターへ。
実行委員長の隣でにっこり写真に収まった。

みんな笑顔
終了後は撤収作業。
すべての撤収が終了してから戸締りを確認してまわり、最後にセキュリティーをかけてやっと、私のフェスが終了となった。
大将陣スタードームサクラミュージックフェスが終わって、出演者のミュージシャンたちと音響設営チーム、それから基調講演会でお話してくれた栗原正峰さんらの打ち上げの席に同席させていただいた。
会場の戸締りとセキュリティー確認のため遅れて会場入りした私を待っていたのは、イベント終了後の解放感溢れる実行委員メンバーと、素晴らしいパフォーマンスをして共演者同士を労い合う出演者の皆さんの、割れんばかりの拍手だった。
遅れたことを詫びながら空いている席に収まろうとする私を、実行委員長が呼び止めて静寂が訪れる。
今回のフェスが大成功に終わったのは、mosgreenさんの尽力のおかげだと、みなさんに語りかけ、おもむろに花束を差し出す。
はっ?なんだこの花束は!
えっ?いつの間に?
そしてこれは、もしかしてどっきりかなにか?
驚きキョトンとする私に実行委員長は、さらに花束を差し出す。
訳が分からず受け取る私。
びっくりすると同時に、嬉しさが込み上げてきて涙が滲んで、だんだん周りがぼんやりしてきたとき、実行委員長が声高に叫んだ。
「来年は、野外ではなく、初めから室内開催にします!場所は穂波交流センター、開催日は、3月27日土曜日!!来年の会場確保、お願いします!」
えぇーー!!
貸館状況、どうなってる???
とりあえず、確保しなくては!!
そう思った瞬間、こぼれそうになっていた涙がするすると引いていくのが分かって、なんだかとても可笑しくなって、花束を高々と掲げて、
「任せてくださーい、会場、確保しまーす!!」
とみんなに向かって宣言してしまった。
みんな笑顔で拍手拍手。
早速手帳やアイパッドをひろげて、みんながスケジュール確認をして盛り上がったのだった。
ミュージシャンのいる打ち上げの席は、即興で歌と音楽が溢れる、とても楽しい席だった。
途中、「自分がここにいることの不思議さ」と「言葉にできないくらいのしあわせな気持ち」が何度も湧きあがってきて、夢のような時間だった。
繋がった縁をまた来年へ繋げるよう、それぞれが素晴らしい1年間を過ごし、再会を誓い合ってお開きとなった。
打ち上げの場にいらっしゃった方々を紹介すると、、、

MIOSIC(ボーカルのMIOさんと、ギターボーカルのSHOさん)

MIOSICと共演することの多いパーカッション奏者endotochiさん

MISIAのコンサートでサックスソロを任されるほどのサックス奏者、浦ヒロノリさん(糸島在住)

福岡県を中心に活動するポップボーカルユニットスピノスマイル

穂波の天道地区在住、NHKのど自慢シンセサイザー担当須山陽子さん

天道地区の夫婦デュオ「扉」のお二人
(女性は、須山陽子さん。夫さんの本業はガラス屋さん)

地元天道の歌姫率いるPOPS&JAZZバンド、new moon

地元天道にある瑞穂菊酒造の一人娘で、バイオリニストの小野山莉々香さん

NYから駆けつけてくださった、ジャズシンガーでアートプロデューサー、作家の
いたみありささん

声楽家の奥貫亜矢子さん

基調講演会「信じきる力」の栗原正峰さん

栗原正峰さんの後輩でランドスケープデザインが専門の井野貴文さん
それから、音響会社と運輸会社を経営する竹中社長。
竹中社長が企画しているMIYAJICというイベントは、福岡県福津市宮地嶽神社で開催される、九州最大級のアマチュア手作り野外音楽祭なんだそう。
最後は、アート茶会で亭主を務められた造園会社ブルーメの社長、上野さん。

ブルーメの外観
たくさんの人を紹介して、つまらなく思うかもしれないけれど、「あの日の温かさと豊かさ」を記憶として残したくて、羅列してしまった。
私にとっては、まさに、プロの集まりの中に、ひょっこり行政関係者が紛れ込んでしまって場違いだったんじゃないかという思いが強かったのだけれど、温かく受け入れてくれて、面白くて、愉快で、とても楽しい時間を過ごすことができて本当に嬉しかった。
フェスの成功は、やっぱりみんながそれぞれベストを尽くした結果だと思う。
会場変更の決断も、過ぎてしまえば英断だったし、共催だった商工会青年部の集客のためのアイデアはさすがだと思ったし、プロの皆さんの演奏と歌声はもちろん、それを届ける音響と、ステージと観客との一体感を盛り上げるような照明演出は、たくさんのステージ経験の賜物だと感心させられた。
来年は、どんなふうにフェスを盛り上げられるだろう。
今年のように、私ができることを精一杯やるだけだ。
フェスの開催とスタードームに込められた想いをどんなふうに紡いでいくのか、多分これからが大事になっていくのだろう。
この大きなテーマについてみんなで考えながら、じっくりと取り組んでいけたらと思っている。