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訪問診療と「ケアのロジック」

1.はじめに

今年9月の上旬に、縁あって宮城県で実習をする運びとなっていた。縁といっても学科の実習で希望したというだけではあるが*1、結果的に、かなり深い知見を得られたように思うので、いくつかここに書き記しておきたい。

2.考察

実習内容としては、実際の訪問診療に同行し、訪問診療のありかた・地域創生への展望などを議論するという形であった。

実習中に、「在宅診療と病院診療ではフィロソフィが異なる」「在宅診療は単なる医療のデリバリーサービスではない」という言葉が出てきたことが印象に残っている。この2つの言葉についての厳密な説明はまだできていないとは言われたものの、自分なりにいろいろと考えてみて、ひとまずの結論のようなものには至ったように思う。

話を始めるにあたって、まずは、在宅診療と病院診療の差異について考えていきたい。実践の点でいえば、病院診療と在宅診療では、利用可能なリソースに大きな差異がある。病院ではCT・MRIをはじめとする大規模な医療機器、手術室という環境、豊富な人的リソースを利用できる。一方、訪問診療では、利用できる医療機器としてはポータブルエコー程度のものまでであり、どうしても可能な処置は病院に比して限られる。

「病院」「在宅」という環境の差異は、機器を利用する医療者の側だけでなく、患者の側にとっても大きな差異になると思われる。「病院」という場、診察室や病室という空間は、生活から切り離された場として働いている。こうした場では、疾患を治す場所として、患者にとってはいわばホームグラウンドではない、アウェーの場所という位置付けができる。入院している病室に家族の写真を持ち込むというのはよくある話だが、逆に言えば、手を加えない状態の病室がそうした「生活」と隔絶されていることの証左である。一方、「在宅」という場は、患者にとって文字通りホームグラウンドであり、単なる治療の場ではなく、生活と連続した空間としてはたらく。訪問診療に同行していると、通された部屋の様子が目に入ってくる。明るいか暗いかとか、整頓されているかどうかとかに限らず、たとえばある家では仕事に関する書籍がずらりと並んでおり、ある家では”推し”のグッズをそばに置いており、またある家では自身で選んだインテリアを揃えているといったように、当人の生活・くらしをそのまま写しているようにも感じられた*2

この差異は、社会保障制度における「治す医療」から「治し支える医療」への転換、ないし、医療理念における「治療モデル」から「生活モデル」への転換に対応しているように思われる。「治す治療/治療モデル」とは、まさに病院において(臓器別に)疾患を治すことを目指すものである。それ自体は当然必要なものであるが、高齢期・人生の最終段階というステージにおいては、QOL維持という観点からも、病人ではなく「生活者」としての患者という捉え方が重要になる(「治し支える医療/生活モデル」)。

以上のことは、「在宅診療と病院診療ではフィロソフィが異なる」という言葉を、ある程度は説明しているように思うが、より明確な説明のために「ケアのロジック」という考え方を参考にしたい。ケアのロジックは、オランダの人類学者であるアネマリー・モルが、オランダの糖尿病患者の診察の場における観察研究を通して指摘した概念で、近代個人主義に通じる「選択のロジック」と対比される。その特徴は多岐に渡るが、ここでは、「当人が何を欲しているかを、放置<ネグレクト>することなく常に調整し続ける」という要素を取り上げたい。私が参加した訪問診療では、医療者(医師だけでなく、看護師・薬剤師・ケアマネージャーなど、関わるすべての人々を含む)と患者、その周囲の人々(家族)が診療に参加することが重要となっていた。在宅診療の「フィロソフィ」というのは、診療の当事者が必要なものを調整し続けるという考え方に近いところにあるように思われる。必要なものというのは、患者当人の希望するものという意味でもあり、そのための周囲の環境も含まれる。

「ケアのロジック」は、「在宅診療は単なる医療のデリバリーサービスではない」という言葉の意味を考える上でも役にたつ。先述したように、「ケアのロジック」では周囲の環境の調整を絶え間なく繰り返すことが要求される。これは、生活の場と隔絶された病院診療では(不可能ではないにせよ)難しいことであるし、医療のデリバリーサービスとして訪問診療をとらえた場合、患者・その家族を巻き込んだ環境の調整とは質が異なるものになってしまう。逆に、在宅診療が目指すべきところは、環境の調整を根気良く続けることであり、そのために関わる全員が主体的に診療に参加する意識を持つことではないかと思う。ここでいう、「関わる全員」とは、狭義には医療者・患者であるが、広義には病院・自治体といったレベルにまで拡張できるものであろう。病院の協力・理解なくしてこうした形の在宅診療は成り立たないだろうし、地域における医療そのものが自治体の施策に影響されることだ。訪問診療を通した地域振興は、こうした形での実践を通じて実現可能なものではないかと思う。

3.参考文献

東京大学高齢社会総合研究機構[編]. 地域包括ケアのすすめ-在宅医療推進のための他職種連携の試み-. 東京大学出版会, 2014.

・アネマリー・モル[著], 田口陽子・浜田明範[訳]. ケアのロジック-選択は患者のためになるか. 水声社, 2020.

 

*1:本当は小笠原村の診療所に行きたいという気持ちもあったが、抽選で外れてしまった

*2:もちろん、部屋の様子から全てがわかるわけではないことには注意しなければならない




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