以下の内容はhttps://morningrain.hatenablog.com/entry/2025/02/11/215653より取得しました。


ジン・クーユー『新中国経済大全』

 著者のジン・クーユー(金刻羽)は1982年に北京で生まれ、現在はロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで教鞭をとる経済学者で、専門は国際経済になります。

 本書は、そうした経歴を持つ著者が中国経済の現状やその強み、問題点といったものを幅広く解説し、海外(英語圏)の読者に中国経済について理解してもらおうという本になります。

 ここ最近の中国経済の低迷や、アセモグルらのノーベル経済学賞受賞もあって、「中国は収奪的国家だからやはりダメなのだ」という論調が強まっていますが、本書はそういったやや単純な見方に対するワクチンにもなるものと言えます。

 ただし、最後の方の章はやや楽観的すぎると感じる面もありますし、現在の習近平政権の政策に対する批判的な視点も控えられている面はあります(この点を補ってくれるのが巻末に置かれた監訳者の梶谷懐の解説)。

 それでも、中国における中央政府と地方政府の行動様式の違い、一人っ子政策インパクト、中国の金融市場が抱える問題点など、非常に興味深い点が論じられており、改革開放以来の中国経済を理解するのに格好の本です。

 

 目次は以下の通り。

第1章 中国という謎
第2章 中国経済の奇跡
第3章 中国の消費者と新世代
第4章 中国独自の企業モデル―国有企業と民間企業
第5章 国家と市長経済
第6章 中国の金融システム
第7章 テクノロジーをめぐる競争
第8章 世界経済における中国の役割
第9章 世界の金融市場で
第10章 新たなパラダイムに向けて

 

 まず、中国の政府が収奪的だという指摘に対して、第1章では著者は中央政府と地方政府の違いを指摘しています。中国経済は確かに政府の統制が強い経済ですが、その統制は次のように締め付け一辺倒ではないと言います。

 

 この国のシステムが他国と異なることを示すもう一つの特徴は、中国では政治の中央集権化と経済の分権化がセットになっていることにある。中央政府は戦略的な方向を定めるが、現場でそれを実行するのは地方政府だ。「市長たち」は実質、その管轄区域のステークホルダーである。彼らは優良な民間企業を支援することで産業の集積を図り、GDPが上昇し、仕事が増え、不動産価格が急騰するなどの乗数効果のある活気溢れる経済を築き上げる。そして税収を増やし、自らも政治的階級の梯子を昇っていく。だからこそ、国家にまつわる根強い憶測とは逆に、地方政府の役人は、奪い取るより助けるために手を貸すことが多いのだ。(26p)

 

 地方政府は企業の成長を阻害する収奪的存在ではなく、むしろ企業の成長を助ける存在だというのです。直接書いているわけではないですが、これはアセモグルらへの反論とも言えるでしょう。

 もちろん、役人の出世のインセンティブが変われば、このように地方政府が企業を手助けする体制も崩れてしまうかもしれませんが、現在のところは地方政府には企業を手助けするインセンティブがあるわけです。

 

 第2章では中国の経済成長の要因をいくつかあげていますが、著者は儒教的な文化を経済成長に資するものとして評価しています。

 儒教の教えがイノベーションを阻害していると考えられていたこともありましたが、「最近では、社会秩序や倹約、勤労、共同体主義、能力に基づく官僚制を提唱する儒教の教えこそが、日本や韓国、台湾、中国本土などの東アジア経済の驚くべき成功に、重要な役割を果たしたと考えられている」(51p)のです。

 

 また、1978年〜2008年の中国の経済成長は資本の投入だけではなく、生産性の上昇も大きかったことを指摘しています。この期間の中国の経済成長の半分は生産性の伸びで説明できるといいます

 これは必ずしも中国で画期的なイノベーションが起こったからというわけではなく、生産性の低い農業分野から生産性の高い工業分野へと労働者が大移動したためです。また、生産性の低い国有企業から生産性の高い民間企業に労働者が移動したこともこれを後押ししました。

 中国の経済成長は減速していますが、中国の生産性のレベルはアメリカに比べてかなり低く、「中国で学位を持つ労働力の割合は、南アフリカやブラジルよりも少なく、富裕国全体で見るとかなり下」(74p)です。このため、著者は中国の経済成長の余地がまだ大きいと見ています。

 

 第3章では一人っ子政策が検討されています。

 多くの人の一人っ子政策への評価は、中国の人口増加を抑え、他国以上の人口ボーナス(老人や子どもといった従属人口が少なく、生産年齢人口の多い状態)をもたらしたが、人為的で急速な少子化は今後他国以上の人口オーナス(人口ボーナスとは逆の現象)をもたらすもので、長期的にプラスの評価をすることは難しいのではないかというものではないかと思います。

 

 これに対して本書では一人っ子政策がもたらした変化をもう少し詳しく分析しています。

 まず、一人っ子政策は中国の家庭の貯蓄を増やしたといいます。この大きな要因が将来への備えです。子どもの数が少ないということは老後に子どもに頼りにくいということでもあります。中国では社会保障制度も貧弱で、子どもがいなければ自らの貯蓄に頼るしかないわけです。

 たまたま双子が生まれた家庭の貯蓄率は明らかに低く、「この国が一人っ子政策ではなく二人っ子政策を実施していたならば、貯蓄率は30%ではなく20%程度になっていただろうし、その違いは大きい」(89p)と著者は述べています。

 

 一人っ子政策は子どもへの教育投資を増やしました(これも双子との比較で確認できる(90p図3−1参照)。結果、子どもはより高いレベルの学校に進むようになり(双子は、専門的な訓練を行う職業高校に通う確率が30%高いという)、受験競争は過熱しました。

 これには「教育費の高騰」→「一人っ子政策が撤廃された後も続く少子化」という負の影響もあります。

 

 また、本書が強調するのが一人っ子政策ジェンダー格差を縮小させたことです。

 もちろん、生まれたはずの女児が失われたという深刻な問題もありますが、一人っ子政策によって娘は息子よりもより長い年数にわたって教育を受けることになり、かつては男性が女性の2倍だった大卒率はほぼ同じになりました。大学院生でも47%が女性になっており、教育における男女の格差はなくなりました。それに従って経済分野でも女性の進出が続いています。

 

 一人っ子政策は、男性の結婚難、高齢化と人口減少などのさまざまな問題を引き起こしていますが、著者は高齢化は一人当たりの生産性の向上で克服可能だと見ており、政府が経済改革の流れを逆転させてしまうことに比べれば、「高齢化はそれに比べると大した問題ではない」(106p)という評価です。

 

 第4章では国有企業と民間企業について語られていますが、ここで注目したいのが先述の企業育成と地方政府の関係です。

 電気自動車メーカーのニーオ(蔚来汽車)は、2020年に経営危機に陥り破産寸前となりました。このときに手を差し伸べたのは、銀行でも投資ファンドでもなく、安徽省合肥市で25%の株式を取得する代わりに70億元を提供し、競合相手に競り勝ちました。ニーオは本社を合肥市に移し、合肥市は銀行からの融資を受けやすくさせただけでなく、サプライチェーンの構築も手助けしました。

 この結果、生産台数も伸び、2020年4月に30億ドル前後だったニーオの総株価評価額は8ヶ月後に約1000億ドルに急騰しました。こうした合肥市は地域の産業を振興させるだけでなく、莫大な利益も得ました。こうした地方政府の動きが中国の起業勃興を支えているのです。

 

 第5章では共産党による統治が論じられていますが、ここは基本的に楽観的というか現在の体制に甘い感じで、ざっと読めばいいかもしれません。

 

 一方、第6章の中国の金融市場の分析は面白いです。

 中国経済の謎として株式市場の不調があります。2000年から18年にかけて中国の経済規模は4倍になったが、2000年に中国株の多様なポートフィリオに一ドルを投資した人が18年を経たインフレ調整後に保有していたのはその1ドルだけだというのです。アメリカで投資していれば2ドルに、国際市場に上場している中国株に投資していれば3ドル50セントになったにも関わらずです(187p)。

 一方、北京と上海の住民はボストンやサンフランシスコの1/5の所得にもかかわらずボストンやサンフランシスコと変わらない費用を住宅に費やしています。

 

 この株式市場の低迷の裏には、資金のやり取りが銀行中心に行われているということもありますが、同時に政府の介入が金融市場の成熟を阻んできたという側面も大きいです。

 かつての中国の株式市場や債券市場は不振に陥った国有企業を助けるために開放され、政府は預金金利に上限を設けて、企業が低利で資金を借りられるようにしていました。中国の中で金融は政府の政策に従属する時代が長く続いたのです。

 

 基本的に株式市場の利回りとその国の経済成長には高い相関関係が見られますが、中国ではその相関関係がないと言います。「この点で中国はイランと同格」(195p)です。

 中国では上場企業の資産利回り、株式投資収益、純利益成長率は非上場企業に比べて劣っており、海外で上場している企業に対しても遅れをとっています。上場企業以外の利回りは中国の経済成長と相関しており、上場企業がむしろ問題を抱えた企業のような状況なのです。

 

 この理由の1つ目は、IPOの審査が厳しく長いことです。これは上場企業の質を保証しているようにも思えますが、中国ではここで重視されるのは過去3年ほど毎年収益を上げていることが重視されるために、ベンチャー企業は上場しにくくなります。中国のネット通販第2位のJDドットコムが国内で上場していないのも2014年のIPO申請の2年間にわずかばかりの損失を出しているからだといいます。

 一方、一度上場されると上場廃止になる企業は少ないのです。ダメな企業も株式市場に残り続けることになります。

 

 また、上場前の収益が重視されるために上場を目指す企業は体裁を取り繕って短期の収益を追求します。ところが公開後に弱みが明らかになると株価は下落するわけです。

 公開後は収益性の低い事業に投資したり、関係のない事業に手を伸ばすことも多く、上場後に企業業績が低迷することが多いです。

 

 こうしたこともあって中国の株式市場は乱高下を繰り返しています。政府もこれを安定させようとサーキットブレーカーの制度を導入したりしましたが、たびたびの発動が帰って市場の安定を損ねているような状況です。

 こうしたことを踏まえて著者は次のように述べています。

 

 金融市場の域を超えた大きな経済に関しては、中国政府は漸進的な手法を用いてこれを管理し、最初は限られた規模で徐々に策を講じ、その間の経済の動きを注意深く観察する。この戦略はおおむね成功してきたし、中国が大転換を遂げるなかで数々の危機を回避できたことは、政府の功績にほかならない。だが金融市場では、市場への期待が瞬時にして市場価格に反映されるため、こうした漸進主義がつねに有効とは限らない。(202p)

 

 このように株式市場は国民が自らの資産を増やすための場とはなっていないわけですが、代わりに人々が投資しているのが不動産です。

 中国では銀行の金利は低く、銀行預金は目減りしていきます。株式市場も信頼できません。そうなると人々は無理して借金してでも不動産を所有しようとします。不動産だけは経済成長に見合う形で、いやそれ以上に値上がりしているからです。

 

 中国経済では、たびたびゴーストタウンが問題になってきましたが、今まではなんだかんだで完成後は人が埋まっていきました。

 そうしたこともあって、著者は不動産への過度な依存や「影の銀行」、不動産収入に依存する地方政府に危惧を抱いていますが、それでも不動産の問題が決定的な影響を与えるとは本書の執筆時点では考えていないようです。例えば、次のようなものです。

 

 日本をはじめとする他の国々では、住宅市場が崩壊すると、国民は資産を国内で売却して海外に移したため、資産価格の調整ははるかに大きなものとなった。一方、中国では、国の厳しい管理が急な資本逃避を防いでいるかぎり、国民の貯蓄が国に金融的な安定をもたらす。国民や長期的な経済効率にとって、これは最適とは限らないが、少なくとも金融危機の拡大を防ぐことはできる。(232−233p)

 

 本書が出版されたのは2023年の7月、それ以降も中国の不動産不況とそれに伴う経済の減速は続いている状況ですが、著者の見方が正しいかどうかは今後の中国経済の行方次第というところです。

 

 第7章では中国におけるイノベーションがとり上げられています。

 中国でつくっている製品は模倣やコピーばかりであるとの声もあります。著者も中国では「0から1」への先駆的イノベーションはまだ不十分だと考えていますが、一方で激しい競争の中から「1からN」へのイノベーションはさかんに行われているといいます。

 特にビジネスモデルについては激しい競争の中でオリジナルなものが生み出されています。

 

 中国の強みはその巨大な国内市場によって規模の経済がはたらくことです。製造業の集積などもこの規模の経済が可能にしましたが、これからのIT産業においてもビックデータの入手が容易という点で中国には大きなアドバンテージがあります。

 データはきわめて政治的な商品になりつつあり、国による管理が強まることも予想されます。こうした中で中国企業は世界最大級のデータを利用できるわけです。

 また、中国の企業は小回りが効くことが多く、新興国市場などでは現地のニーズに合わせてサービスを進化させることでアメリカ発の巨大IT企業を上回るようなケースも出てきています。実際、メキシコで滴滴がウーバーを抜いてライドシェア市場のトップに立つなど、中国企業が「本家」を上回るケースが、政府によって保護された中国市場以外でも起きています。

 

 その上で、著者は中国の何事も短い期間での利益を求める風潮が「0から1」のイノベーションを生みにくくしていると指摘するとともに、この分野における政府の重要性も指摘しています。

 

 第8章ではグローバル化や米中対立の問題がとり上げられています。

 ここでは貿易や分業の利点、そして製造業の拠点として中国を代替するのは簡単なことではないということが指摘されています。

 基本的に「もっとも」な内容ですが、ここ最近は、この「もっとも」さを押し流してしまうような風潮を感じますね。

 

 第9章では国際金融市場での主役を目指す中国について述べられています。

 世界経済に占める中国の存在は巨大になりましたが、中国の金融市場は閉鎖的であり、外国人が持つ中国の株式や債権は低いレベルにとどまっています。

 この背景には金融市場の開放がアジア経済危機などの混乱をもたらすという政府の考えがあるのでしょうが、著者はそうした政府の規制がかえって中国の金融市場の不安定さをもたらしている面もあると考えています。

 

 中国の人民元が国際通貨になっていくのは歴史的に見ても当然だと著者も考えていますが、やはりネックとなるのは国内の金融市場の機能の低さであり、例えば、中国の株式市場の時価総額は2019年でGDP比の約60%に過ぎません。これに対してアメリカが158%、マレーシアで108%、タイで100%、ブラジルで64.5%となっています(334p)。

 投資家にとって中国の金融市場において魅力的な商品があまり存在しないのです。

 

 最後の第10章では中国経済の展望が語られています。

 ここで著者は中国の特徴にパターナリズムを見ながら、それをある程度肯定的に評価しています。ただし、近年の政府によるIT企業への介入などについては経済にマイナスになりかねないとしています。

 

 このように本書は改革開放以来の中国経済について、その全体像を教えてくれます。

 今後の政府の動きなど多少楽観的な見方もありますが、興味深い知見、論点がいくつも出ています。

 特に本書を読むと、中国の金融市場の機能不全が中国経済を読み解く1つの鍵であり、同時にここを改革できるか(ある程度の混乱を受け入れる勇気を持って自由化を進められるかどうか)が今後の中国経済を占う上でもポイントになることが見えてきます。

 

 なお、監訳者の梶谷懐の共著、梶谷懐・高口康太『ピークアウトする中国』(文春新書)も中国経済の見方や問題意識として重なる部分があり、現在の中国経済の状況について手早く知りたいなら『ピークアウトする中国』を、もう少し長いスパンで考えたいなら本書を読むといいでしょう。

 

 

 

 梶谷懐・高口康太『ピークアウトする中国』(文春新書)のレビューはこちら。

 

blog.livedoor.jp

 

 

 




以上の内容はhttps://morningrain.hatenablog.com/entry/2025/02/11/215653より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14