以下の内容はhttps://mishimashikahika.hatenablog.com/entry/2026/01/30/131001より取得しました。


【ロシア編】ロミオとジュリエット(マリインスキー劇場)

2026年1月21日(水)19:00公演

マリインスキー劇場

セルゲイ・プロコフィエフ作曲

ロミオとジュリエット

お世話になっております。

三島でございます。

 

水曜日の夜はマリインスキー劇場へお出かけしました。

 

演目はセルゲイ・プロコフィエフ作曲のバレエ『ロメオとジュリエット』です。永久メイさんの登場を期待して配役待ってましたが残念ながらメイさんはこず。(因みに火曜日の別公演には配役されおりました。)配役発表を待っていると良い席は限られてくるしチケット購入してしまうと配役発表までそわそわするしでマリインスキー劇場は難しい。次回からは開き直ってさっさとチケットを買う予定。

 

更にこの週は指揮者のヴァレリーゲルギエフ氏が毎日何かしらの公演に登場しており私がマリインスキー劇場にいる間はお隣のマリインスキー2劇場で『オテロ』(ヴェルディ作曲)の公演を行なっておりました。ゲルギエフ情報の確認ができたのが遅く既にチケットを購入していたため今回の旅ではゲルギエフに会えず。別に会うわけではないんだけれど。隣の劇場にいるなら良いよね!

会えなかったのでいつも通り橋にいるゲルギエフ氏にご挨拶をしておいた。ここにはいつもいるので安心です。

 

では感想です。

(以下敬称略。)

 

プロコフィエフの音楽がよく喋る

よく喋る音楽がいつも以上によく喋る。『シンデレラ』を見ていても思いますが音楽が全部説明してくれる。バレエは喋らないから今が何で何が起こっているのかわからなくなりそうだけれど全て拾い上げて補って舞台を物語を説明しているようで簡単にいうなら効果音のような役割を果たす。

 

しかし音楽なので単発的な音では終わらずに沢山の楽器が大きな流れをつくっていてそれと気持ちが結びつく。説明しているかと思ったら感情を後押ししてきたりもする。感情が昂るところで音楽も昂るような。逆じゃない。感情が先で何故かそこに音楽がついてくるの。音源ではわからないことが多いなあと感じた時間でした。劇場で目の前にして気づくことがある。

 

輝くように演奏される序曲ですがどこか切なさもありこれから始まる物語がハッピーではないことを教えてくれる。同時に私の中のマリインスキー劇場の音センサーが働き年明け早々にこの音を聴くことができた幸せを噛み締めました。

 

クッションダンスの演奏は低音パートのよく聞こえ踊りに力強さを与えていた。一番感動したのは1幕の終わりの方の音の抑え方です。絶妙すぎて美しすぎて驚いた。こんなに美しい表現があるのか!と思いながら指揮者を見ていた。

 

オーケストラピットがよく見える席に座ったので舞台上を見つつもオーケストラの皆さんの演奏する姿も見ることができた。舞台上が素晴らしいのはもちろんですがマリインスキー劇場にいるとオーケストラのみで公演が成り立つのではないか(バレエ公演なのに?)と考えてしまうくらい完成されていることが多い。

 

出演者が一部ギリギリ公表だったり突然演目が追加されていたりと恐ろしいくらい活発な劇場で観客としてはついていくのが大変です。いつも歌手やバレリーナは大変だと思っておりますが一番大変なのはオーケストラの皆さんではないのかと気づいた。オーケストラがある程度安定してなかったら歌も踊りもないでしょうに。

 

マリインスキーのバレエこそ

目の前にいるのに幻なのではないかとと思ってしまうくらい人間味を感じさせないマリインスキーのダンサーたち。いつも不思議な感覚にさせられます。美しすぎて夢か現実かわからなくなるし「幻だよ」と言われても納得できる。

 

ジュリエットももちろん素晴らしいのですが1番人間味が薄く美しかったのはキャピュレット夫人(ジュリエットママ)のアレクサンドラ・イオシフィディです。気高く美しくジュリエットが姿勢を正して接することがよくわかる気品に溢れたお母様だった。選ばれし人しか着こなせないであろう衣装も問題なく着ており逆に違和感が働いてほしいレベル。ティボルトの死に対する呪いにも似た怒りは激しいのに絶対的な美がありました。

 

ラヴロフスキー版はジュリエットの踊りは印象に残りますがその他主要人物は走っていたりマイムを使っての会話がメインなので踊りまくる演目や版などとは難しい部分が異なります。どのようにバレエとして見せてくれるのかが重要なポイントですがマリインスキーにかかれば何の問題もない。そもそもの所作が美しく、立っているだけでバレエを踊っていることになる人たちに対しては不要な心配である。

 

1幕は普通に会話しながら演技しており何を話しているかは聞き取れないものの会話OK派なんだと知った。踊りが少ないことを考えると実際に会話していた方がより演技に立体感が出る。

 

ジュリエット

この日のジュリエットはレナータ・シャキロワ。日本で踊ったこともあるそうですがおそらく私は初めての観劇です。

 

可憐であどけないジュリエットがエネルギッシュに乳母とじゃれ合う。生まれてからこの家のことしか知らないからとりあえず全員大好きのような危うさを感じる。ママが出てきて急におとなしくなるときの緩急も良かった。舞踏会でジュリエットはパリス(マキシム・ジュジン)と普通に踊っているように見えてこれで幸せでいいのではないかと。パリスと踊っているときに軽めのリフトで安定になる部分が多かった。

 

舞踏会でロミオ(ティムール・アスケロフ)との踊りが始まるときに降りてくる幕と音楽が良い。時間が止まっているような空気に運命の転換点を感じる。さすがの美しさ。この場面を見るためにここにいるんだと思わせてくれた。一つの踊りの中で互いを知っていき距離感が変わっていく様子がわかりやすかった。

 

ロミオにリフトされてジュリエットが手を上げてから降りてくる振付はいつもアーティスティックスイミングに見えていたのですが今回は全く見えなかった。感情が抑えきれない胸がいっぱいで上で見た自分の世界が以前とは違う見え方で輝いていて眩しすぎて倒れるような腕のおろし方が良い。規則的に感じていた振付だったがこちらも胸がいっぱいになるほどの感情のっていることを知った。

 

ロミオがいなくなってからのジュリエットの力強い踊りは1幕のジュリエットとは異なり苦しさやどこにもぶつけられない怒りを表現していた。ジュリエットの内面での変化と大人になったこと見せてくれるわかりやすい表現があった。パリスと無理矢理踊らされるのを拒絶する姿は舞踏会で逃げ出したジュリエットではない。

 

一人で踊っているときのシャキロワは特に問題はない。2幕の力強い踊りをみせつつも体は伸びやかに一つ一つのポーズとキープ力が良かった。

 

ティボルト

私の中の『ロミオとジュリエット』はジェラール・プレスギュルヴィック作曲のミュージカル版なのでジュリエットとティボルトが普通に接しているのはいつも違和感。ミュージカル版でティボルトがジュリエットガチ恋勢なことに違和感を持ちたい。

 

ティボルトを踊ったアレクセイ・クズミンは常に自信に満ち溢れているような雰囲気がありました。いつの間にかティボルトを追ってしまうような存在感と華やかさがあります。あの衣装なのに。舞踏会では自分の強さをアピールしているように見えクッションダンスで足の出し方や手の出し方に強さを感じました。

 

堂々とした様子とは裏腹になぜか大きな空洞を感じました。何のために喧嘩をし相手を憎んでいるのかわかっていないような。決闘と決闘前後の周りの反応は嬉しいのか悲しいのか怒っているのかわかりにくいがクリアではないことがこの物語の面白さである。感じたいのは若者の虚しさなのである。

 

以上です。素敵な時間だった。

 

今後の私的マリインスキーの目標は

・ネオクラシック以外で永久メイを観る

・キム・キミンを観る

です。

マリインスキーのバレエが本当に好きです。




以上の内容はhttps://mishimashikahika.hatenablog.com/entry/2026/01/30/131001より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14