以下の内容はhttps://modernclothes24music.hatenablog.com/entry/2025/09/16/035614より取得しました。


最近わたしの音の暮らしはこう 2025年夏 幽霊・オルタナ・ウィスパーボイス

気づけばずいぶんと音楽の話を書いていなかった当ブログです。そして気づいたら、夏が終わろうとしています。皆様いかがお過ごしでしょうか。

そんなわけで、ブログ筆者残響の最近のお気にいり音楽を並べていく恒例コーナー「最近わたしの音の暮らしはこう」です。

前回の(2025年4月、M3春前)

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坂本慎太郎ゆらゆら帝国


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この記事を書くためにyoutubeの視聴履歴をまた遡っていたら、ほぼ坂本慎太郎/ゆらゆら帝国ヒトリエばっかり聞いていましたね、この数か月。

前の記事でも書いたように、今私は坂本慎太郎の作るメロウな音世界にハマりこんでいます。

チル音楽、メロウ感の沼について - 残響の足りない部屋

そのハマり具合はもはや実家の味噌汁のように……いや、実家とするにはちょっと奇妙すぎる世界観ですが(笑)。しかし坂本氏の音が今の私の心持ちにすごいフィットする。

あるいは癒されているというか……それはダダ甘やかしではない。「まぁ君もそうなんだね」って感じで、隣に変な幽霊が居るみたいに思える。そうしていると、それまで自分が「アーッ」って感じで暴力的にブン投げてしまいそうな荒々しいイラつき心情を、より優しく相対化できていたりする。

それはとても有難いことです……しかし、でも隣に居るのはやっぱり変な幽霊なんだよなぁ……。なんで変な幽霊なんだよ、っていう。こらこら、しれっと刻んだたくあん食べるんじゃないよ……っていうか君、いつたくあん買ってきたんだよ……(私はたくあんが好きではないのでスーパーで買うことはない)。

 

それはそれとして、ゆらゆら帝国初期のこのサイケ・ガレージの轟音ロック、ビート感も素晴らしいです。留保なく。ほんとに凄いバンドが日本にはいたんだな、という感を今更ながら。


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ヒトリエ(wowaka氏/シノダ氏)

wowaka氏が居た頃のヒトリエの音の緊張さーーとくに曲自体に張りつめている、あの、ある種の「緊張さ」というのは何なのだろう、とたまに考えます。その緊張さこそがwowaka氏の作品のまぎれもないシグネチャーでありました。この独特の緊張さをバンドで表現するには、バンドメンバー:シノダ氏(ギター、コーラス)、イガラシ氏(ベース)、ゆーまお氏(ドラム)の三人が鍛錬に鍛錬を重ねて名プレイヤーとなり、音源でもライヴでも、ヒトリエサウンドを作る必要がありました。(しかし名プレイヤーであることを前提として求められるって、高いハードルですよ)

緊張さゆえに、wowaka氏の曲の魔術的な魅力はありました。バンドもwowaka氏自身も、それに耐えられていないということはなかった。そういう緊張さをも内包しどこまでもテンションが高くなっていくヒトリエの音の魅力っていうのは、邦ロックにおいてどれだけ影響力があったか…と今更ながら。ヒトリエが確信をもってライヴで放つ轟音ロック、ダンス要素も練りこんだロック。


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「トーキーダンス」ライヴの後半以降、バンドメンバー四人が中央に集まってお互いの息吹を聞きながら、動きを見ながら、バンドサウンドを炸裂させていくこの姿こそがロックのライヴの輝かしい姿だ、と思います。緊張があって初めて成り立つ音楽であり、wowaka氏の世界でした。

しかしヒトリエはそこで終わらない。なんと素晴らしいことに、wowaka氏はその緊張をすら解き放ち、さらに音楽的に次のステップへと進みます。私は「リトルクライベイビー」にその新しい風の吹き抜けを感じます。


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そしてアルバム「HOWLS」では、より開けていった音楽性、世界観に加え、そこにさらにシグネチャーたる「緊張さ」さえ織り込み、ツインギターワークの超絶技巧も当然として、ダンス一辺倒だけでない深みと重みあるリズムアレンジすら盛り込む轟音を放つ、という離れ業を繰り出します。私は「コヨーテエンゴースト」にその完成形を見ますが、


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とんでもないことに、アルバム「HOWLS」の魅力、wowaka氏がこれから進んでいく音世界は、これだけじゃない、ということです。様々な音楽性、音楽可能性がこのアルバムにはありました。

 

……だからこそ、wowaka氏の逝去は、早すぎた。

 

wowaka氏の進化を止めない音世界がこの先どれだけのものを繰り出してくるのか……という可能性は、もう実際には聞けない「仮定」となってしまいました。wowaka氏の作品はもっともっと凄いことになるはずだ、という確信を、ヒトリエの過去作を聞いてつくづく思うがゆえに。

 

さて、シノダ氏がギターボーカルとなり、スリーピースバンドとなったヒトリエのことです。

wowaka氏の音世界の緊張さは、wowaka氏があってこその緊張でした。それとまったく同じものは現体制のヒトリエにはありませんし、何より「模倣者」を何より嫌ったのがwowaka氏だということがあります。この「模倣者を嫌う」という心理は「アンノウン・マザーグース」はじめ、いろいろな所で垣間見えます。同時に、「俺らが模倣者になってどうする!」という屈託した心情は、現体制のヒトリエの(シノダ氏が紡ぐ)歌詞の至るところに存在します。

で、私は今のヒトリエを、こっちはこっちで凄く愛好しているのですね。それはシグネチャーとしてのあの緊張さとは別のところで。

流麗な轟音サウンドや、音世界の耽美性、大切な人との別れを経ての屈託した心情を歌う「野郎オルタナ」として独自の個性を持ったロックバンドサウンドを鳴らしているから、現体制のヒトリエを愛好しています。流麗でありながらなんかゴツゴツしていて……ポップミュージックとして充分に機能しながらも、妙なゴツゴツ感、屈託がある。


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また、ライヴではwowaka氏の過去曲をスリーピースバンドとしてリアレンジして気迫をもって鳴らしながらも(ギターが1本無くなったというのですからやはり痛く、しかしヒトリエのバンドアレンジはそれでも前に進む!)、新曲でもゴリっとした質感の轟音ロックでもってオルタナ的に盛り上げ、流麗な耽美的世界観でもってファンを酔わせます。

このブログでは最近好きな音はチルいだのメロウだのという話を最近よくしています。でもヒトリエに関しては、チルになったとか、バンドサウンドが弱くなったみたいな感覚は持っていないです。メロウさ……シノダ氏の野郎臭い流麗なメロウさや、イガラシ氏の書く曲のメロディの美しさ、ゆーまお氏の書く曲の優しいポップさ、といったヒトリエの轟音だけじゃない多面的な魅力も私は愛好しています。


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緊張さを常に孕んだwowaka氏のサウンドを、この3人のヒトリエはどう受け継ぎ、どう解釈し、どう自分たちの新曲を作っていくのか、というのに私は興味があります。wowaka氏の模倣でなく、しかしwowaka氏の影響を脱しきるのでもなく。wowaka氏を愛したこの三人が、今も彼を考え続けながら、影響を受けながら、自分たちの新しい作品を作る。それは枷ではない……今となっては、もはや枷ではないはずです。

wowaka氏の影響を受けないようにする……というのは違う。誰よりもwowaka氏の隣にいたバンドメンバーたちです。それを否定するのはバンドを否定することです。ならば、彼ら自身がwowaka氏の影響というのは何なのだろう、ということを消化して考えつづけていくことこそが、バンドの人生であり、音楽家としての三人の人生なのでしょう。そして、流麗で時に耽美な「野郎オルタナ」として結実させた今のヒトリエを、私は心配していませんし、とても愛好しています。

 

初星学園(篠澤広)「サンフェーデッド」


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「学園アイドルマスター」というゲームのキャラソンなのですが、凄いですねぇ、あの時代(だいたい2000年代)のオルタナティヴ・ロックバンドサウンドを再現するというコンセプト。youtubeコメント欄も「存在しない記憶(集団幻覚)」の嵐ですよ。

楽曲は長谷川白紙氏によるものです。流石です。歪みきったドラムとオルタナ的なギター。もっとも、ドラムの壊れっぷりはむしろカリカチュア(戯画的)というか。2000年代によくあったオルタナサウンドの忠実な再現というよりは、サウンドをある程度強調して音風景をサァーッと描き出すカリカチュアとしてオルタナを再現した感じでしょうか(パロディとは言わない)。

そう…オルタナのパロディとは言わない。むしろ私はこのか細いボーカルを轟音に乗せているのにとても興味を持っていまして。もちろんオルタナ女性voのシグネチャーとしてウィスパーボイスがあります(マイブラとかね)。ただ、この篠澤広さんによるボーカル、ウィスパーどころの話ではないですよ。か細すぎる。それはオルタナカリカチュアというより以前に、「録音技術による音源」として私には興味深く映ります。

あ、「録音技術による」と書きましたが、私はそれを否定的には思っていません。アイドル的なフェイクだろ?という意味も持たせていません。皮肉じゃない。本当に普通に「録音、とくにミックス技術があって初めて成立する音源としての表現」と思っています。

こんなにか細い声と轟音の兼ね合いって、普通は成り立たない。単純に、音量的に。それを成り立たせているのはミックス技術です。そして「こういうやかましい音像とか細いボーカルだからこそ描ける世界」というのが確かにあります。

アイドルマスター関連でいうと、アイドルマスターシャイニーカラーズの杜野凛世さん(もりの・りんぜ 放課後クライマックスガールズ)っているじゃないですか。あの声も相当か細いです。それなのにこういうやかましい曲でそのか細い声が「味わい、魅力」として成り立っています。(青い髪の人です)


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それからプロセカ(プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク)の
ニーゴ(25時、ナイトコードで。)の「D/N/A」で顕著なのですが、宵崎奏の低音ウィスパーボイスが楽曲でドキっとさせる配置をしています。


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ウィスパーボイスが「届く」というか。やかましい楽曲の中でも「届かせる」ミックスをしています。そういう「録音技術による音源」が私には興味深く思えるのです。要するにはミスマッチの妙ということなのでしょうが。本来音量的に届くはずのない声が届いて、その轟音の中の静謐に魅了されてしまう、という。ちょっと夢幻的ですね。そういう事例にここのところで連続して触れてきたので、本記事で書いてみました。

 

もうそろそろ秋です。皆さん、今年の夏は大変でした。なんか最近、豪雨も凄いですが……。お気をつけください。それではまた~。




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