あけましておめでとうございます。
今年のシマーネ農業王国(管理人残響の住んでいる所)は、のっけから地震がありました。何か被害があったわけではありませんが、嫌な揺れでした……。
そして今年の抱負は「健康第一(創作第二)」と年末あたりから定めていたのですが、年を明けたら疲れていたのか、早速風邪気味になったり、心身不調になったりと、のっけから抱負をブッちぎっております。早すぎない?
そんなわけで今年は無理をせず、本当に健康第一でやっていきたいと思います。熱に浮かされてバーストし、すぐダウンするような生き方をしばらく遠ざけたいと考えています。40歳、中年にして、ようやく普通の考えが出来るようになったのでしょうか(実際に「行動」出来るとは言ってない)。
さてさて、当日記ブログ「残響の足りない部屋」では、毎年の年明けに「去年良く聞いていた音楽」を列記して、ブログ書き始めとしています。今年も行いますし、選考基準も例年と同じく
「発売年度を考慮せず、【自分が去年良く聞いていた】という縛り」
で書いています。
ですが、記事の文体というか、文章の流れを前回までの「音源紹介&それに対する短文感想」というのから、少し変えていきたいと思います。
ここ最近の私は「随筆(エッセイ)」を書くという意識でいまして。もう分析批評はしばらくいいや、という気持ちです。実のある言葉を紡いでいきたい。実際に出来るかどうかはともかくとして……(健康と同じですね)。
modernclothes24music.hatenablog.com
総評(というか):チル系・メロウ感への接近
そんなわけで去年2025年に良く聞いた音楽なのですが、総じて「チル系・メロウ感」さに寄った一年だったと思います。私がこのブログでよく出している「チル系・メロウ感」のある音楽、ますますこの一年でハマった感があります。
この「チル・メロウ」の反対は、私は「性急ビート感」と捉えています。ロックにしろテクノにしろゲーム音楽にしろ、激しさを性急なビートに乗せるタイプの音楽。それを「ビート感」ある音楽、と私は思っていて、ようは「アガる感じでノレる音楽」ということです。当たり前のことを書いていますが、今の私にとってこのふたつの区分は結構重要なのです。そして、2025年の私のモードでありムードは「チル系・メロウ感」だった、と。
歳をとったのでしょうか。そりゃあまぁ間違いない。40歳です。同時に、疲れていることも確かです。本当にこの一年ちょっとは疲れた……。新しい生活というか、仕事の代表になって、いろんなことがありました。幸い、こうやってなんとか年を越せて、これからも頑張っていきましょう……ということになっていますが、疲れるは疲れます。
そんな私を慰撫してくれたのでしょう。本当にそうなんでしょう。ここに挙げた音楽には、私は本当に助かりました。一日仕事を終えて、これらのチルやメロウの音に浸っていると、凄く落ち着く。ちょっと居酒屋・スナック的だな、と思うところもあるけど、私もそういうのが分かるようなお年頃になってきたのでしょうか。
でも、これチルやメロウへの興味接近は、前のLo-Fi HiphopやVaporWaveからの流れなんですよ。私の中ではそのような位置づけです。音世界に「浸る」聞き方。
それまで私はビート感の音楽に対し、シリアスに対峙することで楽曲の「意味」をきちんと捉えて解釈しよう、という聞き方をしていました。それは凄く大事な聞き方だったと思います。でも、今の私にはちょっと「重すぎる」聞き方でした。この「シリアス・意味解釈」聞き方オンリーでは、しんどすぎる。
チルやメロウ感のある音楽を聴く時、私はシリアスに構えてもいないですし、音楽世界や人生の「意味」を一つに固定してもいません。ぼんやり音に浸って、ぼんやり今までのことを思って、少し楽になる。温泉みたいですね。うん、それはとても私にとって良いんです。
堕落。そうかもしれません。でも、私はこの堕落した音の聞き方に、「飽きて」はいないんです。むしろ、今までこんなにチル・メロウの世界を見過ごして(聞き逃して)いたのか!という、きょとんとした驚きの方が大きい。だって、性急ビート感ある音楽だけが世の音楽のすべてじゃないんですからねぇ。
Khruangbin:世界中の音楽(レコード)をあつめて
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そんなわけでクルアンビンですが、まぁこの秋からこのかた、このバンドを良く聞いています。ロックの音というよりは、R&B、ソウル、ファンクで、ギター、ベース、ドラムのシンプルなスリーピースの音作りなんでしょう。ただし、アジアや中近東やアフリカのスパイスが凄い効いている。しかも「ワーッ、スパイシー~っ、辛い~っ!」って感じじゃなくて、「メロウなビートの中に織り込まれたワールド音楽のスパイスが、総合的に絶妙にマッチしていて気持ち良い……」という聞き心地の良さなんです。そう書けばスパイスを用いた高級菓子のような感じすらしていますが、まぁ間違ってはいないな。
ふと、クルアンビンって、ロック文脈……それも上記「性急ビート感」の視点からしたら、どうなのでしょう。ひょっとしたら「スパイスはわかるけど、ちょっと退屈」みたいに聞こえてしまうかもしれない。私も、チル・メロウに今ハマっているから「クルアンビン凄い良い……音源もライヴも良い……」ってなってるけど、以前の、まだ「性急ビート感」のリスナーだった頃の記憶を思い出すと、ちょっとクルアンビンにピンと来てなかった。確か数年前かなぁ。クルアンビンの名が聞こえ始めてきた時だから。
まぁそれはともかく、今の私の日常にクルアンビンが居てくれることはとても良いです。なんというか、今まで私は雑食的にレコードを漁り、買い集めてきました。そういう自分のリスナーとしての態度を、このバンドは凄く肯定してくれているような気がするんです。このバンドは世界中のレコードを買い集め、音を収集しまくって、自分たちの音を作り上げるバンドです。ジャンルレスというよりも、ジャンルを自覚的に越境し、混ぜ混ぜしている。そういう世界へのまなざし、態度っていうのが凄い好きですね。私もそうありたいと思うから。
guitarmagazine.jp
↑ クルアンビンのギター、マーク・スピアーが「ギター・マガジン」に連載していた世界各地の音盤コラム。チョイスが凄い変で個性的で最高過ぎます。
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チル、メロウ系ということでさらに話を進めていきますが、私の場合そこにさらに大事にしたい要素として「浮遊感」っていうのがございまして。ビートが疾走するにせよしないにせよ、音像が「地べたにずっと居る」よりも、なんかどっかふわふわ浮遊していてほしいという気持ちがあります。そういう浮遊感を私は音楽でことのほか大事にしていまして……。
そこでtoeなんですけど、今、10年以上前のいわゆる「ポストロック」というムーヴメントを思い返すに、toeみたいな「浮遊感」の音のバンドってことにフォーカス絞ると、それは今思うとtoe以外ほとんど居なかったんじゃないか……って思ったのです。
もちろん彼らはポストロックとかマスロックとかの潮流を作ったバンドですし、toeのような繊細なアンサンブルを追及したバンドも多くいます。ただ、toe的な「浮遊感」、この点だけは他のバンドが再現出来なかったというか、再現しようにも出来ないバンドマジックというか……。もちろんギター・美濃氏がレコーディングエンジニアだから、って話もあるんですけど、それだけじゃなないはずです。toeは「コンピュータで作った音源をステージで再現する」バンドではなく、バンドとしてステージで合わせグルーヴを発生させる「バンド表現ありき」の音楽なのがtoeなんですから。この、妙に空中に浮いているかのような、虚空に漂っているような。
去年はチル、メロウにハマるにつれ、以前より愛好していたtoeですが、もっともっとtoeの音が私にとって大事になってきました。国技館でのライヴも配信で見ましたが、いや、良かったですね……。
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haruka nakamura、おいし水(月刊湿地帯):鍵盤音楽の日常性
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さて、「静音系」というジャンルがあるのかどうかわからないけれども、確かにそういう「静かな」音の音楽というのはあります。
去年、ふとした時のBGMとしてharuka nakamura氏のミュート・ピアノのソロ作品「スティル・ライフ(1、2)」や、サークル・月刊湿地帯のおいし水氏によるピアノ&エレピ曲をよくかけました。
toudai.harukanakamura.com
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BGMとして……しかしこの二者の音楽は、活動しているシーンこそ異なるものの、「静音系」ということでは共通するような、沈み込むような内省感がある。その中でも、haruka nakamura氏は日常の中の光の静けさに心打たれるようで、おいし水氏は日常の中の奇妙さや孤独さ、そのそばにある静けさが音に沁み込んでいる、という音像や静けさの違いはある。
あるいは、音楽を通して少しでも日常性を手元に手繰り寄せたいというか、日常を肯定してみたいというこころみというか……。それも、独りで。この二者の音楽はどうしようもなく孤独が滲んでいる。
そういう、騒がしくなくて内省的で、ピアノ単音なだけに余白たっぷりで……。それだけにそのノイズ交じりのピアノの音を聞いていると、私の心の中で何かが「立ち上がってくる」。この感覚が好きだ。それは私が以前からLo-Fi Hiphopを夜中聞き続けているときと同じ感覚だ。
こうして私は何を思っているのだろう。物語か、風景か。人とのふれあいへの希求なのか。あるいは、かすれた記憶を今更思い出しているのか。断片的な夢想が彼方に過ぎていく。それは、悪い心地じゃない。
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ノスタルジー。これは私解釈のチルやメロウ、Lo-Fi的な世界観にとって、欠くべからざるファクタであります。しかし、その対象範囲が「平成」にまで及ぶようになるとわねw
この曲ですが、MVも相まってそんな「平成ノスタルジア」の甘い感じがします。ちょいと昔の平成に近過去トリップ。一応昭和生まれ(昭和60年=1985年)の私としては、平成というのが懐古の対象になるというのに「ええっ」と思っちゃったりするわけですが、しかしそうであっても、こういう射程で捉えないと「あの時期のあの風景」は言い表せないんですよ。それが「過去になった」ってことなんでしょうね。
しかし甘い……何か心がくすぐられます。ノイズ交じりに。この曲には諦念があります。晩夏の寂しさのもと、表情に泣き笑いを浮かべながら。私はそういうのが好きです。
ノスタルジーとエモーションのかけら〈萌芽)は、どこか特別な場所にだけあるのではなく、本当どこにでも存在している、ということです。あるいは、ジャンクの中にも、平凡な生活の中にも、私たちはノスタルジーとエモーションを見出してしまう度し難さを持ち合わせています。特筆すべきものがないコンクリート空間でも、電脳時代が普及しきって夢も遠くなった平成時代であっても。小さなところにノスタルジーの甘さはある。それはただ忘れられてるだけなんだ。
見る目と、「覚えていよう」という自分自身との約束さえあれば……。
ヒトリエ(wowaka/シノダ)
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今回取り上げる音楽家/バンドの並びで、唯一「性急ビート」感が相当あるというか、オルタナティブロックミュージック。
去年からようやく愛好するようになりましたヒトリエ。私はwowaka氏という才能を、リアルタイムで知っていたものの、愛好するようになったのが2025年です。それまではピンときていなかった。ほとんど「わからなかった」ってぐらいピンときてなかった。私のアンテナなんてそんなものです。
メロディのシグネチャー。楽曲に張り詰めた緊張感。バンド全体の技量。そしてキャッチーさが迸っています。ヒトリエ、あの4人はなんというバンドだったのだろうかと。
wowaka氏という張り詰めたテンションの詩人は何かを性急に追っていました。追いかけるには自分も速くならなくちゃいけないと、どんどん速くなって。アルバム「HOWLS」で、様々な音楽エレメントを融合させ、新しい風景をつかんで、さぁこの先この可能性が花開いていく……!そうした矢先にwowake氏は逝去しました。
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残されたヒトリエの3人は、wowaka氏と同じものを追い続けようとはしませんでした。同じものを追っては、wowake氏が憎んだ模倣者(ドッペル)になる。wowaka氏になろうとせずに、wowaka氏以上のスピードで走るまま、独自のスリーピースバンドになろうとします。そして実際に成ったわけです。
wowaka氏から受けた影響を自分自身そのものとし、体に刻み、技(スキル)とし、そして三人はシノダ氏(ギター、ボーカル)を中心として三人それぞれが曲を書く。それをバンドサウンドで鳴らす。
シノダ氏はwowaka氏の模倣として歌わないし、詩を書かない。シノダ氏自身の見た詩世界を歌う。でもシノダ氏の見る世界は、wowaka氏のいない世界なのだ。今のヒトリエは、その哀感を痛切に楽曲に封じ込め続けている。彼の別離と不在に囚われることを、自ら選んだとも言えなくもない。その痛ましさが現在のヒトリエの「野郎オルタナ」の耽美としてある。その音を鳴らしているのは、今この世でヒトリエしかいないのだ。その生き方に誰が何を言えるだろう。ライヴで堂々と爆音と耽美を放つ今のスリーピースのヒトリエ。私はこのバンドを見続けていたい。
これは音楽ファンとしての放言にすぎないけれど、このスリーピースのヒトリエは、もしかしたら「HOWLS」以降のように音楽的可能性が花開くことは十分以上にあり過ぎるとも思っている。アルバム「Friend Chord」ラストの曲「ブルースプリングパンク」が私は本当に好きで、この曲の空駆ける響きが今も耳に残っている。シノダ氏、イガラシ氏、ゆーまお氏には、もっともっと自由に音で空を舞っていてほしいと願うから。
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何しろめっちゃ楽しみにしているのです。新譜「ヤッホー」を。とにかく去年からゆらゆら帝国を遡る形で、坂本慎太郎氏の音楽にハマりこみました。それも私は「今の」坂本氏の音に興味が凄くあるのです。とぼけたユーモア。乾いたリズムにどろっとしたオバケ世界を載せるかのような独特のあの曲。一度それにハマるともう抜け出せない。私も分かってしまいましたよ坂本ワールドが……!
酷い皮肉や風刺も、いつもクスッと笑ってしまうとぼけたユーモアでお出しされますから、いやもうたまんねぇなとなります。そして音も、現在世界各地で鳴らされている「ヴィンテージ・ソウル」ムーヴメントと共振……というか、そもそもこのムーヴメントが起こる前から坂本氏は氏独自の「この手の音」を演り続けていたのですから凄い話です。
ところで私自身の音楽生活ですが、こうしてチルとかメロウとかって言ってて気づきましたが、ロック(性急ビート感)よりもR&Bやソウル、一部のファンクに音楽嗜好が接近していっていますね。Zazen boys=向井秀徳の音に対する興味もそうです。これが中年になるってことなのでしょうか? それにしては「今まで見過ごしていた音の発見」という驚きが大きいのはどういうことでしょう。激しいビートでノることの探求は少なくなりました。でもこっち……チル、メロウを一度覚えてしまって、その世界観の圧倒的広さ&深さに!沼の可能性に!私は驚いているのです。
その驚きですが、今の私にとって坂本慎太郎氏や向井秀徳氏は完全にチル・メロウのアイコンなんですね。ここから私はR&B、ソウル、ファンクを掘っていかねばならない……。スライ・ストーンやプリンス……。さらにクルアンビンを聴きながら、世界各国の民族音楽とミックスする形で発展してきたR&Bやファンクも……。
私は何をしていたのだ!? ロックに重きを置きすぎて、R&Bやソウルを聞かなすぎていた! そしてお間抜けなことに、私はジャズのチル&メロウ側面だって聞き逃していた可能性大なのですよ! ジャズも聞き逃していたというのか!! そしてピアノ……室内楽、ピアノソナタ!クラシックもかよ! そしてスライから続く宅録ドラムマシン音楽は、いずれテクノに繋がり……静音系テクノ……エレクトロニカ……!! そしてフォーク音楽も聞き逃せないことになってくる……!!
なんということだ、音楽に退屈している? まさか。これほどの沼の、圧倒的な広がりにおののいております。今私は、足を踏み入れたばかりだというのですか。全世界・全ジャンル・全時代の音楽を聴く旅、凄いことになってまいりました。Lo-Fi Hiphopからここまで来るとは……。この先がどうなってくるか、まだちょっと現時点ではわかりません(何しろ、R&Bの古典、基本からしてあんまわかっていない私なのです)。しかし、こりゃあ楽しみなことですね……!
そんなわけで、今年もよろしくお願い致します。