* 「べらぼう」最終回 蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめばやし)に
主人公の蔦谷重三郎(横浜流星)が、本居宣長の著述を売り広めるために、
伊勢・松坂まで、訪ねていく~
場面が描かれていました。
史実では 当時
本居宣長は66歳 蔦谷重三郎は46歳
蔦谷重三郎は、出版の全国展開を目指し、本居宣長宅を訪ね
本居宣長の著作を「売り広めたいと 直談判をする」シーンでした。
Googleから~参考にしました。
この様なブログを書くことを、予定していなかった私は 大河ドラマ最終回に登場した
本居宣長に驚き 以前読んだ本を紹介したくなったのです。
* 2023年に読んだ本二冊です。

* 「古事記」には
言葉のもつ力を活かした場面があちこちに出てきます。
日本には古くから「口から出た言葉には感情を超えた神聖なものが宿る」という
言霊信仰があります。
・ 神話は人間の心の深層。
心の奥深くを非常に見事に伝えていて
たとえば試練を与えられて、旅に出て、その試練を乗り越えて、また戻ってくる
という、神話の世界の英雄には共通の性格があるのだそうです。
* 本居宣長
【うひ 山ぶみ】 現代語訳 濱田浩一郎氏
いわゆる「超訳」ではなく 原文忠実に訳しながらも わかりやすく
現代語に置き換えている。
2年前に読んだ この著書の中から・・・
メモを取ってあった文章を記します。
・ 大和魂は堅固になりにくい
言葉が巧みなことは文章に気品があるということではない。
・ 何事も自分のことのように考えよう 他人の身の上のことと、考えるのと、
自分のこととして想うのでは浅い 深いの差が現れてくる。
他人事なら、どれほど深く思っても、自分のことほどには、深く考えられない。
・ 古典を神聖視するなかれ
古代の歌にも枕詞や序詞などがあるのを見ても、そのことがわかる。
枕詞や序詞などは、心に思うことではない。
言葉の綾をなすための素材として設けたものではないか。
・ 人真似はしてはいけない。
・ 権威に屈してはいけない。
その作家の家柄・伝来には関わりなく 誰でも広く、良い歌を採用している。
藤原定家の教えにも「和歌に師匠なし」と あるではないか。
・ 不得意な学問分野があるからといって、落ち込むこともないですし、テストの
点数が悪いといって 教師や親に𠮟られても、本当は気にすることはないのです。
高校時代の私は、
暗記中心の授業や理科系分野の授業に嫌気がさしていました。
もちろん、私に理系の才能が無かったのが大きいのですが、学問をする喜びや
学問の奥深さに触れることのない
無味乾燥な授業は、苦痛以外の何物でもありませんでした。
・ 『うひ山ぶみ』の
「人それぞれに好き嫌いがあり、向き 不向きもある。好きでもないことや
不向きなことをやるのは、どんなに努力しても、その成果は少ない」との
文章に出会っていたら、どんなに救われたでしょう。
・ 親や教師が何と言おうが前述した宣長の言葉を胸にだいていれば、かなり心が
落ち着くのではないでしょうか。
* 今年の5月に図書館から借りてきた・・・
小林秀雄著書
本居宣長 上 下

* 「とにも かくにも人は もののあわれを知る、これ肝要なり・・・」
本居宣長72年の生涯は、終始古典文学味読のうちに
波瀾万丈の思想劇となって完結した。
伊勢松坂に温和な常識人として身を処し、古典作者との対話に人生の意味と
道 の学問を究めた宣長の人と思想は次代をこえて われわれを深い感動の
世界につつみこむ。
から 始まります。