アメリカといえば競争の国で、それがすぐれた製品やサービスを生み出していると考えられていますが、近年についてはそうでもないよ、ということを主張した本。
著者は「トマ」という名前からもわかるようにフランス人で(ピケティもトマ・ピケティ)、1999年に経済学の博士号をとるためにアメリカに渡りました。そのとき、ノートパソコン、ネットのプロバイダー、航空券、ほとんどものがフランスよりも安かったといいます。
ところが、2017年になると、ブロードバンドの料金はドイツ35.71ドル、フランス38.10ドルに対して、アメリカは66.17ドルになり(7p表Ⅰ.Ⅰ参照)、航空会社はヨーロッパでは乗客1人あたり7.84ドルの利益を上げたのに対して、北アメリカでは22.40ドルの利益を上げるようになりました(8p)。
21世紀の最初の20年間で、アメリカは物価が高く、消費者がカモられる国に変貌してしまったのです。
本書は、しっかりとした分析をもとにしてその理由を探っており、アメリカ経済のイメージを覆す刺激的な1冊となっています。
目次は以下の通り。
はじめに
序論I アメリカにおける市場支配力の高まり
1 経済学者はなぜ競争が好きなのか……なぜあなたもそうあるべきなのか
2 悪い集中、良い集中
3 市場支配力の増加
4 投資と生産性の低下
5 自由参入の失敗II ヨーロッパの状況
6 一方、ヨーロッパではどうか
7 アメリカの物価は高すぎるのか
8 ヨーロッパ市場はどのように自由化したのかIII 政治経済学
9 ロビー活動
10 カネと政治IV いくつかの産業を掘り下げる
11 バンカーの報酬はなぜ高いのか
12 アメリカの医療──自ら招いた禍
13 星を見上げて──トップ企業は本当に違うのか
14 規制すべきか否か、それが問題だ
15 買い手独占力と格差結論
1999年の段階でアメリカの航空券やネットのプロバイダー料金が安かったのは、70〜80年代にAT&Tの分割や規制緩和が行われたからだと考えられます。
この政府の規制が新規参入を妨げて価格を高止まりさせているというのはわかりやすい例で、日本でも通信業界などで価格を下げるための新規参入が求められてきました。
ただし、常に企業が増えれば価格が下がり、企業が集中すれば価格が上がるというわけではありません。
ウォルマートでは1990年代に急成長し、5%以下だった市場シェアを2010年代後半には60%近くにまで引き上げました(36p図2.2参照)。一方、1980年代なかばから2000年代なかばにかけて、小売サービスの価格は急速に下がっており、アメリカの世帯が小売商品の購入費用を約30%節約できたと考えられています(37p)。
つまり、ウォルマートの効率的な流通システムを構築し市場シェアを増大させたことが、消費者の利益になったと考えられるのです(労働市場の問題などはまた別ですが)。
一方、航空業界の市場シェアをハーフィンダール・ハーシュマン指数(HHI)でみると、80年代に新しい航空会社が参入して下がったものの、2000年をすぎると合併によって上昇しています。
これに伴って航空料金は上がり、特にサービスの向上があったわけでもないので、この企業集中は消費者にとってはマイナスだったと考えられます。
このように同じ企業集中でも消費者にとってさまざまな影響があるのですが、アメリカ経済のここ20年の特徴の1つが企業利潤の対GDP比が高まっていることです。20世紀の終わりまで6〜7%で安定していたこの数字は近年では10%近くまで上昇しています(64p図3.4参照)。
企業の利潤が増えることは悪いことではないように思えますが、アメリカでは利潤が増える一方で投資は低迷しています。純営業余剰に対する純投資比率はここ20年ほど低迷しており(76p図4.1参照)、資本ストックの伸び率も低迷しています(78p図4.2参照)。
また生産性の伸びも弱く、企業集中が必ずしも超一流企業の台頭によるものではないこともうかがえます(各業界でウォルマートのような企業が台頭しているのであれば生産性も大きく伸びるはず)。
企業の新規参入も減っており(97p図5.1参照)、合併・買収が増えたこともあって(100p図5.4参照)、アメリカの上場企業の数は減少しつつあります(101p図5.5参照)。
こうした現象は世界中で起きているわけではありません。EUにおいては、特に企業の利潤が増えている現象は確認できませんし(123p図6.2参照)、アメリカのような企業の集中もありません(124p図6.3参照)。
労働分配率を見ると、ユーロ圏では横ばい、アメリカでは低下となっており(129p図6.5参照)、IT化などが必然的に企業の利潤を高め、労働分配率を低下させたというわけでもなさそうです。
物価を見ると、アメリカのほうが上昇しています。例えば、ビッグマックの価格を見ると、2000年にはアメリカで2.51ドル、ユーロ圏で2.56ユーロですが、2017年になるとアメリカでは5.30ドル、ユーロ圏では3.91ユーロとなっています(138p表7.1参照)。
アメリカの価格はヨーロッパよりも15%上昇しましたが、賃金は7%しか上昇しておらず(145p)、マークアップ(企業の利潤)が増えたことがうかがえます。
つまり、アメリカでは、ヨーロッパに比べて国内競争が減少し、企業は国内の消費者に過大な価格を請求し、それで得た利潤を雇用や投資ではなく、配当や自社株買いに使われている状況です。
また、参入障壁は上がり、反トラスト法の執行能力も下がっているといいうのです。
90年代の終わりごろまではアメリカ経済はロールモデルとして機能しましたが、現在はそうとは言えないものになっているのです。
では、なぜこうなってしまったのか? 本書がまず注目するのがロビー活動の問題です。
ロビー活動には政治家に重要な情報を伝えるという役目もありますが、レント・シーキングをもたらすだけだという見方もあります。
アメリカの鉄鋼会社はロビー活動を積み増して2018年にトランプ大統領に鉄鋼を輸入する際の関税を引き上げさせましたが、これによってアメリカの企業は鉄鋼を高い価格で買う羽目になりました。
ここまであからさまなケースは少ないですが、ロビー活動が非効率を生み出している可能性は十分にあります。
1990年代後半から2010年代前半にかけて、アメリカの大企業はロビー活動に費やす費用を大きく増やし、その総額はEUの企業の2倍以上です(196p図9.1参照)。
S&P1500指数に採用された会社の中で、ロビー活動に積極的な企業は90年代後半には33%ほどでしたが、2010年代前半には42%ほどになっています(198p図9.2参照)。
特に大企業がロビー活動に多額の費用を使っており、業界別で見ると金融業界がもっともさかんにロビー活動をしています(202p図9.4参照)。
そして、献金額が大きな企業ほど自分たちに有利な規制を導入させているという研究もあります。
政治家が献金を求める背景としては、選挙費用の増加があります。下院議員に当選するために必要な金額は80年代後半の3倍近くにまでなっています(210p図10.1参照)。
「新人下院議員のために民主党が用意した2013年の文書では、新しい献金者発掘のために毎日最低でも4時間は電話をかけるように、と助言されていた」(210p)とのことで、アメリカでは選挙資金に対する規制にスーパーPACという抜け道があることもあって、選挙で当選するに政治家はとにかく資金を集める必要があります。
ヨーロッパの各国と比べても、アメリカの選挙費用は多額であり(228p図10.5参照)、これが資金を持つ企業の政治への影響力を高めているのです。
第4部では、金融、医療、インターネットの巨大企業といった個別のケースを見ています。
金融業界の相対賃金をみると、1933年まで金融は高賃金の産業でしたが、その後賃金は低下し1980年まで非農業民間部門とほぼ同じになります。しかし、その後賃金は伸び始め、2000年頃には1933年までとほぼ同じレベルになっています(253p図11.4参照)。
一方、金融仲介の効率はIT化の進展にもかかわらずそれほど上がっていないといいます(送金サービスだけは別ですが)。また、金融業では新規参入が減っており新陳代謝が進まない業界となっています。
確かにフィンテック企業は出てきていますが、それが金融業の効率をどれだけ改善するかは見通し難い状況だといいます。
医療業界をみると、アメリカの医療費は明らかに高額になっています。OECD諸国は対GDP比で10%程度の医療費を使っていますが、アメリカは対GDP比で18%ほどです(269p図12.4参照)。
アメリカの医療は確かに高度ではありますが、管理コストが高く、市場が機能していないといいます。アメリカでは病院の合併が進んでいますが、これによって効率が改善しているとは言い難く、航空業界と同じように寡占化とともに料金が上がっているような状況です。
また、アメリカではこうした病院の合併に対抗するために保険会社の合併も進んでいますが、これも医療の効率性を改善してはいません。
次はインターネットの巨大企業、いわゆるGAFAMたちです。
これらのスター企業こそアメリカ経済の強みであり、アメリカ経済の効率を大きく改善させたと考える人も多いでしょう。
ただし、企業活動の影響が及ぶ範囲であるフットプリントを見ていくと、GAFAMの中でも違いが見えてきます。Amazonは雇用などの面で普通の企業とあまり変わりませんが、Amazonを除くGFAMをみると、この4社で株式市場の9.3%を占めがながら、雇用の0.25%しか占めていません(301p)。
これらの企業の時価総額は確かに巨大ですが、これらの企業に何かあってもアメリカ経済全体の生産性はあまり変わらないと考えられます。
GAFAMはワシントンを距離を取っていましたが、2010年代になってからロビー活動費を増やしています(309p図14.1参照)。独占敵な地位やデータの扱いなどをめぐってGAFAMが問題視されるようになると、それへの対応策としてロビー活動費を増やしたと考えられます。
GAFAMのようなインターネット企業では、規模の経済とネットワーク効果がはたらき、集中が進みやすくなっています。
しかし、それだけではなく、これらの企業はその巨大な資金力でライバルになりそうな企業を買収しています。FacebookがInstagramやワッツアップを買収したようにです。
こうした合併をどのように規制していくかは難しい問題ですが、とりあえずアメリカでは規制当局が有効な手を打てていない状況です。
最後に労働市場における買い手独占の話がとり上げられています。独占といえば、売り手の問題と考えられがちですが、労働市場において雇う側の企業が1社しかなければ企業は労働力を買い叩くことができます、これが買い手独占の問題です。
確かにウォルマートやAmazonは消費者に安い製品を提供していますが、同時にサプライヤーや配送業者からリベートを取ったり、低賃金で労働者を働かせたりしているわけです。
最後の結論において、著者は90年代と同じような競争が維持されていたらGDPは5%伸びたと推計しています。そして、競争の欠如が労働者から1.5兆ドルの所得を奪ったと推計しています(347p)。
私たちはアメリカの大企業の株価の伸びなどを見て、アメリカ経済は日本に比べて大きく伸びていると考えがちですが、その恩恵が消費者や労働者に及んでいないということが本書を読むと見えてくると思います。
本書の帯には、マーティン・ウルフの「ドナルド・トランプは本書で描かれる、欠陥資本主義の産物である」との言葉が載っていますが、本書はアメリカにおいて資本主義の鍵であるはずの競争が失われつつあることを教えてくれる本です。