ベンヤミンが『ドイツ哀悼劇の根源』という教授資格論文を書いているときに、カプリ島で出会ったアーシャ・ラティスに恋をして、そこから学んだ思考法が、その後のベンヤミンの考え方に強い影響を与えた、ということは、柿木さんの新書でも書かれていたので、もはや確かなことだろう。スーザン・バック=モースの本の第一章の2でも、そのへんのことが書かれている。このブログは、そのあたりのことをまとめる。
アーシャ・ラティスは、党の活動家で、子どもたちにイデオロギーを教える役割を担っていたが、その仕方について、ベンヤミンは深く学んだようだ。要するに、こうだ、と教条的に教えるのではなく、動きや配置を通じて、その思考を形作っていくというやり方で、それが事物の「布置」から思考が組み上げられていくというベンヤミンの発想につながった、ということはバック=モースも、野村さんも、柿木さんもそれっぽいことを言っている。
思考も具体的な言説の「布置」によって一つの直観に至るはずというのがベンヤミンがカプリ島生活で得た天啓だったのではないか。そんなにうまくいくかいな、と思うけれども、ロシア構成主義的モンタージュとかポスターのコラージュ表現というのは、そういうイメージだっただろう。単純な理解かも知れないが。
事物の「布置」だけで、直観に到れるんですか、という疑問に対してベンヤミンが提示するのはモノの中に言語が潜在的にあって、それが「翻訳」によって知覚されるはず、という不思議な言語論のようだ。難しいものを簡単にとかじゃなく、他のコードを自のコードにというのでもなく、有るものの「布置」の中から無いはずのものが翻訳を通じて生み出される、みたいな感じか。例えば、いろんな石の欠片を組み合わせていったら、別々の欠片なのに、一つの石器が復元される、みたいなイメージだろう。
事物は「無言」だ。だがその表出的(ベンヤミンに言わせると「言語的」)潜在性は、それを名づけ、その潜在性を人間の言語へと翻訳し、事物自らに語らせる注意深い哲学者には読み取ることができる
わからないけど、この組み合わせの自由さ、は哲学的テクストの最初から順に読んでいかきゃわからないみたいな硬直性とは別に、『一方通行路』のような「多孔質」な雰囲気をもつテクストへと変換される。そのへんは柿木さんの本に、それとなく描いてあって、
このエッセイ(「ナポリ」)のなかで二人は、南国の街の生活空間の構成に、アルプス山脈の北に見られるのとはまったく対照的な「多孔質」を見て取っている。
この岩山のように、建築も多孔的である。中庭、アーケード、さらには階段で、行動が建築を造り、建物が行動を生む。あらゆるもののなかに遊動空間が確保されていて、それによってすべては、予想もつかない、新たな布置の舞台となりうる
『パサージュ論』もこうした布置による思考の遊動性の刺激を持っている書物だと思うが、それは一般にパリ旅行してから、アーケードの迷宮をみて構想されてものだと、小生などは理解してきた。でも、もうちょっと早い認識のきっかけがあったんだということを今更理解したのである。「布置」、とは、そういう意味合いなんだと思うけれども、直観がなかなか降りてこない小生は、どうしたものだろう。でも、新たにできている小学校などでも、教室の配置とかが、そういう遊動的な空間をつけているところも多いから、配置、行動、思考というのは身体というものを介して練り上げられていくものかも知れない。
(これは『ベンヤミンとパッサージュ論』の第一章2あたりをまとめています。)
(仕事の話はないですね。休日だから)