シャフトオタクがシャフト1000%でトークをする『もにラジ』。今年の締めくくりとして、『伝承もにも~ど』に掲載した「2024年シャフト総括会」を全編公開します。2024年というシャフトにとって一つの転換点とも言えるこの年を振り返りつつ、来るべき年への展望を存分に語っています。これまでの軌跡や未来への期待が織り込まれた内容となっていますので、ぜひ参考にしていただければ幸いです。
なお、本座談会は2024年11月上旬に収録したものです。〈物語〉シリーズ オフ&モンスターシーズンが地上波放送に伴って、尋常ではない量のリテイクを現在進行形で行っている並々ならぬ事態や、パッケージ版で新たに追加された『愚物語』のオープニング、11月末に公開された『忍者と殺し屋のふたりぐらし』のPVについては触れられていません。あらかじめご了承ください。
お便りとファンアートはあにもに(@animmony)のDMまで。どしどし募集中です!
◆参加者プロフィール
mochimiz(@mochimiz09982)
暁月あきら先生によるコミカライズ版『地雷グリコ』の射守矢真兎の可愛さを皆さんに伝えるべく、佐伯昭志監督に念を送る日々を過ごしています。
ab(@abacal.bsky.social)
シャフトアニメが一番面白いとよく言われるが、実際はその通りである。
あにもに(@animmony)
シャフトアニメを2024年も観るオタク。なんとなく、ノリで。
来年もクールでハードで、最っ高な年でありますように。
【今年の振り返り】
あにもに:2024年シャフト総括会を『もにも~ど』編集部で行いたいと思います。今年はとにかく盛りだくさんで何から語るべきか悩むくらい話題が尽きない年でしたね。誇張抜きでここ5年単位で振り返ってみても、最も濃い1年だったと言って良いかと思います。何と言っても〈物語〉シリーズが再始動したことがまず大きいでしょうか。
ab:映画『傷物語 -こよみヴァンプ-』の公開と〈物語〉シリーズ オフ&モンスターシーズンの放送がありました。この二つの作品を2024年に作れたという事実は、シャフトにとってそうとう大きかったと思います。
mochimiz:シャフトの直近15年は『化物語』(2009年)に端を発し、〈物語〉シリーズがその中核を成してきたと言って差し支えないかと思いますが、『傷物語 -こよみヴァンプ-』で尾石達也監督が鮮烈な帰還を果たしただけでなく、オフ&モンスターシーズンでは若手の演出家の筆頭と言える吉澤翠さんが初監督を務め果せました。そういう諸々をひっくるめてシャフトの長くて太い歴史の集積を感じた年でしたね。
あにもに:『傷物語 -こよみヴァンプ-』の実制作はほとんど2018年頃には終わっていたという話もインタビューで明かされていて、コロナ禍や諸事情で公開が遅れてしまっていたようですが、結果としてオフ&モンスターシーズンと同年に公開されたことによって西尾維新アニメプロジェクトの再始動が何重にも増幅されて盛り上がった印象です。
mochimiz:〈物語〉シリーズだけが今年の異常なシャフト濃度を実現させたわけではないことにも触れておきたくて、例えば驚くべきことに『さよなら絶望先生』(2007年)のトークライブおよび展示会が年始早々からありました。また新房昭之監督とシャフトが紡いだ歴史の近傍にある作品(以下、便宜的に「近傍シャフト」と呼称する)としては『アンデッドアンラック』(2023年)の2クール目や『小市民シリーズ』(2024年)などの存在も手伝ったかと思います。
ab:たしかに今年の近傍シャフトの存在感は強烈でした。対照的にシャフトは比較的人手が少なくなっている印象を受けました。
mochimiz:とりわけ『小市民シリーズ』には、武内宣之さんや川畑喬さんなどシャフトと縁の深い演出家が多く参加されていました。『小市民シリーズ』は今年のテレビアニメの中でも相当な注目を浴びたことが記憶に新しく、おそらく今後ラパントラックの代表作になるかと思うのですが、そういう作品にシャフトのエッセンスが含まれていることを嬉しく思います。
ab:またアニメーターでは長田寛人さんが『Fate/Grand Order』のショートフィルムの監督を務めたり、志村亮さんが〈物語〉シリーズで演出としてデビューしたり、徳留夢奈さんが特殊な役職に就いていたりと、今まで原画や動画などで活躍していた若い世代が躍進した年でもありました。
あにもに:今年の冬に劇場公開が予定されていた『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』が延期となってしまったことは残念でしたが、それでもシャフトが絶えず新しい作品を発表し続けていたことが印象的でしたね。
【傷物語 -こよみヴァンプ-】
あにもに:まずは映画『傷物語 -こよみヴァンプ-』について話しましょう。もともとは三部作として2016年と2017年に公開された映画があって、それらをひとつにまとめて再編集版と銘打ったいわゆる「総集編」でしたが、やはりと言うべきか圧巻の映画体験でした。
mochimiz:「総集編」を謳いながらも、徹底的な作画修正はもちろん新たなモーションが加えられていたり、アフレコを新録したり、また全編に渡って撮影やグレーディングをやり直していたりと様々な変更が加えられていて、個人的には尾石監督によるまったく新しいフィルムと評して差し支えないと思います。
あにもに:編集の仕方もとてつもなくラディカルでしたよね。尾石監督のインタビューを参照すると、「真っ先に切っていったのは、暦と羽川の漫才」といったぐあいに編集方針を述べているわけですが、とてもそんな言葉では片付けられない事態が展開されています。
mochimiz:予想に反してずいぶんと軟着陸したな、と最初は思ったんですよ。例えば冒頭の阿良々木が学習塾跡を歩き回って屋上で太陽を直視するシーンとか、羽川のスカートが「一陣の風」によってめくれ上がるシーンみたく、ある種の冗長さを伴って成立していた映像がぜんぜん省略されずに丸ごと残っていたものですから。しかしその矢先に「人間強度」にまつわるシーンがばっさりと切られて、映画館で声を出さずに驚愕するわけです。
あにもに:「人間強度」のシーンを削るという選択は常識的には考えられないですよね。〈物語〉シリーズの中核を成すものですし、単純にストーリーの繋がりとしても、その後の会話で羽川が「ざーんねん。友達、できちゃったね」と阿良々木に言う場面に微妙な齟齬さえもたらしています。もちろんこのことに尾石監督は自覚的だと思うのですが、この最初の決断からしてすでに異常な事態が進行していると言えるでしょう。
mochimiz:この辺りはだから、完全に尾石監督のセンスの領域でしょうね。〈Ⅱ熱血篇〉冒頭で阿良々木が羽川のメールアドレスを消す一連のやり取りが削られたことにも大層驚かされたんです。あれが無かったら、体育倉庫の中から携帯で羽川を呼び出すシーンがうまく繋がらなくなるのでは、と。ただ観終わってみれば、やはり『傷物語』の羽川は明らかに尋常でない精神状態にありますから、阿良々木に何をされたって体育倉庫に赴くという行動自体は変わらないということなのだろうな、と逆説的に納得させられました。
ab:尾石監督が今回は「シリアスなヴァンパイアストーリー」として構成したとインタビューで述べていたのが印象的でした。『傷物語』は西尾維新作品ではありつつも、旧三部作のときよりも尾石監督の作家性が浮き彫りになったフィルムだったと思います。もちろん西尾維新作品特有の言葉遊びや会話劇は健在ですが、例えば忍野が「冗談じゃなくて商談だよ」と述べるシーンにあった画面上のテロップ演出が削除されたことが象徴的であるように、シリアス色の強いものとして統一感がぐっと上昇しました。尾石監督による二重の再解釈を通して、今回このフィルムが完全に尾石監督のものになった感触があります。
mochimiz:旧三部作にあった脚本協力のクレジットが消えており、脚本のクレジットが尾石監督単独となったという事実からも、非常に高い尾石濃度が窺えることと思います。それから「ヴァンパイアストーリー」というテーマは、キスショットだけでなく、当然キスショットによって吸血鬼化した阿良々木をも包含することはまったく見逃せません。このフィルムは、阿良々木暦という人間が一体どんな存在であるのかをわれわれに再び問いかけていると言えましょう。
あにもに:「ヴァンパイアストーリー」の寓意は、例えば映画のサブタイトルを見てみてもよく分かると思います。旧三部作の「鉄血篇」「熱血篇」「冷血篇」というサブタイトルがキスショットの二つ名から採用されていたのに対して、今回の映画では原作小説のサブタイトルである「こよみヴァンプ」に原点回帰しています。阿良々木の人間性を徹底的に問い直す映画であることは、公開前から示唆されていたわけです。
mochimiz:公開前と言えば、『傷物語』ファンの間で「どのシーンが削られるのか」の予想大会が幾度となく発生していたこともまだ記憶に新しいです。映画サイトに張り付いて、まず上映時間は何分なのかというのを毎日チェックしたりして色々とシミュレーションしていたつもりだったのですが、そんな表層をなぞるばかりでなく、もっと根本的な問いに立ち返っていれば良い予想ができたかもしれないのに、と後悔しています(笑)。
あにもに:それにしても、まさか「人間強度」のシーンが消えるとは誰一人として夢想だにしなかったことだろうと思います。
ab:個人的には、体育倉庫の阿良々木と羽川をめぐるシーンの多くが切り落とされたことに相当な覚悟を感じました。尾石監督は何よりエロ・グロ・ナンセンスを得意とする映像作家であって、それが最も分かりやすく映像に表れていたのはここだと思います。
あにもに:あの体育倉庫のシーンを入れてしまうと、やはり映画の芯がブレるのだと思います。阿良々木の不能性を羽川を通して描くのではなく、あくまでも対キスショットという関係性のみにおいて描ききることがひとつの目標だったのではないでしょうか。
mochimiz:体育倉庫の場面は紺野大樹さんによる魂の作画の場面なので生かして欲しいという思いがありつつも、なにせ20分近くあった冗長さの極みのようなシーンですので、さすがにここは削られるだろうという見方が一般的ではありました。念のため付け加えておくと、もちろん先ほどから述べているこの「冗長さ」こそが『傷物語』の最大の魅力のひとつであることに疑いの余地はありません。
ab:エロ・グロ・ナンセンスの尾石監督からすればそれでも体育倉庫は残すのではないかと自分は思っていたわけですが、予想が外れました。それと今回はモノローグが完全に消えましたね。
mochimiz:モノローグは〈物語〉シリーズのトレードマークとしての機能がずいぶん長い間遵守されてきましたので、この判断にも驚かされました。ギロチンカッター戦後のモノローグはいわゆる「タイトル回収」でもありますので、ここで気付かれた方は多いかと思います。
ab:旧三部作でも原作小説にあったモノローグを抑制することがひとつの方針に掲げられていたのだと思いますが、それでも〈Ⅲ冷血篇〉ではそれなりに残っていた印象です。ここから削るのはさすがに難しいだろうと予想していましたが、まさか全カットするとは……。
あにもに:abさんの仰る通り、モノローグの省略は旧三部作の時点ですでに追求されていたので、今回の全カットという判断は、ある意味で尾石監督が初めから構想していた映画の形だったのかもしれないなと思いました。
ab:もうひとつ触れておかないといけないのは、キービジュアルでしょうね。実は今回ファンが目にすることができたキービジュアルは2種類ありました。現在一般的に公開されている巨大なエスカレーターがフィーチャーされたものと、もうひとつはキスショットが大きく描かれたものです。ただし後者は残念ながら現在ロストしています。
mochimiz:先に述べたように、われわれは公開前から映画サイトに出現する情報を毎日のように監視していたわけですが、そうしたらある日「ぴあ」のサイトに突然謎のキービジュアルが一瞬だけ出たんですよね。
あにもに:あれはフライングだったんでしょうね。諸事情あったのか、そのまま二度と戻ってくることはありませんでしたが……。
mochimiz:裸のキスショットが日章旗に身体を預けていて、ある種旧三部作で羽川が「相手のために死ねないのなら、私はその人のことを友達とは呼ばない」と呟くシーンとも重なり合う構図でした。ここに描かれる日章旗のモチーフやキスショットのポーズからは明らかに政治的な文脈を帯びていることも見て取れますが、率直な印象として、非常に美しい絵でした。
あにもに:この幻のキービジュアルは自分も大好きです。日の丸を破り抜く政治性も、破瓜をイメージさせるような象徴性も、何だか尾石達也のクールを純粋に極めた感じです。おそらくこれは守岡英行さんが原画を担当されていた渾身の一撃だったはずです。
mochimiz:エスカレーターの方も、これはこれで今回の映画を象徴する素晴らしいキービジュアルだと思います。エスカレーターは〈I 鉄血篇〉の序盤、キスショットが倒れているプラットフォームに向かう最中の一場面を切り取った形ですが、あの夥しい数のエスカレーターには下りしかないんですよね。これに乗ったが最後、もう後戻りはできない。阿良々木がバッドエンドに否応なく転がり落ちていくことを強烈に予感させます。
ab:自分はキスショットと日章旗のインパクトからなかなか抜け出せませんでしたが、振り返ってみればエスカレーターの方も正解だったかもしれません。一見対照的ですがどちらも『傷物語』らしさを湛えています。
あにもに:自分もエスカレーターのビジュアルに変えたのは英断だったと思います。今回の作品によりふさわしいのはあの巨大エスカレーターでしょう。あたかもキャラクターものとしての側面を置き去りにするかのごとく、主人公たる阿良々木の顔すらほとんど視認できないように描かれているのがまた美しいです。
ab:それと舞台挨拶についても話したいです。尾石監督はこれまで表舞台にまったく出てこない人でしたが、今年は露出頻度が急に跳ね上がりました。自分は尾石監督を『月詠 -MOON PHASE-』(2004年)の頃から追っていますが、初めて実物を見ましたね。それぐらいずっと幻の存在でした。
mochimiz:念のため読者の方々に向けて軽く補足しておくと、尾石監督に限らず、シャフトのスタッフが公の場に姿を表す機会は今やほとんどありません。近年はアニメーターの個人アカウントで中間素材や応援イラストをアップロードして作品のリアルタイム性を盛り上げるのが流行りですが、シャフトの社内では基本的にそういった行為も禁止されているようです。
あにもに:自分も2007年頃からずっとシャフトファンなのですが、初めて尾石監督の姿を実際に拝見しました。旧三部作のときでも舞台挨拶やイベントは一切無かったのに、今回は国内外合わせて4回もありましたね。
mochimiz:豊洲、新宿、モントリオール、新千歳の4か所ですね。モントリオールはさすがに行けていませんが、国内の舞台挨拶は全部行きました。ここで注意されたいのが、2月に行われた記念すべき1回目の舞台挨拶は尾石監督がインフルエンザに罹患して欠席されたんですよね。前日夜の発表でした。
あにもに:歴史的な日となることを誰もが予感していただけに、やはり尾石達也なる存在は集団幻覚だったのか、といったような無念を感じさせるジョークもツイッター上で飛び交いました。
mochimiz:自分としてもSNSなどでは平静を装っていたつもりでしたが、内心は取り乱していました(笑)。当日の上映前はまず豊洲の隣駅である月島で降りて、『3月のライオン』(2016年)に繰り返し登場する霊岸島水位観測所の辺りを散歩したり、あるいはベンチに座ってぼうっと川を眺めたりしながら色々なことを考えていました。
ab:まるで桐山零と同じ心境ですね。
あにもに:当日は神谷浩史さんと共に急遽アニプレックスの石川達也プロデューサーが登壇する形になりました。尾石監督の欠席は残念でしたが、とはいえこの両名の組み合わせも新鮮でした。また、尾石監督からのメールコメントがあって、神谷さんと尾石監督が初めて交わった地点として『月詠』への感動的な言及もあり、めげずに行って良かったなと心の底から思えました。
mochimiz:神谷さんも尾石監督もご自身の仕事に誇りを持っていらして、様々なことを細部まで鮮明に記憶していますよね。個人的には神谷さんが「最初に闘ったのが江原さんで……」といった表現をされていたのが強烈に印象に残っていて、あれは〈Ⅱ熱血篇〉のオープニングのテロップへの見事なアンサーと言うほかありません。サプライズで、尾石監督と守岡さんによる描き下ろしのイラストカードが配られたのも嬉しかったです。

あにもに:そして2度目の舞台挨拶は3月に新宿で行われました。いわば豊洲のリベンジ戦でしたが、こちらは尾石監督が無事登壇されました。
mochimiz:とても思い出深くて未だに映画の半券を取ってあります。自分はD列の中央あたり、ちょうど尾石監督を真正面に見据えることのできる席だったんですよね。
あにもに:このときの舞台挨拶の模様は自分が『もにも~ど2』でレポを書いているので、興味のある方はぜひ読んでみてください。

ab:唐突に『ネギま!?』(2006年)の裏話をされていたのが感慨深いです。
mochimiz:宮崎のどかの話ですよね。のどかが「イヤ〜」と叫ぶカットに耳元のアップと「ear」という文字テロップを当てるダジャレのアイデアを思いついて、それを嬉々として現場スタッフに知らせに行ったら失笑されたという(笑)。
ab:そういう裏話を尾石監督ご本人の口から聞けたのは純粋にファンとして嬉しかったです。だって『ネギま!?』ってもう20年近く前の作品ですよ。それなのに尾石監督と観客席にいた沢山のファンたちがまったく淀みなく面白さを共有できていて、そういう営みは本当に大切です。
mochimiz:「RGBのBを下げると自分の好みの画面に近づいていく」という話をされていたのも非常に印象的で、『ぱにぽにだっしゅ!』(2005年)や『ひだまりスケッチ』(2007年)、それから『化物語』における尾石監督の貢献度が高いカットたちが即座に思い起こされました。
あにもに:今回の『傷物語 -こよみヴァンプ-』は、阿良々木と戦場ヶ原が出会わない世界を想像することが出来るような作品として作ったんだ、と仰っていたことが個人的に心に残っています。
ab:たしかに今回の映画を観ると阿良々木とキスショットの二人が永遠に寄り添って生きていく印象を受けますよね。『化物語』の頃にあれほどインタビューで戦場ヶ原への思い入れを熱く語っていた尾石監督がここまで言ってのけることに覚悟を感じました。
あにもに:モントリオールの話にも触れましょうか。われわれは行けていませんが、モントリオールのファンタジア国際映画祭に『傷物語 -こよみヴァンプ-』が出品されており、7月に尾石監督の舞台挨拶付き上映とサイン会がありました。
mochimiz:尾石監督は「英語を喋れない」と新千歳で明言されていましたが、モントリオールでの舞台挨拶では事前に入念に内容を練ったであろうことがよく窺えるシネフィルトークを展開していたようです。
ab:尾石監督はやはり洋画に強い影響を受けている演出家ですから、それは言い換えれば、言語が分からなくても映像の力を信じているということなのだと思います。創作物を通じた、特定の言語に依存しない相互理解を身をもって体験してきたからこそでしょう。
あにもに:事実、尾石さん自身は例えばチャップリン、ゴダール、フェリーニの名前を叫んでいて、それで観客には十分通じていたわけですよね。
ab:そういうコミュニケーションが成立するというのは幸福な場だと思います。
あにもに:そして11月には新千歳空港国際アニメーション映画祭での舞台挨拶付き上映がありました。こちらもわれわれで行ってきましたね。
mochimiz:去年の総括会では弾丸で京まふに行った話をしましたが、今回は北海道です。飛行機です。宿泊です。今になって振り返れば日々の仕事や編集作業に追われながらも随分思い切ったなあと思いますが、旅のあいだはほとんど夢中でした。

あにもに:舞台挨拶の方はごく手短な挨拶かと思っていたら、およそ20分くらい尾石監督が上映前に作品のことや最近観られた映画のお話までされていましたね。『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』(2024年)は誰が何と言おうと名作である、と力説されていました。
mochimiz:舞台挨拶の場で尾石監督から飛び出た、「一本で完結する作品だと思って観てほしい」という旨の発言には驚かされました。
あにもに:「もし西尾さんがその生涯で『傷物語』の一作のみを書いた作家だったらこのようなフィルムになるだろう」と仰っていて、桁違いの意志の強さを感じました。
mochimiz:〈物語〉シリーズという全100話を超える長大なアニメの構成要素である一方、『傷物語』はひとつの独立したフィルムでもあるという高らかな宣言ですね。
あにもに:尾石監督は映画祭の短編部門の国際審査員でもありました。そのような依頼を引き受けた経緯も気になるところではありますが、実際に授賞式でのご活躍はきわめて目立ちました。グランプリの授賞コメントを述べられたのも尾石監督です。
mochimiz:運よく席を通してもらえたのでわれわれも授賞式を観覧していましたが、熱のこもった素晴らしいコメントばかりで、それ単体でこちらも心を打たれてしまうほどでした。これをそのまま観客に持ち帰らせるのではなく、最後にアワード受賞作品を一挙上映するという映画祭の構成も非常に良かったですね。
ab:現地では普段観られないような様々なアニメーションを鑑賞することが出来ましたが、尾石監督が審査員特別賞を送っていたマックス・ハトラーさんの『O/S』は残念ながら拝見出来なかったので、いつか観てみたいです。
mochimiz:尾石監督も悩んだけれど原点に立ち返って自分の好みでクールなものをセレクトしたと仰っていました。このコメントはマックス・ハトラーさんの個人サイトにも英訳したものが掲載されています。
あにもに:もちろんわれわれが新千歳行きを決めたのは尾石監督目当てではありましたが、現地の空気感含めて素朴に楽しかったですね。
mochimiz:映画祭の雰囲気そのものが良かったですよね。監督同士の交流だけでなく監督とファンの交流もあちこちで見られて新鮮でした。
あにもに:また、「メイキングオブ:傷物語 -こよみヴァンプ-」と題されて、音響監督の鶴岡陽太さんと作曲家の神前暁さんをゲストに招いたトークイベントも開催されました。『傷物語』関連でこういった制作サイドのイベントはレアだったと思います。
ab:鶴岡さんと神前さんの二人が揃うイベント自体がなかなか無いはずなので、そこへ対する驚きもありました。自分が鶴岡さんを生で見たのは今回で2回目なんです。
mochimiz:考えてみれば鶴岡さんにトークのイメージは全然無いです。1回目はいつなんですか?
ab:中村隆太郎監督を偲ぶ「プレイバック中村隆太郎」のイベントですね。あにもにさんと一緒に行ったのですが、観客席後方に鶴岡さんが座っていて途中でステージに呼ばれて話をされていました。
あにもに:今回のイベントは基本的にはアニメと音にまつわる話が中心だったかと思います。前半は尾石監督の話で、後半は鶴岡さんと神前さんを交えた3人のお話を聞く形式でした。
ab:やはり面白かったのは音の話ですよね。尾石監督が神前さんと鶴岡さんに音楽のイメージを伝えるために書き記した通称「尾石メモ」にもきっちり言及がありました。パンフレットのインタビューなどで度々話題に挙がる興味深い中間成果物です。
mochimiz:神前さんの口から、エピソード戦の劇伴である『悪い者いじめ』に新たなアレンジが加えられていることが語られたのもひとつ大きな収穫でした。『傷物語』の多彩な劇伴の中でもとりわけフレンチポップ色の強い本楽曲は音色から曲構成まで決まりきっているので、劇伴を引き直す際の据え置き候補の筆頭であってもおかしくないと考えていたのですが、それでも手を入れる辺りに神前さんらしい拘りが垣間見えます。
あにもに:そしてイベント終わりにはわれわれも尾石監督にお会いできました!たくさんお話してくださって、とても気さくな方でしたね。
mochimiz:長年ファンをやってきて、そして尾石達也デザインTシャツも新調してきて本当に良かったです。
ab:大変光栄なことに、今回の映画の公開に合わせて劇場で販売された「SHAFT creator's works 01 尾石達也「傷物語」絵コンテ集」にサインまで貰ってしまいました。
mochimiz:約900ページにわたって旧三部作全体の絵コンテとキャラデザ発注用の尾石監督によるキスショットのラフ設定が収録されている凄まじい書物で、冷静に考えれば旅行の荷物としておよそ採用され得ない大きさであり重さであるわけですが、サインをいただくならこれしか考えられませんでしたね。これまで『傷物語』の絵コンテは劇場パンフレットなどでごく一部が断片的に確認できるのがせいぜいだったはずですので、尾石監督のファンへのほとんど過剰とも言うべき圧倒的な供給となりました。また、装丁・本文デザインをLUCK'A Inc.というシャフト関連のデザインを多く手掛けてきた会社の枡野考平さんと共同で尾石監督が務めていることも注目に値すると思います。
あにもに:自分が『傷物語』の絵コンテ集を手に入れて、まず真っ先に確認したのは映画のラストシーンでした。これは個人的に長い間気になっていた部分で、旧三部作版、今回の映画、そして以前『映画「傷物語」COMPLETE GUIDE BOOK』で断片的に掲載された絵コンテで、それぞれに描かれているラストシーンが微妙に異なっているんですよ。まるで同じ物語の行き着く果てが、異なる作品、異なる感情の流れに応じてその姿を変えるかのようでとても興味深くて。それで今回発売された絵コンテを手に取ったら、案の定と言うべきか、またしても僅かに異なるシーンが描かれていました。『傷物語』は尾石監督が葛藤しながら何度も絵コンテを描き直していたらしいので、こういった各シーンに散りばめられている差異が、尾石監督の迷いや情熱の直接的な痕跡となっていて、読み解いていて刺激的です。
mochimiz:今回販売された絵コンテ集にはさすがにフィックスされた後の最終版が収録されているものとばかり予想していましたが、仔細に紐解いていくと明確な没アイデアも見て取れるのが大変面白いです。例えば〈Ⅱ熱血篇〉のドラマツルギー戦後の羽川との会話シーンで挿入される小便小僧と黒コマは、コンテ段階ではサントリーの清涼飲料水・ダカラのペットボトルの実写素材とサントリーのロゴマークが映るCMの1カットがそのまま引用されています。ここにはかねてより広告的な映像表現を志向し続けてきた尾石監督にとってのひとつの理想が滲み出ており、初めて読んだときは呆然としてページを繰る手が止まってしまいました。もしこのアイデアが実現していたら一体どんな映像体験になっていたのだろう、と……。
ab:今回、「SHAFT creator's works」と題して華々しく刊行されたので、02以降の展開にも大いに期待したいところですね。演出家に留まらず、伊藤良明さんや阿部厳一朗さんといったシャフトの作品群に多大な貢献を果たしてきたアニメーターたちにフォーカスを当てた特集もぜひ見てみたいです。シャフト企画室の皆様ぜひよろしくお願いします。
mochimiz:諸々勘案しても全然現実味を帯びてこないプロジェクトではありますが、やや強引に順当なルートを考えてみれば長田さんの原画集などが、注目の若手として企画しやすい気はします。商品として成立していることが大前提ですから、シャフトの演出家たちによる複雑怪奇な修正システムが存在する以上、少なくとも今後絵コンテ限定で「SHAFT creator's works」シリーズを続けていくことは難しいでしょう。とはいえ期待はしてしまいますね。名倉靖博さんによる美術設定の仕事をまとめたものなど、様々なセクションがアーカイブ化されると嬉しいです。
あにもに:まだまだ語りたいことはたくさんありますが、他に何か触れておきたいことはありますか?
mochimiz:では最後にパッケージ版の音声特典である西尾維新書き下ろしキャラクターコメンタリーに言及させてください。今回も〈物語〉シリーズ恒例の副音声が付いてきましたが、2時間超えの長丁場を乗り切る新たな工夫があって非常に楽しいものとなっています。パッケージを持っている方はぜひ聴いてみて欲しいです。持っていない方は今すぐ買ってください!
【〈物語〉シリーズ オフ&モンスターシーズン】
あにもに:続いて〈物語〉シリーズ オフ&モンスターシーズンについて話しましょう。今年の初頭に制作が発表されて、7月から全14話で『愚物語』、『撫物語』、『業物語』、『忍物語』がアニメ化されました。シャフトで長らく演出を務めてきた吉澤翠さんの初監督作品となりました。
ab:〈物語〉シリーズのアニメ化自体が『続・終物語』(2018年)以来6年ぶりになるわけですが、大変素晴らしい再スタートを切ることが出来たと思います。後半はやや制作の体力的に苦しかった印象が拭えませんでしたが、それでも近年のシャフトアニメとしては非常に多くの実験的な映像表現を浴びることができました。
mochimiz:たしかにスケジュールは終始危うげだったのですが、期待されていた通り吉澤監督の個性もかなり目立っていて、初監督作として意義深いものになったと思います。とりわけ個人的に『愚物語』「つきひアンドゥ」が大好きで、吉澤監督ご自身の好きな「シャフト演出」を全部やってしまおうという気概が十全に感じられました。

ab:「つきひアンドゥ」はABEMA限定配信という形態を逆手に取った30分以上ある変則的な尺でしたが、1話で物語が完結するのも視聴体験として良かったです。しかし『撫物語』にも色濃く残っているように、全体的に演出がハイカロリーな印象を受けます。
あにもに:吉澤監督にしか出来ないことを盛り込むとやはり本人が色々と手を入れることになりますね。そういう意味ではたしかに「つきひアンドゥ」が今回のオフ&モンスターシーズンの中で吉澤翠という演出家を代表する一本であることは間違いありません。
mochimiz:やはりまずは尾石さんや大沼心さん的なゼロ年代シャフト演出の再現が目立つのですが、他方で板村智幸さんのスタイルをも継承して進化させていたのが非常に印象的でした。後者の例としては画面下端にプログレスバーが追加された文字インサートカットが挙げられます。加えて、吉澤監督には長田さんによる激しい物量の作画を披露するためのシーンを明示的に用意するという癖のようなものが認められます。『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝 2nd SEASON -覚醒前夜-』(2021年)のオープニングや『RWBY 氷雪帝国』(2022年)第12話が分かりやすいでしょうか。これがだから、「つきひアンドゥ」においても例外ではありませんでした。こういった諸々が手伝ってか、どうしてもハイカロリーな映像にはなっていますよね。

ab:手数が多いんですよね。「つきひアンドゥ」はABEMAの配信が始まる1週間前に先行上映会のイベントがありました。そこでわれわれは最初に観たのですが、チャプターカードの再発明にも驚かされました。チャプターカードと言えば板村監督の『偽物語』(2012年)から続く伝統的な演出ですが、何度かアップデートされてきた歴史があります。今回はマンネリを打破するために、いっそのこと背景に実写やイラストを使ってしまうというアイデアが新鮮でした。
あにもに: 最近の〈物語〉シリーズには見られないようなプリミティブな色コマがたくさん差し込まれているのも印象的でした。全体の感触としては、これまでの様々なシャフト演出の継承と変化が一本に詰め込まれている感じがありました。近年においてここまでシャフト演出を自覚的にやる作品というのは『マギアレコード』以来かと思います。
ab:ちなみにパッケージ版が来月発売されますが、どうやら新規で主題歌とオープニングが付くそうですね。これもまた実にシャフトらしいですが(笑)。
あにもに:過去には『終物語』(2015年)などでもパッケージ版で新しくオープニングが付いたことがありました。今回はどなたが担当されるんでしょうね。
mochimiz:これまでの登板回数を鑑みればやはりURAさんや高津幸央さん辺りが本命になってきます。とりわけ「つきひアンドゥ」でフィーチャーされる月火と余接の二人はいずれも高津幸央オープニングを経験しているという事実は見逃せません。と言いつつ、シャフトのことなので思いもよらない角度から来る可能性も考えてしまいます。
ab:吉澤翠オープニングに期待します!
あにもに:続いて『撫物語』「なでこドロー」について語りましょう。再び撫子に焦点を当て、ひとりの少女の心の機微に優しく寄り添うストーリーでした。吉澤監督はこれまでも『3月のライオン』や『マギレコ』をはじめとして少女の物語を数多く手掛けてきたため、相性が良かったです。
mochimiz:シリアス過ぎるわけではなく、それでいて完全にコメディにというわけでもない、撫子の進退に関わる少し真面目な話として、すごく良い塩梅の演出が全体的に出来ていたと思いますね。
ab:個人的に面白かったのは演出の趣向を『愚物語』からガラッと変えている点です。『愚物語』はどちらかと言えばポップ寄りな演出だったと思うのですが、『撫物語』は打って変わって落ち着いたトーンになりました。映像的なモチーフとしては絵にまつわるものが多かった印象です。例えば漫画のコマ割り風の画面分割とか、撫子を描いたセル自身を映した画面とか、特殊なものだと実写のパラパラ漫画などがありました。

mochimiz:撫子の漫画好きという設定が吉澤監督のサブカル趣味的な部分と共鳴していて、だからこそ出来たオマージュ的な演出がたくさんあったのだと思います。それが全体を通して効果的に機能していました。
ab:先ほど触れたチャプターカードの話で言えば、『撫物語』では「なでこプール」という未アニメ化の短編をチャプターカード内で展開していました。映像のリズムを整えるためだけでなく、工夫次第でここまで出来てしまうんですね。
あにもに:今回のオフ&モンスターシーズン全体に言えることですが、細かいネタを全部拾うということをやっていたような気がしますね。ファンへの目配せのレベルがこれまでと比べて段違いで、まさにそのディテールに対するこだわりが、作品全体に一層の魅力を与えていると感じました。
mochimiz:個人的には最終話の「なでこドロー 其ノ伍」が大好きです。とりわけ撫子が最後に残ったおと撫子を受け入れていくクライマックスシーンがアニメーターの川田和樹さんを迎えて描かれたのは、板村さんによる〈物語〉シリーズからのある種の力強い脱却を思わせました。また、落書きのような素朴な線で描かれた傘が俯く撫子を雨から護る短いカットが、それでも撫子の未来を優しく包み込んでくれているようで泣けてしまいました。

あにもに:近年のシャフトは昔と比較したときに実写演出を控えるようになったと思うのですが、そのような状況の中では吉澤監督は数少ない実写演出を積極的に用いる演出家として有名でした。特に〈物語〉シリーズは実写演出の変遷が面白いのですが、ここに来て大復活を遂げていますよね。
mochimiz:吉澤監督がこれまで『マギレコ』などでもずっと繰り出してきたような実写演出は全部が全部上手くはまっていたとは限らないと考えています。ただ、「なでこドロー 其ノ伍」の実写の花畑に5人の撫子が立っている感動的なショットはそういった試行錯誤の果てに生まれたのだと思います。吉澤監督の撫子に対する強い愛を感じましたね。

あにもに:あの花畑のカットは「なでこドロー 其ノ壹」のアバンでも予告されていた心象風景でしたが、要するにあの地点に至るための物語だったのだとあらためて確信させられました。吉澤監督が『撫物語』をどれほど大切に思っていることか画面越しに伝わってきますし、先ほど述べたような吉澤監督の作家性がこれ以上なく発揮されていた瞬間だったと思います。あと、特筆すべきはオープニングでしょうか。
mochimiz:オープニングについては、放送前は大沼さんが戻ってくるのでは、という見方も優勢でした。というのもPVで先行して聞くことのできた『caramel ribbon cursetard』は、作編曲を手掛けたミトさんご自身がツイッターで述べられているように、ちょっと衝撃的なのですが、音源の9割を『恋愛サーキュレーション』からサンプリングしたという究極のオマージュ楽曲です。ということは「なでこスネイク」と「なでこメドゥーサ」でオープニングを手掛けた大沼さんが適任なのでは、というロジックですね。そこへまさか大久保俊介さんが来るとは!
あにもに:大久保さんはかつて『もにも~ど』にもイラストを寄稿してくださいましたが、〈物語〉シリーズでオープニングのディレクターを務められるようになるとは感無量です。
ab:『恋愛サーキュレーション』はもともと世界的人気がある楽曲ですのでハードルが高かったと思いますが、素晴らしいオープニングを作ってくださいました。
mochimiz:大久保さんは普段からツイッターでシャフト好きを公言していて、『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年)や〈物語〉シリーズのファンアートをよく上げていますよね。そういった部分を抜きにしてももともと個人的に絵柄が好きなアニメーターなのですが、今回はいわゆるweb系の文脈に含まれるような有名アニメーターを総動員して間違いなく〈物語〉シリーズ史上最大の作画リソースを割いたであろう映像を作りあげています。
あにもに:諸冨直也さんや斎藤圭一郎さんなど、シャフト作品からはまったくかけ離れたフィールドでたいへんな活躍をされている方々も参加されていますね。
mochimiz:テロップだけで作画オタクをひっくり返らせるようなそうそうたる顔ぶれなわけなんですけれども、さらに重要なのが、シャフトの文脈を知っていると見逃せない名前がちらほらあることです。
あにもに:元シャフトのアニメーターであった今村亮さんや、『化物語』からずっと〈物語〉シリーズに参加されてきた松浦力さんらが並んでるのが熱いですよね。今のシャフトで、しかも〈物語〉シリーズでそれが実現するとは。
mochimiz:今村さんはオープニング公開直後にツイッターで撫子のファンアートを披露されていました。まさかこんな日が訪れるとは思いもよりませんでしたね。
あにもに:フリーになられてシャフトの絵は一切書きませんと言っていた今村さんが……。今回このオープニングが実現したのは、ソワネの藤田規聖さんの尽力が大きいようです。
ab:藤田さんは『ヤマノススメ Next Summit』(2022年)のプロデューサーで、おそらくはだからこそこのような原画陣が実現できたのだと思います。それと藤田さんご本人が撫子ガチ勢らしいです。すごく昔からのファンで、色々なフィギュアとかグッズとかを収集したり、〈物語〉フェスにも行っていたみたいですね。
あにもに:今回どういった経緯でソワネが制作を担当することになったのかは気になりますが、昔からのファンだったのというのは興味深いですね。
mochimiz:さらに驚いたのはABEMAの配信版は未完成バージョンだったということが先日のテレビ放送で明らかになったことです。間に合わなかったカットを埋めるために、色コマの派生形と言えるカットを用いて自然に乗り切るという尾石さん的な工夫が施されていたんですね。これもひとえに、シャフトファンだからこそ為せる技なのかもしれません。
あにもに:この調子だとテレビ放送版もまだ完成版ではないという可能性もありますよね。ソワネは現在あfろ原作の『mono』というテレビシリーズを準備中の気鋭のスタジオですが、拘りの強そうな制作体制がすでに垣間見えます。
ab:最後に一点『撫物語』で触れておきたいのは、アニメーターの徳留夢奈さんの活躍です。徳留さんは『五等分の花嫁∽』(2023年)でも五月がデフォルメされるカットを担当していましたが、今回の『撫物語』でもデフォルメキャラやパラパラ漫画、それからゲーム風の画面などの特殊カットは概ね徳留さんの作画らしいです。このように、今回は全体的にかつて〈物語〉シリーズを観て育った世代がスタッフとして関わっているのが印象的でした。大久保さんもそうですし、吉澤監督にしてもそうですよね。吉澤監督がシャフトに入ったのは2014年頃ですので。
あにもに:続いていきましょう。『業物語』「あせろらボナペティ」です。新房監督が「東冨耶子」という変名でクレジットされて2話連続でおよそ13年ぶりにテレビアニメの絵コンテを本格的に描いた、全シャフトオタク驚愕のエピソードでした。
ab:あまりにも凄過ぎて、もはや何も言うまいという感じですね。
mochimiz:新房監督のやりたいこと、それからこの13年の間に積み重ねられてきたシャフトの様式のほとんどすべてが詰まっています。最高に美しいフィルムです。
あにもに:われわれシャフトオタク的にはPVが公開された段階から濃厚な新房フィルムになることを確信していましたが、文句なしの出来栄えでした。今回登場した新しい吸血鬼であるデストピア・ヴィルトゥオーゾ・スーサイドマスターの佇まいも完璧に新房監督作品の系譜です。
ab:言うならば『コゼットの肖像』(2004年)の精神的な続編でしたね。新房監督のこれまでの作品の映像的なモチーフが総動員されていて、たくさんコンテに手を入れたのが一目瞭然のエピソードでした。
あにもに:今回なぜ新房監督が急にクレジットされたのか不思議に思っていましたが、実際に映像を観てみたらその理由がしっかりと見えてきました。おそらく新房監督としては、今回の物語はシナリオの打ち合わせをした段階で、頭の中にほとんどイメージが出来上がっていたのではないでしょうか。
ab:前後編の2話で完結する脚本構成だからこそ、新房監督がまるっと絵コンテを切ることが出来た側面もあるのかもしれませんね。
mochimiz:『愚物語』と『撫物語』で演出のテイストが異なることには先ほど言及しましたが、『業物語』はもはやまったく別のアニメです。これは飯島寿治さんを美術監督に据え置いていながら新たに美術設定として草森秀一さんと名倉靖博さんを招いているという事実ひとつ取ってもそのラディカルさがよく分かるかと思います。名倉さんはこれまでも様々なシャフト作品に大きく貢献されてきた方ですが、草森さんは完全に想定外でした。
あにもに:物語が600年前に遡るということも相まって、映像的な質感を大きく変えてきました。スーサイドマスターが根城にしている死体城と、アセロラ姫が住んでいる民家という主に2つの舞台が描かれたわけですが、この対比が実に面白いです。
mochimiz:スーサイドマスター側は草森さんでアセロラ姫側は名倉さんという風に、担当パートが明確に振り分けられています。新房監督が産み出す映像の魅力にはもちろんカット割りのリズムなども挙げられますが、その最も根底にあるのはいかにしてひとつのショットのインパクトを高めるかを眼差す強い意志です。

あにもに:まさに新房演出の特徴はショットからにじみ出る迫力にあって、だからこそ例えば新房監督が絵コンテにクレジットされていない話数でも、「このカットには新房監督による修正が入っている」とファンなら一発で分かったりするわけです。そういう一撃のインパクトに、草森美術と名倉美術がそれぞれ大変貢献しています。
mochimiz:そこに加えて、『業物語』では山村洋貴さんが総作画監督で参加されました。山村さんといえばスタジオパストラル時代からシャフトと長年一緒に仕事をされてきたベテランのアニメーターの方で、新房監督がやりたいことをよく理解しています。例えば玉座に座るスーサイドマスターのカットはパース的には全然嘘をついているわけですが、きっと新房監督のやりたいことはこうだから、というのを即座に見抜いてインパクト重視でビジュアル化するという判断が下せるわけですね。
ab:TSUTAYA BOOKSTORE 川崎駅前店にて開催中のシャフトテンPOP UP STOREの展示にオフ&モンスターシーズンの原画の展示がありましたね。その中に玉座のカットがあり、山村さんの筆跡と思しきコメントを見ることができました。

あにもに:アニメ雑誌などでたまに新房監督の絵コンテが掲載されていますが、非常に独特な形式ですよね。まるで一般的なフォーマットには則っていなくて、コンテ用紙の裏に殴り書いたような絵が多く、一見すると何が描かれているのか判然とせず解釈がとても難しそうです。
ab:コンテを読み解いて現場をまとめあげる演出処理が相当難しい部類に入るフィルムだったと思いますが、志村亮さんが担当されていたのが驚きでした。志村さんはシャフトの若手のアニメーターですが、まさか新房監督のコンテで演出処理デビューするとは。シャフトの歴史の中で、新房監督のコンテの演出処理を担当したことがある方は両手で数えられるくらいしかいないと思うのですが……。
あにもに:例えるならば宮本幸裕さんと肩を並べることとなります。漫画『かくしごと』第1巻アニメPVや漫画『化物語』シャフト制作特別PVなど、近年の新房コンテ作品はほとんど宮本さんが演出処理を務めてきましたが、この布陣は意外でした。
ab:アニメーションプロデューサーとして、松川裕也さんと連名で鈴木隆介さんの名前がクレジットされているのも興味深かったです。『業物語』の前日譚として放映された短編『残酷童話 うつくし姫』も鈴木Pでしたが、近年は基本的に「HUNGRY DAYS ワンピース」(2019年)やYOASOBI『大正浪漫』(2021年)MVなどの深夜アニメからは離れたラインで動いている方なので、〈物語〉シリーズの新作でお見掛けすることになるとは思っていませんでした。
あにもに:スーサイドマスターのキャラクターについてはどうですか?
ab:原作ではスーサイドマスターの性別が最後まで分からないというのが大きな仕掛けになっていますが、アニメでそれを表現するのはさすがにそれは苦しかったみたいですね。
あにもに:原作では性別が最後まで伏せられていて、最後の台詞で明らかになるという構成でしたが、アニメでは容姿を見せないと始まらないので難しそうでした。とはいえ彼女の姿を変に隠して見せないよりかは、最初からちゃんと絵として見せるという判断は正解だったと思います。
mochimiz:深見梨加さんの声の演技も理想的で素晴らしかったです。『コゼット』で井上麻里奈さんが起用されたことにも通じるような、アニメ的な芝居というよりは舞台女優的な芝居をされる方で、深見さんはまさしく新房監督の求めるような女優なのだと思います。指名だろうと予想はしていたのですが、実際に『メガミマガジン』2024年12月号のキャストインタビューでご本人の口からそのことが仄めかされています。
ab:スーサイドマスターが段々と小さくなるという仕掛けもありますよね。深見さんの演技もそれに一役買っていて、挑戦的な映像表現でした。原作では小さくなっていくというのはあとから判明するんでしたっけ。
あにもに:厳密にはあとから判明するというよりは、本編には記述がなくて、あとがきで裏設定として書いているという感じですね。
ab:個人的にストーリー的な部分でやや気になったのは、原作はこれほど重々しい話ではなかったということです。もう少しアセロラ姫とスーサイドマスターの愉快な会話劇があって、わりかしコメディ的な要素もあったりしたような印象があって。そういうのも見てみたかったです。
あにもに:アニメではそういう側面をあえて削っていたのでしょうね。誤解を恐れずに言えば、ある意味で『傷物語』の方針と近いと言えるでしょう。
ab:新房監督の描くヴァンパイアストーリーという意味では、まさしく新房監督による『傷物語』と言えるかもしれません。
mochimiz:たしかに『傷物語』との対比は興味深いです。例えば尾石監督が生首を3DCGで描いた一方で、新房監督は作画で描くことを選択しました。あるいは尾石監督がリミナル・スペースで空間を構築した一方で、新房監督はクラシカルなゴシック様式を選択しました。こういった差異は物語の時代が異なることにももちろん由来しているのでしょうが、しかしシャフトを代表する二人の演出家がパラレルな吸血鬼譚を描き出したことそれ自体に数奇な運命を感じます。
あにもに:モチーフの選択もきわめて興味深いですね。例えばそれは新房監督好みのステンドグラスやワイングラスであったり、蝋燭や鏡であったり、はたまた神話性を帯びたリンゴであったりするわけですよね。ラストシーンでアセロラ姫が吸血鬼に「変身」するというのも、『The Soul Taker 〜魂狩〜』(2001年)をはじめとする往年の新房アニメを思い出さずにはいられません。
mochimiz:吸血鬼になる直前にアセロラ姫が目を伏せるような動作をしているショットは強烈ですよね。新房昭之型主人公の類型としてどこか空虚さを抱えているというか、人間みが欠けたアイロニカルなキャラクター造形があり、アンニュイに目を伏せる動作はそれを象徴するものです。そこにアセロラ姫=キスショットも名実ともに仲間入りする、つまりは物語の主人公となる宣言に思えてならず、シャフトオタクとして非常に感慨深かったです。

あにもに:ラストのシークエンスはとりわけ感動的だと思います。死体城がスーサイドマスターとアセロラ姫の口づけと共に崩壊し、それ自体スーサイドマスターの余命のカウントダウン的な意味合いもあったかと思うのですが、そういう理屈を超えて、アニメ的にはあそこで必ず城が崩壊するものなのです。それはもうアニメの使命のようなものなので、最後にカメラが思いっきり引いてすべてが無に帰した夜の闇だけを見せるショットは言葉にできないほど美しく、まさにアニメの美学がそこに凝縮されていました。
mochimiz:そして現代に移るわけですが、そこでの背景美術には草森さんと名倉さんの色が消失するのも実に見事にドラマチックな物語の終幕を思わせる演出でした。そこで立ち現れてくるのは〈物語〉シリーズでずっと志向されてきた飯島美術で、これが次の『忍物語』へのグラデーションとして機能するわけです。
あにもに:続いて『忍物語』「しのぶマスタード」の話をしましょう。今回のオフ&モンスターシーズンの最終章でした。
mochimiz:月並みな感想にはなりますが、まずはキャラクターがたくさん出てきて楽しそうに会話劇を繰り広げていたのが何よりも良かったです。女子バスケ部の面々をはじめとする新キャラも多かったし、メインどころでは八九寺や忍、それから臥煙伊豆湖の活躍も目覚ましいものがありました。
あにもに:臥煙伊豆湖がここまで喋ったのも初めてですよね。6話全部で台詞があったと思います。「何でも知ってるお姉さん」として普段はクールでミステリアスな印象のあるキャラですが、今回のストーリーでは思ったように事が運ばなかったり、イレギュラーな展開に振り回されたり、珍しく感情の起伏が描かれていました。その変化がまた魅力的で、自分は臥煙さんが好きなのでシンプルに嬉しかったです。
ab:オフ&モンスターシーズンで阿良々木が今回初めて語り手を務めていて、何だか懐かしい感じでした。〈物語〉シリーズではなかなか見ない数のキャストがエンディングクレジットにずらりと並んでいたのも印象的です。
あにもに:〈物語〉シリーズは元より登場人物の数が極端に少ない作品として有名で、「つきひアンドゥ」や「なでこドロー」なども多くて3人とか4人だったわけですよね。それが『忍物語』では一気に跳ね上がりました。
mochimiz:最終話「しのぶマスタード 其ノ陸」では戦場ヶ原や影縫余弦もいましたよね。個人的に、新キャラの中では食飼命日子が頭ひとつ抜けて好みでした。眼鏡でダウナーで、あと自分も数学科を出ているので……。

ab:食飼は原作では容姿にまつわる描写がほとんど無かったと思うのですが、実に可愛らしい見た目で驚きました。キャラクターデザインが公開されたときの原作ファンの反応も面白かったです。
あにもに:麻倉ももさんの芝居も素晴らしかったですね。
mochimiz:『メガミマガジン』2024年12月号のキャストインタビューで麻倉さんご自身も述べられていたのですが、TrySailのメンバーとして『暦物語』(2016年)と『続・終物語』の主題歌を担当されてきた実績があるんですよね。これに加えて『マギレコ』では主人公である環いろはの声も務め果せましたから、実は近年のシャフトを取り巻く最も重要な声優のひとりなんです。いろは然り、麻倉さんが演じるキャラクターはやや引っ込み思案で落ち着いた子が多いイメージですが、食飼はそれに輪をかけてもはや無気力と言えるレベルなのに可愛らしくもあって最高でした。
ab:『忍物語』はウエダハジメさんと会津孝幸さんによるオープニングも素晴らしかったですね。あれは昭和のレトロな雰囲気を目指していたのでしょうか。
あにもに:火曜サスペンス的な雰囲気をベースに、横溝正史と江戸川乱歩の世界観をイメージしたものと自分は解釈していたのですが、最終話において直球で『犬神家の一族』(1972年)だったことが判明しました。本編では古畑任三郎的なパロディを展開していましたが、オープニングでは金田一耕助的なことをウエダハジメさんでやってしまおうというのが面白かったです。
mochimiz:忍のエピソードのオープニングは、セカンドシーズンの頃からミトさんによる壮大なインスト曲がお決まりとなっています。今回の『万死のテーマ』も、民族楽器やクワイアはフィーチャーされていませんが依然壮大ですよね。これに呼応するようにウエダハジメさんの絵や演出もどんどん壮大になっていくので、見ていて気持ちがいいんです。これから物語が始まるぞという高らかな宣言というか。神谷浩史さんと坂本真綾さんのクレジットが大写しになる恒例の演出も見事でした。
ab:本編は全体的にファイナルシーズンに雰囲気を寄せていたのが良かったと思います。『愚物語』のように飛び道具のような変化球をたくさん入れていくのではなくて、より地に足がついた演出でした。
mochimiz:そんな中でも、普段の〈物語〉シリーズではなかなか見られないような画面があったのが印象的でした。吉澤監督的な演出から離れているものもいくつかあって、例えば女子バスケ部の面々がパジャマパーティーをするシーンで、部屋全体を広角俯瞰で映すショットにはかなり驚かされました。新房シャフトの様式としては基本的には平面ですから、こういったダイナミックな構図はかなり珍しいです。

あにもに:おそらくですが、シャフト的に禁じられているもののひとつですね。シャフトにかつて存在していたと言われている演出マニュアルなどにも、もしかしたらそのような明記があるのかもしれません。
mochimiz:例えるならば『バカとテストと召喚獣』(2010年)で斉藤良成さんが絵コンテ・演出を担当した回を想起させるような異質さです。また、最終話で繰り出された強い作画の陽射しの光も非常に印象的でした。これはかつて『ニセコイ』(2014年)で多用された表現で、自分は青春の象徴だと考えています。
あにもに:『3月のライオン』にもありましたよね。「Chapter.46 西陽」のアバンで零が自らの名前を名乗る瞬間に描かれる力強い入射光のショットは忘れられません。

mochimiz:個人的に印象深いのは、国分先生の登場によりいじめ問題が解決の兆しを見せ始める「Chapter.69 光」ですね。いじめ問題に関係するシーンは基本的に画面のトーンが暗いのですが、そこへ暈された陽射しが鈍く重くのしかかることを契機に、ひなたの正しさがだんだんと報われていくんです。

あにもに:この作画の光は久々に観た気がします。最近はやっていましたっけ。
mochimiz:少なくとも〈物語〉シリーズでは自分が記憶している限りでは一度も用いられていなかったはずです。しかしながらただのシャフトの技法の借用というだけではなくて、物語にきっちりはまる演出として機能していました。『忍物語』はだから、やはり青春の物語ですよね。
あにもに:女子バスケ部のメンバーは青春の真っ只中にいて、反対側に影縫を筆頭とする大人の世界の話があります。その間に挟まれるように晴れて大学生になった阿良々木がいて、作中ではモラトリアムと言っていましたが、その三者の対比が印象深かったですね。特に最終話は普通に描こうとしたらほとんど突っ立って喋っているだけになってしまうので、作画の光もそうですが、演出的な工夫が多く見受けられましたね。
mochimiz:『マギレコ』2nd SEASON 第8話のようなスポットライトの演出も効果的に作用していたのだと思います。だから吉澤監督は本当にオフ&モンスターシーズンをやりきったと思いますよ。リソースの管理は今後の課題となってくると思いますが、今はただ労いの言葉を送りたいです。
あにもに:吉澤監督はオフ&モンスターシーズン全14話の中で合計9回も絵コンテあるいは演出を担当するという凄まじい活躍をしていましたが、もちろんそれ以外の部分でも随所で手を加えているのは明らかなわけで、初監督でここまでのものを作ってみせたというのはただただ素晴らしいです。
ab:制作は本当に大変そうでしたが、オフ&モンスターシーズンは間違いなく吉澤監督の代表作になったと思います。
【その他の映像・イベント】
あにもに:その他の映像やイベント系について触れていきたいと思います。まずは『Fate/Grand Order』(2015年)の九周年記念企画で発表された、長田さんが監督を務めたショート映像『WANTED!』を取り上げるべきでしょうね。
mochimiz:「FGOフェス」という催しを毎年夏に開いていて、今年は過去最大規模だったようです。それで公開された3本のPVのうち一本がシャフト制作でした。
あにもに:シャフトとTYPE-MOONは『Fate/EXTRA CCC』(2013年)のオープニングや『Fate/EXTRA Last Encore』(2018年)など、かねてより強固な繋がりがあるのですが、『Last Encore』の頃は動画をやっていた長田さんが監督として今回ショートフィルムを手掛けるというのは何とも時代の変遷を感じます。実際の出来も素晴らしかったです。
mochimiz:自分は本当に今年見たあらゆるアニメの中でもトップレベルに好きです。他のPVはけっこう線が細く、撮影の感じもどことなく山下清悟フォロワー感があって、最新のアニメの流行を追いかけている印象でした。そんな中で長田さんのフィルムは良い意味で浮いていますね。『FGO』の本編にも度々登場するフォウという謎の小動物がいたるところを散らかしまくっていくという楽しい映像で、主線がやたら太くデフォルメも効いています。
ab:長田さんが監督・演出・絵コンテまでやっていて、キャラクターデザインと作画監督を許有真さんがやっています。許有真さんは去年シャフトが手掛けた「J:COM×U25 環境を考えるプロジェクト」のショートフィルムでもキャラクターデザインを担当されていた方です。
mochimiz:『Fate』関連ではお馴染みの滝山真哲さんはもちろん、伊藤良明さんも原画に参加されていたりと、若手からベテランまで揃い踏みの大変豪華なフィルムです。
あにもに:長田さんは去年『五等分の花嫁∽』のオープニングでも絵コンテ・演出を担当されていて、今年は『FGO』のショートフィルムの監督ということで、実に様々なフィールドで多彩な才能を発揮していますね。
mochimiz:ショートフィルムではありますが、とても手間暇掛けて作っていることがよく分かります。デフォルメキャラたちのアクションや芝居のひとつひとつのクオリティがまず非常に高く、全編にわたって凄まじい物量のエフェクト作画があり、おそらくはほとんどすべてのカットに長田さんの修正が入っています。加えてきわめてシャフト的な実写演出もあり、長田さんのシャフト愛がよく伝わってきました。

ab:特撮担当として渋田直彰さんと丸尾健士さんがクレジットされていました。オフライン編集を雨宮茂幸さんが担当されているのも気になるところですが……。いずれにしてもテーマにふさわしいようなわちゃわちゃ感があって良かったですね。このショートフィルムは『FGO』のファンの方々からも評判が良かったようです。
あにもに:続いてYOASOBIによる『UNDEAD』のミュージックビデオがありました。YOASOBIのアニメタイアップは、当該アニメの元請制作会社がアニメーションミュージックビデオの制作まで手掛けるのが最近は半ばお決まりの流れになっています。『UNDEAD』は〈物語〉シリーズ オフ&モンスターシーズンのエンディングテーマなので、アニメーションミュージックビデオをシャフトを作るのではないかという話も囁かれていましたが、実際には異次元TOKYOの篠田利隆さんがMAD動画のようなテイストでディレクションを担当されました。
mochimiz:篠田さんは元々は私立恵比寿中学のミュージックビデオをやっていたんですよね。また最近で言えば、dアニメストアのCMで「キミの好きに出会おう(告白)篇」と「キミの好きに出会おう(奪還)篇」という前後編の映像を渡辺明夫さんのキャラクターデザインで作っていました。
あにもに:遡ると私立恵比寿中学の『梅』(2013年)のミュージックビデオを監督されていて、基本的にはもちろんアイドルの実写映像なのですが、要所要所にアニメパートがあって、そこでとんでもないシャフトパロディを繰り出していたということがありました。当時シャフトファンの間では話題になったのですが、次第にオフィシャルで関わるようになっていきましたね。
ab:よく知られているものだと、MADOGATARI展の会場で流れたマナームービーや『剣と魔法のログレス いにしえの女神』(2013年)と『Fate/EXTELLA』(2016年)のコラボCMなどがあります。後者はネロ・クラウディウスが素っ頓狂なうたを可愛らしく歌うことで人気を博していました。
あにもに:今回のMVも〈物語〉シリーズのこれまでのオマージュっぽいシーンが随所に見られますよね。新規の作画は無かったですが、3DCGやグラフィックは新規で作り込んでいました。
mochimiz:会社で『VIDEO SALON』という雑誌を購読していて、自分しか読んでいないのですが、その2024年11月号に絵コンテが一部載っているのをたまたま発見しました。それによると、1番Aメロ後半、「残念?」の部分で行われる小さい輪と大きい輪が逆向きに回転して合体するような画面分割演出は、『憑物語』(2014年)のオープニングを意識したものだそうです。
あにもに:篠田さんのシャフト愛は映像の端々からも伝わってきますね。蛇や自転車といったモチーフの引用にもよく表れていますが、いちファンとして思いついたものを片っ端から詰め込んでいる印象です。
mochimiz:曲が終わった後の4秒間で、異常に素早いカット割りで尾石さんの文字演出をオマージュしながらスタッフクレジットを載せていたのも象徴的です。篠田さんのもとに集まった制作チームの全員が〈物語〉シリーズのファンであるらしく、素材選びの意思疎通が容易に出来たことも誌面で語られていました。
あにもに:次は『魔法少女まどか☆マギカ Magia Exedra』です。まずは前提として、スマホゲーム『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』が今年7月にサービス終了しまして、約7年の歴史に幕を閉じました。そして新しく立ち上げられたのがこの『まどドラ』です。その最初のプロモーションとして、シャフトが約40秒のフィルムを作りました。
ab:ディレクターが泥犬さんで、原画が山村さんという豪華なペアです。『魔法少女おりこ☆マギカ』(2011年)や『魔法少女たると☆マギカ The Legend of “Jeanne d' Arc"』(2014年)といった外伝作品のキャラクターたちが出てくるのが嬉しかったですね。しかも山村さんは『マギレコ』の変身アニメーション制作時のキャラ表を使いまわしておらず、漫画版のデザインのまま、原作のコマを参考に作画されたそうです。

あにもに:おそらく『まどドラ』のサービスが始まってからまたシャフトが何かしらの関わり方をするであろうことを予感させるに足るフィルムでした。『マギレコ』でもオープニングや変身アニメーション、それからストーリー中のアニメーションパートを作っていましたので、期待が高まります。
mochimiz:『マギレコ』のサービス終了はショックでしたが、その魂の残滓がこうして受け継がれていくことを考えると前向きな気持ちになれますね。泥犬さんは『廻天』だけで凄まじい作業量を抱えていると思うのですが、『まどドラ』も掛け持ちしてお身体が保つのか若干心配です。
あにもに:映像だけでなく、イベント系も振り返っていきましょうか。この総括会の冒頭でも軽く触れた通り、今年の1月6日に『絶望先生』のトークライブがありました。率直に、ものすごく懐かしい気持ちになる良いイベントでした。
mochimiz:少し補足をすると、『絶望先生』のアニメおよび原作漫画と連動して『さよなら絶望放送』というWEBラジオが2011年まで約五年にわたって展開されており、非常に高い人気を誇っていました。今年頭の『絶望先生』のトークライブというのも、実質的には『絶望放送』の第204回と第205回の公開録音がメインです。
あにもに:アニメよりも、あるいは原作漫画よりも人気と言われ続けたアニラジでしたね。自分にとっても中高時代に『絶望放送』を聴いていた日々は青春の思い出のひとつです。自分は当選して現地で観覧していたのですが、さすがに同窓会的な気配を帯びていました(笑)。約10年ぶりに会ったかつてのシャフトオタクとイベント後に少し話が出来たりして嬉しかったです。
mochimiz:構成Tこと田原弘毅さんがツイッター上でおたよりを募集していたのですが、やはり採用された方々の中にはナゾレンさんなど当時の常連絶望リスナーの名前も並んでいましたね。他方で現役の中高生による投稿も多数あったのが印象的でした。また、このトークライブは『傷物語 -こよみヴァンプ-』の公開よりも前だったので、当日の様子を思い返すだけでも今年がいかに濃い1年だったかというのを実感できます。
あにもに:本編後にパーソナリティの神谷さんと新谷良子さんがライブビューイング席に来てくださって、20分くらいアフタートークをするという特典があったのも印象に残っています。『絶望先生』のイベントなのにほとんど『傷物語 -こよみヴァンプ-』の話をしていて、「ああ、こういうラジオだったな」と(笑)。
mochimiz:トークライブに付随する形で展示会もありました。まず守岡さんによる新しい版権イラストがあって、ここ数年はシャフトでお仕事をされていなかったはずなのでかなり驚きました。それと第1期第1話の絵コンテが展示されてあって、新房監督による修正を観測することもできました。決して規模が大きい展示ではありませんでしたが、重要な資料がたくさんありましたね。

ab:色彩設計の川上優子さんのインタビュー映像が会場内で流れていたことも見逃せません。『絶望先生』の色遣いに影響を受けて業界に入ったことなどが語られています。デスクに『美少年探偵団』(2021年)のグッズが並んでいた辺りからもシャフトへの強い愛が窺えました。また、今回の新しい版権イラストの仕上げ作業を実演するパートもあり、シャフトとしては珍しい試みでした。
あにもに:〈物語〉シリーズの七夕イベントにも触れましょう。今回オフ&モンスターシーズンが始動する上で、かつて長年秋葉原でやっていた七夕の展示イベントが池袋のアニメイトにて復活しました。スタッフや関係者がひとりひとり短冊に願いや一言コメントを書いて、それから絵が描ける方は描きおろしの絵も描いて笹に吊るすという企画です。

ab:何よりも驚いたのが尾石さんと守岡さんの短冊があったことです。『傷物語 -こよみヴァンプ-』があったとはいえシャフトを離れて久しいと思われていたお二方だったので、これはさすがに嬉しいサプライズでした。あとは宮本さん恒例の子ども自慢も面白かったです(笑)。
mochimiz:このイベントがコンスタントに開催されていた頃は、ウエダハジメさんの生存報告的な意味合いも強く持っていたように思います。ウエダハジメさんは非常に寡作な方ですが、七夕には必ずと言っていいほど出現します。そして熱のこもったイラストを、複数枚の短冊に描いてくださるんです。今振り返ってみれば今年の3枚はどれもオフ&モンスターシーズンでオープニングとエンディングを手掛けることの予告で、「間に合いますように」などといった切実な願いが添えてありました……(笑)。
あにもに:志村さんの短冊には『業物語』についてのコメントが書き添えてありましたが、てっきり志村さんが個人的に好きなエピソードなのかなと思っていました。まさか新房監督コンテの演出処理をやっていたとは……。

mochimiz:あくまでシャフトのイベントではなく〈物語〉シリーズのイベントという縛りがあるのですが、山村さんはご自身がキャラクターデザインを務めた『美少年探偵団』の主人公である瞳島眉美を描かれていました。この離れ業が何故成立してしまうのかというと、『傷物語』の劇場特典として配布されたクロスオーバー小説『混物語』に登場しているからなんですよね(笑)。シャフトのスタッフでありながら強烈なシャフトオタクでもある山村さんならではの発想ですし、フォントも徹底的に拘って短冊全体がデザインされていて素晴らしかったです。
あにもに:あまりにもシャフトファン狙い撃ち過ぎるイベントですね。他にも渡辺明夫さんや潮月一也さんといったお馴染みのスタッフが多数参加されていました。声優陣の短冊も〈物語〉シリーズへの愛に満ちており、感慨深かったですね。
ab:個人的に注目したいのは、〈物語〉シリーズ ファイナルシーズンよりあとにシャフトに入ってきた方々の短冊ですね。作画部で言えば志村さんだけでなく徳留さんもフレッシュで目立ちました。それから美術部の船津妃捺乃さんや菊地涼さん、撮影部の石川瑞帆さんや橋本日和さんもいらっしゃいました。

mochimiz:ファンサービスの側面もありながら、最新のスタッフの動向が知れるというのも良い機会ですよね。アニメの完成画面を見るだけでは見えてこないようなスタッフのパーソナリティが垣間見えるのは嬉しいことです。
あにもに:去年の末に開催された、「「五等分の花嫁」アニメ原画展 Engagement」にも触れておきたいです。これまでの『五等分の花嫁』のアニメシリーズの展示会だったのですが、こちらが何とシャフトによる全面協力の下、『五等分の花嫁∽』にかなりのフォーカスを当てた力の入ったイベントでした。シャフトはMADOGATARI展をはじめとして、これまで培ってきた展示会イベントのノウハウがあるので、ファンが何を求めて展示会に足を運ぶのかという質と量の需要をしっかりと心得ています。実際、今回の展示会も資料性が抜群で、満足度が高かったですよね。

mochimiz:本編はもちろんのこと、オープニングからエンディングにいたるまでとにかく尋常ではない量の原画が展示してあった光景が脳裏に焼き付いています(笑)。また、部分的にではありますが、長田さんによるオープニングの絵コンテの展示もあってたいへん有難かったです。描き込みや色分けが凄まじく丁寧で、字も非常に綺麗だったのが印象的で、いかにも長田さんらしい隅々にまで拘りが行き届いた中間成果物でした。そのままで充分商品化可能かと思うので、全ページが見られる日を待っています。『五等分』のファンたちの大きな熱量も感じられて良いイベントでした。

あにもに:最後に、静岡のイベントを紹介しましょう。10月から11月にかけて静岡市文化・クリエイティブ産業振興センターで行われていた「ミライイノベーションデザイン展」で、シャフト静岡スタジオAOIの紹介がありました。これは静岡発の様々な事業やビジネスモデルを紹介するという展示会だったわけですが、その中のひとつにAOIがあったという形です。

ab:これも実に興味深い展示でした。AOIの設立メンバーである渡辺康子さん、島久登さん、潮月一也さんの3人の写真が載っていたり、学生向けの会社案内のパンフレットが置いてありましたね。今まで表立って公開されてこなかった情報がたくさん載っている重要な資料だったと思います。
あにもに:『アサルトリリィ BOUQUET』(2020年)の原画や、『忍物語』の脚本、絵コンテなどの展示もあって盛りだくさんでした。
ab:一番の目玉は『忍者と殺し屋のふたりぐらし』の設定資料でしたね。まだ放送前ですが、まさか直に見られるとは思いませんでした。それとパネルに貼り付けてあった写真でほんの僅かに確認できたくらいですが、新房監督による『業物語』の絵コンテもありました。
あにもに:今後はこういう静岡でひっそりと開催されるイベントが増えそうな予感がしています。期待が高まる一方、常に油断できません。
【シャフト周辺をめぐって】
あにもに:近傍シャフト作品について触れていきたいと思います。まずは何をおいても『アンデッドアンラック』でしょうね。これは2023年の秋放送開始でしたが、去年の総括会では収録したタイミング的に第1話しか放送されておらず、ほとんど言及が出来ませんでした。監督を八瀬祐樹さん、キャラクターデザインを守岡さんが務め、シャフトスタイルをとんでもなく駆使した作品でした。まず触れるべきは1クール目のオープニングでしょうか。シャフト作品ではお馴染みだった松浦さんが絵コンテ・演出を担当されていました。
mochimiz:松浦さんはやはり原画マンとしてのイメージが強く、シャフトで活躍されていた頃に手掛けた演出関係の仕事は『猫物語 (白)』の羽川の手紙と『ニセコイ』の2つ目のオープニングのみで、いずれもURAさんの補佐的な立ち位置にとどまっていました。それが近年になってちらほらとエンディングを手掛けるようになり、今回のオープニングで大きな話題を呼ぶことになったわけです。その純粋なクオリティの高さが原作ファンから好評を得たのはもちろんなのですが、尾石さんのスタイルを強烈に継承した映像であったことが特筆に値します。具体的にはキャラクターを全影にして主張していく感じとか、枯れ木の平面的なシルエットとそこから飛び去っていく鳥とか……挙げていけばキリが無いほどです。
ab:中村直人さんや大梶博之さんといったシャフト作品でお馴染みだったアニメーターが、結局尾石さんのスタイルを継承した映像の原画を描いているという事実が興味深いです。加えて尾石さんご自身も原画で参加されており、大変事件性を帯びたクレジットとなっていました。
あにもに:松浦さんは今年怒涛の勢いでオープニングディレクターを担当されていました。ひとつはにじさんじの『Page of Lambda』、そしてもうひとつは『ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインⅡ』でした。バーチャルYouTuberはまったく詳しくないのですが、このにじさんじの動画はMVではなくて、一応オープニングという設定なんですよね?
mochimiz:やや説明が難しいのですが、さんばかというにじさんじ所属の3名のライバーによるユニットがあって、彼女らを主人公に据えた架空のアニメ的なものが企画されていて、その嚆矢としてオープニング映像が制作された、ということみたいです。このオープニングを彩る楽曲である『Try add』を歌っているNornisというのはまた別のにじさんじのユニットであることがややこしさに拍車をかけています。
ab:監督とキャラクターデザインが松浦さん、サブキャラクターデザインが守岡さん、そして美術設定が紺野さん、プロップデザインは大梶さんと数井浩子さんが務めており、さらに原画には新垣一成さんや松本元気さんまで参加されています。このきわめてシャフト濃度の高い企画に仕上げとしてシャフトもクレジットされているのがまた何とも奇妙な感じです。

mochimiz:『アンデラ』はシリアスなバトルアニメの印象が強かったと思うのですが、こちらはファンタジー世界で旅をする様子が多く描かれています。それとやはり可愛らしいライバーたちをフィーチャーするという目的が第一にあるでしょうから、『アンデラ』のオープニングほど極端なショットはあまり無かった印象です。それにしても、シャフトオタクとしてはどうしても富士山のカットからヘルエスタ王国以上の意味を読み取ってしまいます(笑)。
あにもに:『GGOⅡ』のオープニングにも触れておきましょうか。こちらは現在放送中のアニメで、すっかりオープニング職人として引っ張りだこです。原画には大梶さんや新垣さんがいて、そもそもこの作品は小堺能夫さんがキャラクターデザインと総作画監督を担当されているので、これもまたどこかシャフトの影がちらつきます。
mochimiz:尾石さんのオマージュばかりに気を取られがちですが、そもそも直近1年近くで3本もオープニング映像を監督しているという仕事ぶりが凄まじいです。どれもハイクオリティですので、現場をまとめる力が高いのだと思います。それと、『アンデラ』はさすがに面喰らいましたが、『Page of Lambda』と『GGOⅡ』を経て松浦さん固有の色が見えてきたような気がします。
あにもに:話を戻して『アンデラ』の本編についてなのですが、先ほども触れましたが、八瀬監督が下手すると前作の『炎炎ノ消防隊』(2019年)よりも濃厚に、というかもはや暴走しているレベルで新房シャフトの様式を繰り出していますよね。特に第5話辺りまでは強烈でした。
mochimiz:リップが初めて登場する第10話のアバンや、風子たちと安野雲が合流する第20話のアバンも凄まじかったです。『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』(2016年)で象徴的だった3DCGの円卓は物語序盤から見られたわけですが、第13話では螺旋階段までもが登場し、しかもその後一度も用いられることはありませんでした。背景がほとんど赤色のベタ塗りというのも相俟って、ほとんど八瀬監督からのSOSじみていましたね。

あにもに:八瀬監督と言えば螺旋階段ですよね。『メカクシティアクターズ』(2014年)にも『囮物語』にもほとんど脈絡なく登場しています(笑)。
mochimiz:しかしこういった八瀬監督の色がよく出るのは、全24話をいくつかの章に分けた場合の序盤に留まることが多く、各章の終盤はだんだんと「普通のアニメ」になっていきます。こうした最初にとことん手を入れて残りはほとんど他の演出家に任せきりにするような仕事の仕方までもが新房監督に似てきていて、やはりシャフトを出た演出家の中で最も新房シャフトを志向し続けているのは八瀬監督なのだろうと思わされました。

あにもに:制作自体はなかなか苦戦していて、全体の3分の1以上を回想シーンに回していて思わずツッコミを入れたくなるような話数すらも見受けられました。ただ、紺野さんによるエンディングも2本とも良く、仔細に検討していけば見どころは色々とある作品でした。
mochimiz:今年の近傍シャフトで『アンデラ』に次ぐのは『小市民シリーズ』でしょうか。前提知識を補足すると、〈古典部〉シリーズなどで広く知られる米澤穂信さんが原作で、もともと本読みのオタクからは高い人気を得ていたように思います。そしていずれも日常の謎と高校生の青春を描く物語という意味での共通項はあるのですが、そう簡単には括れないくらいに〈小市民〉シリーズはシリアスな描写の積み重ねで成立しています。これが一体どのように映像化されるのだろうと思っていたら、制作はラパントラック、監督は神戸守さんというまさかの布陣でした。
あにもに:神戸監督と言えば『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』(2010年)や『約束のネバーランド』(2019年)といった監督作はもちろん、『カードキャプターさくら』(1998年)、『NieA_7』(2000年)、『苺ましまろ』(2005年)等の各話参加回も名作が粒ぞろいで、アニメ演出オタク的には外せない指折りの演出家として有名です。個人的には『電波的な彼女』(2009年)が今でもとても好きな作品です。そんな神戸監督がまさかラパントラックで米澤穂信作品をやるとは思いませんでした。
mochimiz:第1話に関してはおよそ正気とは思えないくらいにスタティックな画面でしたが、とりわけ終盤の「スイート・メモリー」は見事な翻案と言うほかなかったと思います。小鳩くんと小佐内さんは「互恵関係」を利用して自己判断で「小市民」の定義を各々ずらし続けて破綻するのですが、追及が佳境に差し掛かる頃には本物の小市民たちはとっくに店を出ているという描写があまりにも象徴的でした。『ラブライブ!スーパースター!!』(2021年)などで知られる斎藤敦史さんのキャラクターデザインが好みなのもあって、非常に楽しめました。
あにもに:そんな中で第2話の絵コンテ・演出を武内宣之さん、第5話の絵コンテを川畑喬さんが務めました。この2人はシャフト演出を代表する演出家です。特に第2話「おいしいココアの作り方」は凄まじかったですね。
mochimiz:「おいしいココアの作り方」は元々原作でも人気の高いエピソードなんです。一戸の家の、それもたった2つの部屋の中で日常の謎が完結するトリックですし、空き巣や暴行といったシリーズの中核を成すきな臭い出来事とは離れた位置にある平和なエピソードでもあるので、端的に言って読みやすいわけです。これはともすれば地味で退屈な画面ばかりを産み出しかねないようにも思えますが、武内さんが見事に演出してくださいました。
あにもに:冒頭の商店街の雰囲気からしてすごく良かったです。物語の入り口として非常に効果的に機能していたと思います。

mochimiz:商店街の描写は武内さんがだいぶん膨らませています。一体原作のどこに着想を得たのかまったく分からないような、いかにも地方都市のアーケード街らしいごった煮感が、陽の光とともに二人の「小市民」を包み込んでいるかのようでした。それと武内さんはそもそも非常に優秀なアニメーターですので、ココアの流体エフェクトとマグカップに触れる手元の美麗な作画も鑑賞者に強い印象を残したのではないでしょうか。
あにもに:ココアの描写と武内さんの執念に関しては神戸監督もインタビューで触れていました。武内さんは健吾が作ったココアを実際に作ってみて、それらをすべて撮影して作画にも反映させていたそうです。それと、たしか武内さんのツイッターで尾石さんへの言及もありましたよね。
mochimiz:健吾の口の周りがケーキのチョコレートソースのようなものでベトベトに汚れているシーンですね。この辺りは完全にアニメオリジナルですが、健吾の「ずぼら」な一面を強調するように機能しています。『化物語』や『傷物語』の表現が念頭にあって、「小さい子どもがソフトクリームを食べてる」様子をイメージして描いたそうです。おそらくはギロチンカッターに貪りつくキスショットが最大の参照元かと思われます。
あにもに:武内さんはすごく強度を持ったフィルムを作りますよね。画面のひとつひとつが高いアニメーション力を備えています。
mochimiz:『月詠』の頃から継続されている徹底したロケハンの賜物でしょう。武内さんの監督作である『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(2017年)を思わせるような民家の緻密な描き方も大変素晴らしかったです。
あにもに:クロース・アップの使い方にも武内さんの作家性がよく表れていると自分は思います。ストーリーに何かしら決定的瞬間が訪れる瞬間に、あえてキャラクターの全身を映さずに目元や口元を極端なクロース・アップで描くことによって、身体の僅かな変化でそれを語ってみせるんです。
mochimiz:時期的に去年の総括会で触れることの叶わなかったアニメとして、『川越ボーイズ・シング』に少しだけ言及させてください。第9話「いつかのアイムソーリー」は武内さんが絵コンテ、演出、作画監督、それから原画までたったひとりで手掛けられた究極のアニメーションでした。これにはシャフト的な演出技法が大きく貢献しており、したがって近傍シャフトに位置付けられるフィルムです。

あにもに:『川越ボーイズ・シング』は制作がなかなかに破綻してしまった作品でしたが、第9話は突出してクオリティが高いですよね。アバンは止め絵の連続から始まるのですが、もうこの時点で映像に張り詰める緊張感が半端ないです。何か大変な事態が起きているという空気感を一発で予感させる画面作りは、例えばボーイズ・クワイア部の練習風景のシーンがまさに象徴的ですが、合唱の場面にもかかわらず、ほとんどキャラクターの口元が映し出されないんですよね。たったそれだけのことで頭から離れなくなる不気味な予感が画面に宿ります。静謐なタッチのなかで鋭い緊張感を走らせつつ、クライマックスのカタルシスに導くきわめて技巧的な回でした。
mochimiz:詳しくは『もにも~ど2』所収の才華さんによる非常に精緻な分析を含んだ論考を参照されたいのですが、「いつかのアイムソーリー」で描かれる突然の別れは、雨の降る夜の暗さに沈みゆくボーイズ・クワイア部にやがて至上の光芒を降り注ぐに至ります。トンチキなことばかりしているように見えて実はけっこう真面目に既存の部活もの、およびその受容への問いかけを繰り替えす意欲的な作品ですので、第9話だけでなく全ての話数を観ることをお勧めします。
あにもに:武内さんは今後もがっつりと『小市民』に関わっているみたいなので期待ですね。続いて『大室家』の話をしましょう。OVA的な感じですが、『大室家 dear sisters』と『大室家 dear friends』の二本立てで、それぞれ40分ぐらいの劇場上映がありました。
ab:監督・コンテは龍輪直征さん、助監督は岩崎安利さんというシャフト色の強すぎるコンビによる作品です。このお二方はシャフトで多くの仕事を共にこなしてきた仲間である以前に、スタジオジャイアンツ時代の同僚なんですよね。そしてシャフトを出てからも一緒にアニメを作っている印象があります。例えば『咲う アルスノトリア すんっ!』(2022年)は龍輪さんが監督、岩崎さんがキーアニメーターを務めていました。
mochimiz:前提知識を補足すると、『大室家』は『ゆるゆり』(2011年)のメインキャラクターである大室櫻子とその姉妹・友達に焦点を当てたスピンオフ作品です。すっかり年を重ねてしまった『ゆるゆり』世代の亡霊オタクたちの魂を救いに来たのが龍輪さんと岩崎さんという見慣れたコンビだったのは感慨深いものがありました。とりわけ『dear sisters』は、個人的に大好きな声優の伊藤彩沙さんの活躍もあって大満足でした。
ab:龍輪さんは最近あまりシャフトっぽい画面作りを志向していない印象でしたので、『大室家』で上質なシャフトコメディが展開されたのには驚かされました。

mochimiz:『アルスノトリア』は個人的に一昨年のベストアニメのひとつで、ふつうにシャフトっぽさもあるとも思うのですが賛同を得られたことが一度もありません。『放課後お茶会Radio』を繰り返し聴くほどに久野美咲さんの熱烈なファンなのは自分だけという説もあります……。
あにもに:ともあれ『大室家』で一気にハンドルを切ってきたのは一面の真実かと思います。
mochimiz:龍輪さんと岩崎さんは『絶望先生』もとい久米田康治さんの漫画を原作とするシャフトアニメの中心的スタッフだったわけですが、小気味の良いカット割りやイメージBGの使い方にその頃の面影を強く感じました。
あにもに:あと印象的だったのはオープニングですよね。前後編でマイナーチェンジが見られたのも実にシャフト的なエッセンスです。
mochimiz:もともと『dear sisters』の時点で実写や色変えの演出が用いられていて、シャフトっぽいと思ったりもしたんですけれど、『dear friends』でインサートカットが追加されていて非常に驚きました。
あにもに:オープニングの実写の使い方は原作者であるなもりさんの過去のイラストに対する目配せという意味もあるようです。そういう細かい仕草を含めても、かつてシャフトでやっていたような『絶望先生』や『まりあ†ほりっく』(2009年)などのゼロ年代シャフトコメディの系譜ですよね。
mochimiz:龍輪さんは今年、『生徒会にも穴はある!』のアニメPV「みんなで踊ってみた」の監督も務めていました。こちらもまた凄まじく、なんとキャラクターデザイン・作画監督・絵コンテ・演出を今村さんが務めています。
ab:今村さんと龍輪さんというと、またしても『絶望先生』や『かってに改蔵』(2011年)を思い出す布陣です。
あにもに:この2人が合流しているというのも、どこか事件性を帯びているように思えてしまいます。何が起きているのか分かりませんが、何かが起きていますね。
mochimiz:本当に単なる偶然でしかなく、あるいはシャフトオタクの脳内で勝手に恣意的な結合が起きているだけなのだとは思いますが、尾石さんが八瀬さんと松浦さんに合流したり、今村さんが〈物語〉シリーズ の新作でオープニングの原画をやったり、最近はやはり何かヘンです(笑)。シャフトを出て別々の場所で活躍していた方々が時折絶妙に交わってアニメを作っていて、現場は一体どんな空気なんだろうと想像してしまいます。
あにもに:『魔王学院の不適合者 II 〜史上最強の魔王の始祖、転生して子孫たちの学校へ通う〜』(2023年)2ndクールのオープニングにも触れておきたくて、これは大沼さんが総監督を務めているSILVER LINK.作品です。このオープニングから漂っている大沼さんの揺るぎない美意識に触れた瞬間、やはり大沼さんはこうした映像を美しいと思っているのだなと何だか不思議と救われた気分になりました。
mochimiz:『ef - a tale of memories.』(2007年)の頃とか、SILVER LINK.に移った直後の『C3 -シーキューブ-』(2011年)や『黄昏乙女×アムネジア』(2012年)を思わせるような壮大な映像ですよね。大沼さんは随分落ち着いた作風になったと言われて久しいわけですが、これはとても嬉しいサプライズでした。
ab:本編はわりと普通の話なので言及しづらいですが、ただひとつ興味深いのはシャフトのかつてのB級アニメ的な量産体制を引き継いだのがSILVER LINK.ということですね。反対にシャフトは寡作気味になっています。
あにもに:また岡田堅二朗さんが監督を務めた『黒執事 -寄宿学校編-』も、画面の構図や3DCGの使い方がシャフトイズムを引き継いでいました。今期で言うと大西景介さんが監督を務めている『パーティーから追放されたその治癒師、実は最強につき』が謎のシャフトパロディを連発しているのが気になりますね。

mochimiz:板村さんや八瀬さんでもさすがにやらないだろうというレベルのシャフトパロディを繰り出しまくっている衝撃の映像が展開されています。ここまで直球な『絶望先生』的テロップ演出は久々に見たかもしれません。
あにもに:世界観とも合ってないので正直演出意図を掴みかねますが、純粋に大西さんの好みということなんでしょうね。
mochimiz:1話限りのシャフトパロディだったら「まあそういう回もあるか」という気持ちになるかもしれませんが、アイキャッチでもド直球な『絶望先生』的色変え演出を披露しているのが驚きです。ここまで色々と概観してみてあらためて分かるのが、とにかくこの世の中は尾石さんのオマージュに溢れているということですね。
あにもに:ここに少し興味深い視点があると思います。シャフトのオマージュやパロディの参照元が『絶望先生』や『化物語』に偏りがちなことを鑑みると、尾石さんの存在が中心にあることを強烈に意識せざるを得ません。
mochimiz:これはミュージックビデオによく見られる傾向ですが、リソースの問題を解決するためにシャフトのオマージュが採用されてきたという側面は確実にあると思います。限られたリソースの中でどう工夫して映像を見せるかというのがシャフトの様式のパブリックイメージですので、こうなると本来ものすごく変な背景動画や極端に情報量の多い止め絵を好む新房さんのスタイルは実情にそぐわないわけです。
あにもに:そういう意味では松浦さんが志向しているような尾石さんのオマージュは省力化の方向ではないですよね。尾石さんのスタイルを意識していることが一目で分かる一方で、リソースはむしろ相当多く投入しているように思えます。
mochimiz:自分は尾石さんのオープニングには明確に「サビ」があると考えていて、『1000%SPARKING!』や『少女Q』で吉成曜さんが原画を担当しているパートを例に取れば分かりやすいでしょうか。松浦さんからは、いっそのことそういった作画パワーが目立つカットを全編にわたって配置してしまおうという思想を感じます。同種の例として、ホロライブ所属のバーチャルYouTuber・天音かなたさんの楽曲『おらくる』のMVが挙げられます。これは榎戸駿さんが監督を務めているのですが、榎戸さんはかねてよりずっと尾石さんのオマージュを志向していますよね。
あにもに:一番分かりやすいのは『Fate/Grand Order 期間限定イベント 徳川廻天迷宮 大奥』のCMでしょうか。坂詰嵩仁さんと共同で現在準備中のアニメ『Fate/strange Fake』のテレビスペシャルである『Fate/strange Fake -Whispers of Dawn-』(2023年)にも見られましたし、今年一世を風靡した『マッシュル-MASHLE-』の第2期オープニング映像も尾石さんの系譜にあると言えると思います。

mochimiz:自分が初めて榎戸さんの映像から尾石さんの成分を感じ取ったのは、まんがタイムきらら展のために制作されたショートアニメ『KIRARA-TEN』(2018年)でした。アニメ化されていない漫画のキャラクターも含めて原作に忠実なデザインでアニメートされており、小ネタも多数散りばめられている、まんがタイムきららの歴史を愛情たっぷりに概観するような大変素晴らしいフィルムです。ゆのっちに始まりゆのっちに終わるという構成も印象的ですが、色変え演出やドットパターン、単色ベタ背景の文字インサートカットなど、尾石さんからの影響が随所に見受けられます。東京で鑑賞できたのは今年実に6年ぶりで、ほとんど泣きそうになりながら胸に深く刻んでおきました。
あにもに:今年の頭に公開された『NEEDY GIRL OVERDOSE』(2022年)のTV放映記念ショートアニメが『ぱにぽにだっしゅ!』の模倣で、これはかなりの賛否両論を呼びました。
mochimiz:おだやかさんとこかむもさんは音MAD文化に由来するオタク文化への目配せが少々過剰なきらいもありますが、『モッシュレース』(2023年)MVや『クロシオカレント』(2022年)といったオルタナティブで意欲的な作品を産み出す膂力があって個人的に好きなので、今後も応援していけたらいいなと思っています。
あにもに:来年の作品についても軽く触れましょうか。特筆すべきは『紫雲寺家の子供たち』です。これは動画工房の新作で、監督は『ネギま!?』や『ひだまりスケッチ』での活躍が印象的な上坪亮樹さんです。
mochimiz:原作は『彼女、お借りします』(2020年)の宮島礼吏さんですね。音楽にAkkiさん、星銀乃丈さん、堀江晶太さんが招かれており、これは田淵智也さんが総合プロデュースを務めるDIALOGUE+というアニソン声優ユニットを知っていれば分かりやすいのですが、端的に言ってしまえば今のアニソン文脈の最前線にいる方々です。結構お金が掛かっているアニメなのではないかと推察します。
あにもに:上坪さんは近年は『ガヴリールドロップアウト』(2017年)、『うちのメイドがウザすぎる!』(2018年)、それから『私に天使が舞い降りた!』(2019年)といったような動画工房の日常系作品における各話絵コンテ・演出での参加が目立っていました。
mochimiz:監督作としては『そふてにっ』(2011年)以来になるかと思います。しかしこうして監督としての実績だけ抜き取ってしまえば随分な飛躍に見えますが、堅実に現場を回し続けていたわけですね。
あにもに:近年の作品にはあまり当時の面影は見受けられませんが、『そふてにっ』や『変ゼミ』(2010年)のOADの頃はとんでもない新房シャフト演出を繰り出す演出家だったので期待はしてしまいますね。
mochimiz:各話の絵コンテ演出だったから作家性の発露が抑えられていた、という可能性は考えられると思います。監督作になった途端『そふてにっ』が再来するのだとしたらさすがに面白すぎますが、ともあれ楽しみです(笑)。鈴木利正さんは『RWBY 氷雪帝国』ファイナル・カット版の制作以降ゆくえが杳として知れない感じでしたが、もしかしたらこっちにいるのかもしれません。
あにもに:来年の近傍シャフト作品は、この他にも『よふかしのうた』2期、『小市民シリーズ』2期、『アンデッドアンラック』1時間スペシャル、『グリザイア:ファントムトリガー THE ANIMATION』、『黒執事-緑の魔女編-』、『プリンセッション・オーケストラ』などが控えています。特に『よふかし』2期は板村監督が引き続き担当されると思うので期待です。
【来年の展望】
あにもに:来年のシャフトはまず『廻天』が控えています。「2025年冬」という告知が出ていましたが、そもそも延期前の「2024年冬」というのも具体的な時期は全然明かされていなかったので、まだまだ待つことになりそうですね。
ab:少なくとも来年1月ではないでしょう。年末か2026年1月までありえると思います。
あにもに:延期となってしまったこと自体は非常に残念ではありますが、その分期待値はどんどんと上がってきています。
mochimiz:振り返ってみれば2021年に制作が発表されてからの数年間はぜんぜん音沙汰が無かったので期待値が上がりようもなかったんですよね。『廻天』の存在自体が忘れ去られようとしていたところに去年の特報があって、そこからは継続的に新しいPVが公開されて盛り上がりを見せています。
あにもに:すでに4本もの特報PVがありますよね。最新の「特報第2弾:SIDEほむら」にいたっては新房監督がシャフトに席を置く前の代表作である『The Soul Taker』をも彷彿とさせ、否が応でも楽しみになってきてしまいます。とはいえ期待半分、不安半分という感じですが。
ab:期待するだけ期待しておきましょう(笑)。
あにもに:ここで不用意に踏み込んで具体的に『廻天』のPVの考察をしても隘路に行きついてしまう気がするので、『ヴァージン・パンク』を取り上げましょう。今年のAniplex Online Fest 2024の最大の発表は梅津泰臣監督の新作アニメでした。第一弾「Clockwork Girl」が来年初夏公開予定で、シャフトが制作を担当します。
mochimiz:梅津さんの監督作は『ウィザード・バリスターズ 弁魔士セシル』(2014年)以来実に10年ぶりでしょうか。しかしながら『A KITE』(1998年)や『MEZZO FORTE』(2000年)の超絶技巧的な作画が折に触れて古いアニメファンに取り上げられ、ツイッターでバズっていたため、存在感を維持してもいました。海外人気も根強いようです。
あにもに:現段階ではまだ謎に包まれている企画ではありますが、まずは劇場作品ということで良いのでしょうか。
ab:元々はテレビアニメとして企画されていたとしても不思議ではないですね。ふつうに考えればあのPVのレベルの作画をテレビシリーズで維持しようとするのは不可能ですが、梅津監督ならやりかねません。
あにもに:梅津監督がシャフトに席を置いていたという事実が業界に衝撃を生んでいる側面もあると思います。実際、ツイッターで検索してみると、梅津監督とシャフトという組み合わせに驚いている反応がたくさん見受けられました。
ab:長年シャフトと梅津監督の両方を追い続けてきたためか、実はわれわれいくつかの手掛かりを得ることができていました。まず、2020年頃から梅津監督のブログで新作の存在がほのめかされていたことがひとつ重要な史料かと思います。直後に『美少年探偵団』のオープニングのクレジットで「シャフト梅組」なる存在が明るみに出たのが象徴的です。
mochimiz:そもそも梅津監督は『それでも町は廻っている』(2010年)、『幸腹グラフィティ』(2015年)、それから『美少年探偵団』と継続的にシャフト作品のオープニングを手掛けてきたので、関係性がまったく認知されていなかったかと言えばそんなことはないようにも思います。ここ数年はアームス時代からの縁で『女神のカフェテラス』(2023年)のシャフトグロス回や『五等分の花嫁∽』の松村幸治さん演出回に原画で参加するという行動が目立ったため、これを以ていよいよ新作の制作をシャフトに確定できたファンもいたのではないでしょうか。『五等分の花嫁∽』にいたってはパッケージのシャフトテン限定特典のスタッフ本にも寄稿されていました。
あにもに:自分がよく覚えているのは『マギレコ』Final SEASON最終話ですね。『マギレコ』はスケジュール的に破滅的に難航したことで有名ですが、特に最終話は現場がヤバ過ぎて、「シャフトも最終決戦状態」だったことが公式ガイドブックで語られています。とにかく社内にいるアニメーター全員にやってもらったらしく、吉澤さんが「梅津さんにも原画に入っていただきましたよね」とインタビューで答えていました。
ab:Otakon 2023というアメリカのイベントで潮月さんが受けた『五等分の花嫁∽』の英語インタビューで、最近の若手は新房監督と仕事をする機会が無く、梅津監督や佐伯昭志監督と関わることの方が多いと述べられてもいます。
あにもに:たしかにあのインタビューは意味深でした。だから今回の発表は、ある種ここまで挙げてきたようなパズルのピースがカチっとはまった感じですね。それから、梅津監督はシャフトと仲が良い以前に新房監督と昔から交流があるので、こちらも不思議な縁だなと思います。
mochimiz:新房監督が、そもそも梅津監督のいちファンなんですよね。これまでその縁はオープニングのディレクションや原画をお願いするという形で交わってきたわけですが、ついにシャフトで1本の監督作が結実するというのは感慨深いです。
ab:逆に新房監督が『ヴァージン・パンク』のオープニングを手掛けてくれないですかね。これまでたくさんの素晴らしいオープニングを梅津監督には手掛けてもらったのですから、新房監督からのお返しがあってもいいと思います(笑)。
あにもに:そういえば『化物語』の「つばさキャット」のオープニングももともとは新房監督が梅津監督に発注していたんですよね。だけれどスケジュールが合わなくて、結果的に尾石監督が手掛けることになるわけです。これもブログを読んで初めて分かる裏側の壮大な歴史のひとつです。
mochimiz:メインアニメーターに阿部厳一朗さんがクレジットされていることにも触れておきたいです。キャラクターデザインや作画監督をほとんど務めてこなかったのでもしかしたらご存知ない方もいるかもしれませんが、『月詠』以前から特に動きの激しいカットを数多く担当されてきた、シャフトの誇るスターアニメーターです。演出陣からも厚い信頼を寄せられており、ありとあらゆるシャフト作品に参加されていたのですが、ここ数年はほとんど鳴りを潜めているような状態でした。
あにもに:いま最も新しいクレジットが『お兄ちゃんはおしまい!』(2023年)のオープニングですからね(笑)。
ab:阿部さんはここ数年『廻天』に付きっきりなのかと思っていましたが、今回の発表で納得しましたね。梅津監督作品だったのなら、もうしょうがないです。
あにもに:だから『ヴァージン・パンク』は間違いなく記念碑的な作画アニメになるのでしょうけど、これをシャフトが作っているという事実がすごいですね。公開形態なども気になりますが、そもそも無事公開されるのか……。企画自体は2014年末から始動していて、プリプロダクションにものすごい時間をかけたそうです。
ab:いくつかのエピソードに分けて公開されるみたいなので、リリースのペースも気になりますね。1年に1本くらいは期待したいところです。
mochimiz:「Clockwork Girl」でどのくらいのものが出てくるかにもよりますね。例えばPVのクオリティを1時間近くにわたって維持した凄まじいフィルムを毎回やるのだとしたら、1年に1本は難しいかもしれません。
ab:製作委員会にシャフトとアニプレックスの2社しかクレジットされておらず、しかもシャフトが筆頭というのは相当な覚悟を感じますが、梅津監督のやりたいことを存分にやらせるためものだと思うので応援したいです。採算が取れるのかは気になりますが、Netflixや海外の配給会社と連携して展開するのでしょうね。
mochimiz:先に述べたように梅津監督はとにかく海外人気が凄まじいので、きちんと完成させてマーケティングを上手くやれば、むしろ勝算の高いプロジェクトとなるかもしれません。
あにもに:現段階で海外展開はあるんですかね?
ab:アニプレックスが海外向けに日本では出していないステートメントを出していたりしていますね。特筆すべき内容でもありませんが。
あにもに:それでもステートメントを出していること自体が大事だと思いますね。
mochimiz:公開時期がいよいよ謎めいてきましたが、『まじかるすいーと プリズム・ナナ』の制作も一応は進行しているようです。今年も七夕の時期に例年通り『星空編』の再公開と新しいPVの公開があって、新キャラがフィーチャーされたりしていました。
あにもに:『プリズムナナ』は謎に包まれた企画で本当に分かりませんね……。『忍者と殺し屋のふたりぐらし』は来年なのでしょうか。
ab:これはそもそもテレビなのか、ウェブなのか気になりますね。潮月さん率いる静岡スタッフがやっている気がします。
あにもに:たしかに静岡スタッフが中心になっていそうな気もしますね。先に紹介したように静岡のイベントで『にんころ』の設定資料が展示されていましたし、「ほぼ週刊!!にんころ アニメ日記」で原作者のハンバーガーさんが静岡のスタジオに何度も訪れている様子が描かれてもいます。
ab:潮月さんが監督だったら面白いですね。〈物語〉シリーズ オフ&モンスターシーズンもまだ途中ですし、もちろん情報が出ていない企画だってたくさんあると思うので、来年もとにかく盛りだくさんになりそうです。
mochimiz:こうやって振り返ってみてしみじみ分かるのですが、今年は本当にシャフトオタクとして幸福な1年でした。つい先日『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編] 叛逆の物語』(2013年)のリバイバル上映もありましたよね。しかもパッケージ版ではなく劇場上映版で、それを契機に最近は10年以上前のことを色々と思い返しています。
あにもに:新宿のミッドナイトの回に一緒に行きましたね。 『叛逆の物語』なんていつでも見返しているのですが、あらためてスクリーンで観ると必ず新しい発見があって毎回初見のように楽しんでしまいます(笑)。
mochimiz:自分のアニメオタク人生は『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [前編]始まりの物語/[後編]永遠の物語』(2012年)に端を発すると言っても過言ではないので、『廻天』にはずっと期待しています。『廻天』がきちんと完成して、シャフトオタクとして十分に成熟した状態で鑑賞できることが、自分にとっての悲願です。
あにもに:来年はシャフト設立50周年です。そのような記念すべき年に『廻天』と『ヴァージン・パンク』を迎えられるのがファンとしても嬉しいです。本日はありがとうございました。
『もにラジ』の過去回は下記リンクにまとまっています。