2026年2月18日(水)19:00公演
新国立劇場 オペラパレス
ジュゼッペ・ヴェルディ作曲
リゴレット

お世話になっております。
三島です。
久しぶりに新国立劇場へ行きました。『ヴォツェック』『リゴレット』『エレクトラ』は今シーズンのおさえたい演目です。
そして待ちに待った中村恵理さんのご登場です。
新演出ではありませんが私は初めての観劇なので個人的新演出です。初台は相変わらず何もなくて一周回って好き。
それでは感想です。
(以下基本的に敬称略。)
暗い暗い
舞台装置は多くないものの抽象的になりすぎない微妙なラインを保っている。物語との乖離も少ないので違和感はあまりない。しかし物を置かずに空間を大きく使えるようにしているわりに歌手の立ち位置や動く範囲は狭く舞台上の空白が多すぎる。
ジルダが攫われる場面は部屋に侵入するのではなく舞台装置ごと誘拐するスタイルで斬新すぎて笑うところかと思った。新しい誘拐の仕方を教えてもらいました。しかも舞台装置がスムーズに動くのがこれまたシュールです。
また2幕で伯爵に「ジルダ連れてきたよー!」(私訳)と報告する合唱団は一区画にぎゅうぎゅうに集められており捉えられているのはあなた方ですかと伺いたくなった。深読みするなら「この人たちも公爵の顔色次第で完全に自由ではない」と理解することもできますが舞台上での見栄えがよくないので散らしておいてください。
新国立劇場の暗い照明は本当に暗いので表情が見えずらい。暗転一歩手前でも綺麗なライティングがあれば動きや表情が見えるはずだがそういったものはない。これは技術の問題ではなく劇場設備の問題なのではないでしょうか。だっていつもだから。公爵がどのような表情でジルダを探しているのか、ジルダが公爵の本音(四重唱のところ)を聞いたときどんな表情をしていたのかをもっと見せてほしい。全員が顔出しNGの歌手だったのかな。
1幕冒頭の合唱とダンサーの動きが悪い。その場にあった動きをそれっぽくっていうのが難しいのかな私たち日本人には。新国立劇場だけでなく日本の舞台芸術全般の問題である。特に原語ネイティブではない勢は言葉に瞬時に反応できないのでリアクションの場所がズレる。単語ではなく日本語に直した文章で捉えているのだろう。
ダンサー(ではなくビジュアル良い人集めた模様)の動き方も全体的に早いのでバサバサしている。少しゆっくり動くだけで変わると思う。個人的に一番変えてほしいポイントはバレエシューズ(のようなもの)を履いているところです。公的な場でドレスにバレエシューズってありえなくない?ヒールが一番だけれどお耽美な素足のようにしたいのであれば裸足に見えるように工夫してほしい。
頑張ってまじ頑張って
オペラ歌手と言っていいのは表題役のウラディーミル・ストヤノフとジルダの中村恵理くらいで後は揃いも揃って上半身発声の薄っぺらい歌唱だった。『リゴレット』は男性歌手ばかりなので女声が入らないことによる男声の強さや深さを教えてほしいのですが細い声しか聞こえてこない。それぞれに与えられたキャラクターの中身が見えてこない。
男性合唱の「ジルダを誘拐しよう!」(訳っていうか略)と歌っている部分はクレッシェンドやアクセントの付けた方で立体感を出そうとしていたのはわかるがそもそもの声が伴わないので聞き手を疲れさせる。薄いのに何かしようとするとこんなにも効果がないのだと教わった。
公爵を歌ったローレンス・ブラウンリーは3幕の超有名なお歌は上手だった。そりゃここ微妙だったらなんのためのマントヴァだよって思うよね。しかし1幕冒頭場面は他歌手に埋もれており公爵が歌っていることに気づくまでに時間がかかった。歌っている最中に声が上がっていき浅い発声になってしまうのとオーケストラよりもテンポを早くとってしまうのが気になった。
完全にズレはているわけではないが音が終始短いので焦っているように聞こえ公爵の堂々とした佇まいを欠く。リゴレットの家の場面になると少し声が前に出てきたし2幕以降はだいぶよくなってきたが歌い方自体が単調でキャラクターが掴みづらい。いや掴めない。
リゴレット(ストヤノフ)は声は安定しており道化という役と父親という役の使いわけも上手だった。ストヤノフが動いているおかけで舞台がなんとか立体的に見える。舞台上にいないとこちらが不安定になりそうだった。
ただもう少し言葉を大切にしてほしい。上手だけれどただ流して歌っているように聞こえる部分も多々ある。つまり雑である。特に2幕の見せ場のお歌は感情の起伏を歌い方に乗せてほしい。ただ勢いも音量もないオーケストラの入りでどのように歌えと?という感じなのはわかります。ごめんね。
本日の中村恵理
中村ありきで聴きにいっているので中村が良ければ満足度も高くなるのですがお察しの通りです。第一声はいつも通り軽く響く声で安心した。蝶々さんやアメーリアを歌っておりますが本来はベルカント寄り(完全ベルカントではない)の軽い声を見事に操れるような歌や役が合うと思っているのでジルダ起用は嬉しい限り。
中村の声は大きい方ではないですが響きがしっかりしているので声量が凄まじくある人がいなければ負けないです。男性歌手との重唱や四重唱でも完全に消えることがないのは響きにくい新国立劇場でも上手に歌うなと思います。
ただ全体的な歌い方が怪しすぎる。上で書いたように声自体はそこまで悪くないのですが、高音にジャンプするときに吠えるように顔を上にあげたり腰をそらしたりしており見栄えが良くない。そのまま高音に上がることができる人なのでそこまで大袈裟にやることに疑問。何より腰を痛めないか心配。
響きが落ちることはほぼほぼなかったですが声が後ろにいきすぎだった。遠いっす。後ろから出すのは正解なのだろうけれどそれは前に持ってこれるからであって後ろで止まってしまうと話が変わってくる。安心して前に出てきてほしいですね。
以上です。
千秋楽までになんとか良くなってほしい。
一方、初日から良いものであれよと思う。