
約半日の時間差で娘と妻を襲った悲劇😢😢。遡る事3日前の3月20日、春分の日。早朝、トイレで娘が吐いております。妻が心配して様子を見守っております。娘はひとしきり吐いたので落ち着きを取り戻したようです。
妻と朝食を摂り、妻が娘の様子を見行くと経口補水液OS-1を買って来て欲しいと言います。朝9時の開店を待って近所のドラッグストアへ。2~3本買おうかと思いましたが、6本パックが積まれていたので、ついそちらを購入。(この判断がまさか・・・妻もOS-1のお世話になるとは。)
娘は熱も少しあり風邪による胃腸炎なのかなと思っておりますと、昼食を終え午後の3時を過ぎる頃になると妻が調子が悪いと言い、布団を敷いて休みます。そして、娘とは比べ物にならない吐き気に襲われ続け始めます。夕方から始まった妻の嘔吐は翌朝まで続きました。私は背中をさすってあげるくらいしかできません。これは、今、流行っている胃腸炎かもしれない?私まで感染しては我が家は全滅となるので1階で寝る事といたしましたが、妻の苦しむ声が聞こえるたびに2階へ階段を駆け上がります。(翌日、私の下半身はとんでもない筋肉痛となってしまいました。今も痛いです😢)
21日の朝となり、妻の様子はかなり落ち着いてきました。こんな日に、私は難聴の通院予定。副鼻腔炎による耳管狭窄が疑われ、投薬で治療を続け9日ぶりの診察。診察前の聴力検査で看護師さんから、聴力が改善してますよと言われます。先生の診察も左耳の聴力は改善していると仰っていただきました。薬の量を減らし継続して治療を続ける事となり、次回の診察は4月中旬。10時の予約でしたが、早めに病院に着いたことが良かったのか、10時には会計迄終えることが出来ました。
帰宅後、妻が掛かりつけの医院に行きたいと言うので、車に乗せて掛かりつけの内科へ。前日が祝日でしたが、病院は空いており、直ぐに診察をして頂けました。やはり、今、流行っている胃腸炎との診断です。4日分の吐き気止めの薬と、整腸剤を処方して頂きました。帰宅後、娘の様子を見るとプリンを食べられるようになっています。近所の薬局へ自分の難聴の薬、妻の胃腸炎の薬をもらいに行くと、こちらは結構、混雑。と言う事で、近所のドラッグストアで今後の妻と娘のために、レトルトのお粥や冷凍うどん、ウィダーインゼリーを購入してから再度薬局に戻り、薬をもらい帰宅です。すでに、何を食べたか忘れてしまいましたが、自分の昼食を摂りつつ、洗濯を始めます。
そして21日の午後から、私の主夫が始まります💦💦。妻は未だ何も食べられないので経口補水液や水を飲むばかりですが、娘は昼食としてお粥を食べられるとのことなので、レトルトのお粥を温めます。おかずは、オカカで良いと言うのでお粥が入ったお椀の横に、オカカとお醤油をお盆に乗せて娘に渡します。
夕食はどうしよう?随分と落ち着いてきた妻からは、買い込んでいた食材の消費期限が次々と来てしまうので、先ずは鍋を作ったらと言われます。ホタテ、鶏肉、タラに野菜やキノコを鍋に入れるだけ😊。味付けは鍋の素があるので微調整で、めんつゆ、塩、砂糖、みりんを適当にいれます。娘もお粥のおかずとして鍋を食べてくれました。
幸い、私はウィルスに対しては相当耐性があるのか、インフルエンザにも罹りませんし、妻や娘の看病をしても胃腸炎は感染しません。しかし、自分の食事の準備はもとより、妻と娘の世話でブログを書いている暇はありません😢。
22日の土曜日からは、いよいよ主夫として働き始めます!朝、昼、晩、それぞれ食べられるものが異なる妻と娘の食事の世話、洗濯、風呂掃除、食器洗い、買い物と妻の仕事を全てまかなわなければなりません。母親の介護で多少の事は出来ると思いましたが、全ての家事をするには経験値が足りません。何がどこにあるのか?調理器具のありかに始まり、食材や調味料と場所が分かるものありますが、場所が分からないものの方が多すぎます😲。その都度、休んでいる妻に聞きながらの作業、今まで妻に世話をしてもらっていた日常をこの時ほどありがたいと感じた事はありません。
野鳥を観察に行く余裕など微塵もない日々が続いています(当たり前ですが)。病人二人、回復し始めており、娘は昨晩からご飯を食べられるようになり、妻もお粥に加えて消化の良いスープや惣菜を食べさせないとなりません。朝食は果物とサラダ程度なので何とかなりますが、昼食と夕食の献立と言う最高難度の仕事を目前に、妻と相談しながら・・・。やはりコンビニのお惣菜に助けてもらいながら頑張るしかなさそうです。
