2026年2月22日(日)14:00公演
新国立劇場中劇場
新国立劇場オペラストウディオ2026春公演
オットー・ニコライ作曲
ウィンザーの陽気な女房たち

お世話になっております。
三島です。
この日は久しぶりの新国立劇場中劇場、そして久しぶりの研修所公演に行って参りました。今は新国立劇場オペラストゥディオって名前ですね。ヨコモジカッコイイ。
三連休中なのにフル稼働できない我が国のオペラハウス。フル稼働するには歌手が必要で歌手を集めるためにはお金が必要です。黒字といえどまだまだ課題の多い劇場ですがみんなで頑張りましょう。
オットー・ニコライさん作曲の『ウィンザーの陽気な女房たち』はジュゼッペ・ヴェルディさんの『ファルスタッフ』と題材は同じ(シェイクスピア原作)ですが音楽と共に軽快に話を展開させるヴェルディさんのそれとは異なり一つの場面をじっくり描く芝居重視の作品といった印象があります。
新国立劇場の研修生の皆さまはどのようにみせてくれるのでしょうか。
それでは感想です。
全体的な仕上がりの話
コメディ部分を強調するような小芝居お芝居が盛りだくさんでオペラであることを忘れずにでもお芝居面をストレートプレイ並みに押し出しそうと頑張っている姿勢は伝わった。しかしただ頑張っている姿勢が伝わるに過ぎない。申し訳ないけれど文化祭の出し物感が拭えない公演になっていたしもしかしたら体育祭だったのかもしれない。
場面が長ければ長いほど舞台に張りがなくなる。一生懸命を応援する気持ちはあるけれど同時に一生応援しなければいけないのかと不安になった。特に第1部のファルスタッフとフルート(変装)の場面はフルートが独白と会話の使い分けができていないことや二人の歌い方が一本調子なこともあってただただ長く終わりがこないのかもしれないと思った。
フルート夫人とライヒ夫人の場面は歌唱自体は気になるものの自分たちの感情をおもてに出すことはできている(何がしたいのか何をするのかがわかる)し若いカップル(フェントン&アンナ)の場面は会話と歌が両立できているように見えたので良かった。舞台上の空気が動いていた数少ない場面である。
その他の場面、特に男性歌手が多ければ多いほど舞台上が停滞するような印象。小芝居がわちゃわちゃしすぎて全体像が掴めない。また物語を先導するような役がいないので舞台上が余計に動かない。物理的に動き回るのに対して物語が進まない話自体の面白さが全く伝わらない仕上がりでした。
ベルカント商法の皆さん、ここですよ
ベルカント作品ではない。ドイツ語で歌いドイツ語の台詞も多い。よく頑張ったとは思うけれど歌唱部分も気になるところが多かった。
フルート夫人(有吉琴美)は低音が地声のようになっていて中音域との差が大きい。胸声に落とすことを恐れないのは良いけれど声質が大きく変わってしまうことによる聞きにくさがあった。高音も勢いで出している様子で開いていない母音と力技の声、そして何故か全部の音符が跳ねていてレガートラインとやらが行方不明になっていた。ドイツ語が負担だったのではないかな。
アンナ(谷菜々子)はザ・日本人ソプラノといったところです。軽い声と明るい響きを十分に使っており唯一完成度の高い人だった。本人のお持ちの声によくあっている役だし出番も少なめなので他女性陣と比較するものは微妙だが整っていたことは事実。
フェントン(矢澤遼)は2024年夏のコンサートで聞いたときよりもとても上手になっていた。お持ちの声は相当良いものですが声の重心が下がったことにより安定感が増している。しかし第2部では第1部の母音の響きはどこにいったのかお伺いしたくなるくらい仕上がりが下がる。でも前回より良いものを聞かせてくれたのは純粋に嬉しい。
他男性陣は矢澤同様お持ちの声は良いのですが言葉に必須で響きが前に落ちている印象を受けた。声が後ろに回らないので口からそのまま急速落下です。前で言葉を捌きつつ後ろで響きを維持するような歌唱をしてほしい。配役が多いということで助演にて研修所修了生たちが参加されておりましたが現役生と歌唱も芝居も変わらないのは驚いた。
ここで立ち返るわけですよ。ベルカント商法唱法とやらに。粒の揃った自然に出てくる声とそのまま耳に届く響き。これらが如何に大事なのかを思い出した。この公演に足りないものはベルカント唱法です。
小芝居とドイツ語に押されて美しく歌うことを忘れたな。作品のせいにするのは良くないけれどベルカント寄りな作品を選んであげれば素直な歌い方で喉の負担も少なく良い歌唱ができたのではないでしょうか。そして全体的な完成度が上がったのではないでしょうか。
一度ベルカントに戻りましょう。ベルカント商法の皆さんにはぜひ新国立劇場オペラ研修所で商売をしていただきたい。売り込むならここです。
若い人を育てよう
オペラ研修所や大学生の公演は歌手そのものよりその後ろにいる先生方の発表会のような部分が大きいですよね。
まず今回から『終了公演』から『春公演』に名前を改めて入所時期(つまり学年)を問わず挑戦できるようにそして修了時期だから優遇されることがないようにしたらしい(プログラムより)。厳しめの配役事情になっているのでしょうか。
方針は理解するけれどじゃあ修了間際の人たちが大きい役を歌いこなせるように育ててあげればいいじゃんと思います。そんな上手に育たないし他力本願はいけないけれど、育てることがこの場所の役目であり仕事なのではないでしょうか。「プロの世界は甘くない!」と仰るのはよろしいですがそれならば公演までに叩き込んであげて。
つまりですよ、
この公演は演目の選択ミスだと思います。いろんなことやらせているのに中身がないし歌も聞いていて苦しい。舞台に立つ上での総合力的なものを鍛えてあげることはいいことですが全体的な仕上がりをきちんと見てください。彼らの背丈にあった作品でしたか?良いところを潰していませんか?もし先生方ではなく本人たちがこの作品を選んだのなら止めてあげてくださいね。

以上です。