2025年12月7日(日)14:00公演
J:COM浦安音楽ホール
「音の美術館」華麗なるウィーン
〜音楽の都が誘う美への旅路

お世話になっております。
三島でございます。
この日はコンサートを聞きに行って参りました。12月は第九第九第九ですが他の公演もやっているものです。探しましょう。
前半はシューベルトとリヒャルト・シュトラウスの歌曲作品を後半はオペラとオペレッタを演奏という構成のコンサートでした。舞台後方のスクリーンに名画を映し出し演奏と共に楽しむスタイルです。絵画に対しては大変に疎いので感想はございません。
ナビゲーター(浦久俊彦)による歌手と伴奏者へのちょっとしたトークタイムもあり、雰囲気は軽めのコンサートとなっておりました。曲は全然軽くないけれど。
それでは感想いってみよー。
(以下敬称略。)
シューベルト
1曲目から3曲目のシューベルトの歌曲は大西宇宙が歌唱。大西の歌はオペラ作品では聞いたことがありますが歌曲を聴くのは初めてな気がします。
1曲目”Der Musensohn”は歌曲の中で一番完成度が高かったです。軽快に歌いながらも声を確実に届けてくれる。第一声から芯のある強い声がホール全体に響いており安心して聞けました。いつ聞いても安定している方ですね。そしてこのコンサートで歌曲もいけちゃうことがわかった。発音に関しては明瞭ではないが聞き取れないわけでもない。
“Der Lindenbaum”では1曲目とは違い音を保つような(レガートってやつ)能力が試される曲ですがこちらも問題なく素敵だった。ただ高音への跳躍のときに力が抜けすぎているような感じがありました。音が緩むというのかな。力みやすい部分だから力が抜けているのはいいことだけれどやりすぎかもしれない。
“Erlkönig”では声色に変化をつけて歌っているのは良かったけれど前半2曲より余裕がない印象を受けた。登場人物たちの余裕はないけれど歌手自身は余裕でないと何がなんだかわからない。お歌が上手で技術をお持ちの方なので聞けなくはないが物語を感じにくかったので唐突に終わった感が否めない。
リヒャルトのターン
引き続き大西がリヒャルト・シュトラウスの歌曲を3曲歌唱。”Allerseelen”ではシューベルト作品より歌詞の運びに苦戦している様子だった。フレーズの出だしの音が若干ズレるときがあった。“Zueignung”は声量を出しても違和感ない曲なのでお持ちの声との相性が良かった。伴奏が控えめだった。一緒に「フォルテー!」と演奏してくれてもよかったのにな。
“Traum durch die Dämmerung”は曲の移り変わりの表現が弱く(伴奏の問題か?)歌の強弱表現はあるもの音楽全体が停滞している印象を受けた。仮に大西がこの歌の主人公の目線ではなく主人公を遠くから見ている人の気持ちで歌っているのであれば納得できる。口を大きく開けなくても口の中のスペースを充分に感じることができる声で驚いた。
『4つの最後の歌』でソプラノの森谷真理のご登場です。森谷の歌唱による同作品はオーケストラ伴奏で数年前に聞いております。なのに譜面を見ての歌唱。
“Frühling”は最初のフレーズの音符の配置がおかしいように感じた。早く歌いすぎたかな?伴奏とのテンポが合わなかったのかな?ヒヤッとしました。出だしから不安にさせてもらった。出だしの低い部分が無理矢理歌っているように聞こえた。感想を書いている今だからわかるけれど森谷は五線譜の上の方にいると調子良いが下がってくると声がかなり重くなる。あと高音を出しているときに下顎がよく動く。
“September”では途中で伴奏との完全不一致が起きてしまいとても恐ろしかった。戻って来れたけれどその後森谷が伴奏者の方を向いている時間が多かったし右手で軽くリズムをとっていたので本人的にも想定外だったのかもしれない。歌っている方も弾いている方も聞いている方も不安な時間だったと思う。”müdgewordnen〜”の1回目の三連符が崩れたのも気になった。ブレスの取り方が終始必死で音楽の流れが切れてしまうのも気になった。
“Beim Schlafengehn“の間奏のピアノ演奏はとても綺麗だった。この作品の演奏で唯一安心して聞けた部分でした。どの曲でもそうなんですが森谷は高音を出す時にビャーと劇的オペラ風になってしまう。オーケストラ伴奏であればそれぐらいの声を出さないと聞こえないのかもですがピアノ伴奏の場合はもっと抑えても届くので全体のバランスを考慮してほしかった。
“Im Abendrot”の伴奏のトリルはもっと聞かせてくれ。
オペラとオペレッタ
伴奏者の河原忠之は前半で『魔王』を弾いて『最後の四つの歌』を弾いて『フィガロの結婚』と『こうもり』の序曲を弾いてと大変な重労働をしていた。トークタイムで「いじめです。」と言っており仰る通りだなと。お疲れ様です。
『フィガロの結婚』のスザンナとフィガロの重唱(いわゆる2番)は大西がモーツァルトをきちんと歌える人であることがよくわかる仕上がりになっておりました。大きい声は出せるけれど声量だけで解決しようとしない丁寧さがありそれはモーツァルト作品には必要なことですよね。
対してスザンナの森谷は声があっていないのがよくわかる。中音域を軽く歌うことができず重さを感じさせる歌い方は全く持ってスザンナではないし喉にも悪そう。2人とも舞台上でよく動いいるが森谷のヒールが高いせいかリハーサル不足なせいかどことなくぎこちなかった。伯爵夫人のお歌”Dove sono〜”の最初のフレーズはスザンナを歌うときと同様に重さを感じる。しかし次のフレーズ(”i bei momenti”)は楽に歌っている。この辺りから得意な音域に入るのでしょう。レチタティーヴォは重すぎて苦しそうに聞こえた。
アンコール
アンコールは“Wien,du Stadt meiner Träume”を日本語で歌った。この日よくわかったことは大西の地声(しゃべる声)が良い声なことと日本語で歌うときの発音が綺麗なことです。良い収穫です。西洋のメロディに日本語が乗っかると日本語の発音が謎の西洋風になってしまうことがありますが歌うことと日本語発音のバランスをよくとってくれているので聞き取りやすかったです。
以上です。
歌曲が好きです。