2026年1月20日(火)19:00公演
ミハイロフスキー劇場(サンクトペテルブルク)

お世話になっております。
三島でございます。
唐突なロシア編を始めます。
新年の飾り付けが残るロシアに行きたくて再び冬の旅です。
サンクトペテルブルクに到着しこの旅の初観劇はミハイロフスキー劇場へ行きました。ミハイロフスキー劇場は中心部になるのに心が落ち着く場所です。劇場の規模が小さめだからでしょうか。そして観光客に慣れているのか劇場のみなさんが優しいです。
昨年の『オプリーチニク』に続けて同じ作曲家チャイコフスキー先生のオペラ『スペードの女王』を観ました。新演出とのことでSNSでお見かけした美術や衣装が好みっぽかったので是非見てみたいなと思い観劇を決めました。
詳しい前情報入れずに(先入観を避けるため)観劇したらなんとまあとんでも演出でございまして。お元気ですね!

劇場前の木には音符が装飾されておりとても可愛かった。

劇場内のクリスマツツリーにはトウシューズ!可愛い!
完全に好みが分かれる仕上がりの演出の感想を中心に書いていきましょう。
(以下敬称略。)
舞台セットはまじ好き
2025年9月に初お披露目されたウラジミール・ケフマンによる演出は黒を基調としたゴシックな衣装や舞台美術が特徴的です。とても美しく現代的であるけれど物語と大きな乖離は避けているので視覚的には問題ない。(その物語自体が従来のそれとは離れているのですが。)
舞台中央の盆を3面に切り替えて場面ごとに回転させ進行していく。なので大きな舞台転換の時間はない。盆を区切る壁の一つがモニターになっておりゲームの映像や伯爵夫人のお顔が映し出されたりと舞台上で細かくなってしまうところを大写しにするような映像は伝わりやすくて良い。伯爵夫人が大きく映されると老いてもなお美人で(役の人自体が若いのだと思う)さすがヴィーナスだと感心した。
舞台上の照明は暗く空気も重く全体を通してほとんど笑顔や温かみはない。チャイコフスキーが加えた『愛』の要素を消し去るような演出になっている。原作に戻す演出をしたように見える。『愛』のかわりに『金』の部分に注目が集まっており、また人の冷たさが現実味強め。
ゲルマン登場位置とゲルマン最期の位置が同じで実はゲルマンの回想を通した物語のように見えなくもない。ただそうすると伯爵夫人の若い頃や幽霊を知っていることになってしまうので綺麗に結びつかない。疑問は残る。終幕は毒入りのグラスを渡されて飲み干し死んだ。伯爵夫人とゲルマンがどこか非現実な世界で交差しているのだろうか。
序曲前の差し込み
序曲前にプロローグが追加されている。プログラムによると18世紀の作曲家のヘンリー・パーセルとアンドレ・グレトリーの音楽を使用していると。若き頃の伯爵夫人の描写する音楽です。
また若伯爵夫人が先に”Je crains de lui parler la nuit”をピアノ伴奏にて歌う。退廃的なお遊びをバレエダンサーともに見せるお耽美な演出は良かったが続く序曲が曲の効果を損なっているように聞こえてしまうのは残念だった。いっそのこと序曲丸ごとカットした方が自然だったかもしれない。
ゲルマンも最初にピアノ伴奏で”Что наша жизнь? Игра!”を歌っておく。上に書いたようにゲルマンの回想だとすると絶望の中で歌っているとなり意味が変わってきて面白い。しかし伯爵夫人とゲルマンと二つの人物がプロローグで描かれるのは盛り込みすぎではないのか。忙しいっす。
どちらの曲も舞台袖で弾いている音をマイクで拾ってスピーカーで客席に流していたと思う。オーケストラピットにピアノはあったのですが実際に音が聞こえるのはスピーカーからでした。席からは実際にオーケストラピット内のピアノを弾いているかは確認できず。でもスピーカーから音を出しているのは確かです。まさか音源?それはないよね?なぜ生音ではいけなかったのか気になります。舞台袖で弾いても音は十分聞こえるだろうに。別の場面ですが鍵を開ける音を効果音としてスピーカーから出しており開錠の音は重要なのかと聞きたくなった。
伯爵夫人が二人
若い頃伯爵夫人(配役上はモスクワのヴィーナスともなっている)と現在軸の伯爵夫人が登場しご丁寧に歌まで割り振りされている。歌っている最中に回想として登場する程度でもなく黙役としてでもなくオペラ歌手を起用し歌っている。最初はめちゃくちゃ歌えるダンサーだとびっくりしました。
ポリーナの歌唱部分は若伯爵夫人に与えられておりこの演出ではポリーナは出てきません。若伯爵夫人はリーザとは同軸で生きていないのでリーザは亡霊と歌っているようです。この場面での若伯爵夫人は全体を引っ掻き回すようで見ていてヒヤヒヤした。
若伯爵夫人は出番が多いので口説く感じた。30%減くらいでちょうどいいかも。伯爵夫人が死ぬ場面が終わったのに3幕でまだいるからもうめんどくさいなあって思っちゃったよ。
モーツァルトはいる
カットすると予想した2幕の余興の場面、所謂モーツァルトタイムはある。この演出でどのように扱われるか想像出来なくてカットではないかと思いながら聞いてましたが音楽自体はありました。
この場面の歌手は別配役ではなくリーザ、伯爵夫人、若伯爵夫人、トムスキーと既存の人物が受け持つかたちで進行。設定は伯爵夫人の誕生日パーティーなので誕生日ケーキが出てきてトムスキーが気持ち悪いテンションでお祝いしていた。リーザとゲルマンのお約束もこの場面にあります。
舞台上の不穏な雰囲気は存在するのに曲だけ明るく軽快なのでとても不気味だった。誕生日を祝われているようで全員が早死を望んでいるような視線を向けているのが恐ろしい。
通常演出で皇帝への合唱部分は伯爵夫人の退場の合唱に置き換えられている。神々しい演奏と共に堂々と退場する伯爵夫人はやはり美しいが前の場面を見るとこの美しさが虚構であることを思い出す。
最初の子供合唱はないし夏の庭園は存在しないよ!
エレツキー不在
プロフラムにエレツキーの名前がこざいません。じゃあ誰があの有名な”Я Вас люблю ”を歌うのでしょうか?トムスキーが歌います。しかも伯爵夫人に向けて歌います。この演出ではトムスキーが伯爵夫人の遺産相続を狙っているという設定。祖母への愛の歌だけれど純愛ではなく別の目的がありそのために歌う偽物の愛の歌へ変更。大丈夫?怒られないか?
対象や方向が異なったことにより曲の美しさが薄れておりますがそこが面白くもある。対象がや意味が変わるだけで見え方が異なっているのを体感した。一見、真剣に伯爵夫人の後を追いながら歌っているように見えますが曲中に鏡を見て前髪を整える仕草があってそこで真剣ではないことに気付かされました。
歌手の感想
特に書き出すくらいに特別上手な歌手はいないが全員が安定しており、とんでも演出に影響を受けてとんでも音楽になることを避けたことは素晴らしいです。劇場自体が大きくないことも関係しそうですが全員のロシア語が鮮明だったのが嬉しい。ロシア語字幕があるから間違えるとバレちゃうのは怖いけど。ネイティブだから発音が綺麗ということではないので今回は恵まれました。
リーザ役のAnna Dattayは高音を細くならず中音域と同じように出す。ベルカント系とは異なる高音の上げ方です。どちらが優れているのではなく自分の声に合ったあげ方ができればと思いますが、そのまま高音を出す歌手には恐ろしさを感じます。時々高音へあげるときに時差が発生するときがあるのは気になりましたが全体的には仕上がっております。しかしモーツァルトタイムになると声の伸びやかさが消えてしまったのでモーツァルト的なものは苦手なのかもしれない。
トムスキーを歌ったArtem Akimovは伸びやかに歌っていましたが設定が気になりすぎてあまり記憶がありません。歌よりもお芝居が上手だった印象はある。
ゲルマン役のDamir Zakirovは発声は浅めだがで下手に深くならないため浅いなと思いつつも聞けてしまいます。お芝居としてやらなければいけないことが渋滞しているのでお歌まで気を使うのは大変でしょう。伯爵夫人の亡霊に遭遇したときの驚き具合が面白くて笑い堪えるの大変でした。というか笑うところなのかと思いましたが誰も笑っていませんでした。
カーテンコールで1番完成大きかったのはMr.Ch役のEgor Martynenkoです。まだ学生さんのようです。恐ろしい。堂々と歌う姿と周りを巻き込みながら物語を進行させる力があるように見えました。
特に3幕のゲームの場面ではテーブルに上がり取り仕切きるように歌っていて楽しそうだった。声種のおかげでもあるが1番声が通り輝いておりこのまま良い方向に成長していってほしい限り。男性アイドルに対するような悲鳴がカーテンコールでは飛んできておりビジュアルも相まって人気があるのでしょう。歓声を受けて「やれやれ〜」みたいな感じが良いです。
伯爵夫人を歌ったEkaterina Egorovaは低音が地声に落ちないギリギリのこころで歌える。危ないラインを踏み越えずに歌えてかつ声量が落ちないのが恐ろしいです。
『オプリーチニク』を見たときにも思いましたが男性合唱の音が厚い。バスパートの声が深くテノールパートも軽いキンキン系が少ないのか豊かな合唱でトランプゲームの場面に暗さを与えることに成功している。
じゃあ誰がチャイコフスキーするの?
舞台上からチャイコフスキーのつくった世界がなくなっている。でもチャイコフスキーの音楽をなんとか守ってくれているオーケストラはいる。舞台上を安定した音楽でしっかり支えているので安心して聞けました。ミハイロフスキー劇場は席によってはオーケストラの方々のお顔をはっきりみることができるのでお得です。でもそっちに夢中なっていると舞台上を忘れるから注意。
この演出はどんな人に向いてるか
・チャイコフスキーのオペラ見たいけれど
チャイコフスキーは得意ではない方
・ミュージカルの延長線上で見たい方
・ホーンテットマンション(アトラクション)が好きな方
演出が気になってしまい歌手の印象が薄い。音楽を食べちゃっている演出でした。ただ我が国のどこかの劇場のようにこの演出一択ではなく正統派の演出を自分の劇場か近くの劇場が持っているからこそできる選択であり演出なのだろう。
とにかく見た目が好みなので私は気に入りました。

プログラムもまじよきセンス。