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【コンサート】トマシュ・コニエチュニー&レフ・ナピェラワ(東京春祭2025 歌曲シリーズ vol.45)

2025年4月14日(月)13:30公演

東京文化会館小ホール

東京春祭 歌曲シリーズ vol.45

祖国への想い

“若きポーランド”、そして現在(いま)

トマシュ・コニエチュニー(バス・バリトン

レフ・ナピェラワ(ピアノ)

お世話になっております。

三島でございます。

 

私の春祭2025の2公演目そして最後の公演でございます。

歌曲シリーズなんとか1公演行くことができました。オペラ(演奏会形式)は行かなかった。

 

このコンサートはポーランドご出身の歌手とピアニストがポーランド歌曲を中心に構成・披露する珍しい内容となっておりました。HPには歌手ご本人のメッセージに加え在日ポーランド広報文化センター所長からのメッセージもあり祖国への愛と祖国の文化を伝えていきたい気持ちがよくわかります。このようなメッセージを先に読むと先入観が生まれるのでなるべく後から読むようにしておりますがこちらは先に読んでも支障ないものでした。むしろ聞く体勢を整えることにつながりました。

 

私自身はポーランド語は全くわかりませんし記憶が正しければポーランドの歌曲とも初対面なので当たり前に全て新曲です。ワーグナー先生の歌曲も歌っていたけれどコンサートの内容としてはとても新鮮で楽しみにしておりました。

 

平日昼間ということもあり客入りは悪い。空席ばかりで大変申し訳なかった。

 

では感想いってみよー。

(以下時々敬称略。)

 

先にお礼

アンコールにR.シュトラウスの歌曲(『献呈』)を歌ってくれてありがとうございます。私が知っている限り今回の春祭歌曲シリーズの唯一のシュトラウス歌曲でしょう。待っていました。拍手を受け出てきてくれたとき「シュトラウス歌え。シュトラウス歌え。」と念を送っていたので無事届いて何よりです(?)。男声低音で『献呈』を聞くのは昨年のルネ・パーぺーぶりです。ソプラノが歌っているのを好んで聞きますがバスやバリトンが歌うと曲の印象が大きく変わります。渋くなるのがいいよね。

 

お話

先日のビゼー特化型コンサートと同じく今回もポーランド文化の専門家からポーランドポーランド歌曲に関わる説明がありました。先日の聞きずらいお話しとは異なり関口時正先生は軽い口調でフランクに話してくれました。最初に「このコンサートの歌詞翻訳に責任を持つ〜」(うろ覚え)と自己紹介をしており「責任」という重い言葉をさらっと人前で使うことができる自信と誇りを感じました。

 

コンサートのタイトルにある“若きポーランド”とは19世紀の終わり10年から20世紀始めを指していることや作曲家たちがドイツで音楽のお勉強をしたことなどを知ることができました。また時代背景やその時代を生きていた人の思想のトレンドなども簡単に話してくれました。限られた時間(15分くらい)ではありましたが何も知らない私としては大変勉強になりましたしできるならもっとお話を聞きたいと思いました。春祭は全て解説を導入してくれたら嬉しい。強制的にお勉強をさせてくれるのはありがたい。

 

懐かしい

簡単にポーランド歌曲の印象を書いておきます。

 

まず、ポーランドには縁もゆかりもないはずなのにどこか懐かしくそして心地よいです。「私の故郷はポーランドかな?」と思いながら聞いておりました。前半のカロル・シマノフスキとミェチスワフ・カルウォーヴィチの歌曲はシンプルなつくりながらも重厚で音符だけだと教本になりそうな部分もポーランド語が乗っかることに面白い曲になっております。上で書いた通りポーランド語は何もわかりませんが言葉が音符に綺麗にくっついている気がしました。仮にこの譜面にイタリア語を乗っけた場合、面白く無くなりそう。イタリア語を持ち出す必要はどこにもないのだけれど。知らない言語を聞いていると文章の切れ目やどの部分が大事なのかわからないので苦しくなってしまうことがあるのですが前半は大変に心地よかったので言葉の扱いが丁寧だったのだと思います。

 

後半のスタニスワフ・モニューシュコとヘンリク・チシュのお歌は面白い内容だということはわかりましたが前半とは異なり言葉が理解できないことによる楽しみ半減は否めないです(もちろん私の問題)。多分存在するであろう言葉の仕掛けをダイレクトに味わえないのは非ネイティブの辛いところである。ゆっくり予習し日本語丸暗記して挑めば楽しめたかもしれないけれど。トマシュ・コニエチュニーも表情をつけて歌ってはいるものの視線が譜面に落ちてしまうので歌手から伝わってくるものも少ないなと思いました。

 

ともあれかなり良いお勉強になりました。ポーランド歌曲を生演奏で聴けたということに大きな価値があります。スラブと括ることはできてもロシア語とは異なる発音が興味深い。でも言葉の響きやカタカナ表記にしたときに類似点がありちょっとだけお友達感があります。お友達になれるように頑張ります。

 

コニエチュニーさん

体の中に大きな空間があるというのがトマシュ・コニエチュニーの印象。体の中が空いている。空洞だ。内臓どこだ。ポーランド語で歌っているときは特に体の空間の広さを感じました。すでに体の中で声が響いておりそれがそのまま出てきてホール内に響く。歌曲を歌うにはつくりが大きすぎる気もしますがコニエチュニーのオペラ歌手っぽい部分を楽しめたということで良しとしましょう。譜面台を立てタブレット端末にて楽譜を見ながらの歌唱なのはちょっと寂しい。春祭で気になるのは暗譜勢が少ないところですね。覚えよう。

 

コニエチュニーはお持ちの声がとても素敵なのですが一番素晴らしいところは音楽のラインを切らないところじゃないでしょうか。私的上手な人の特徴の一つに「息継ぎの場所がわからない」というのがあります。コニエチュニーはそれができる人であり丁寧に息継ぎをしているので場所がわかりませんでした。フレーズが長く無理がなく息の流れが一定です。

 

ワーグナーの歌曲を歌っているときはポーランド語で歌っているときより浅くはなっていたのですが”Träume”の出だし2フレーズの音楽のラインの流し方が美しすぎて「そうなんだよなあ。こういうことなんだよなあ。」と心地よいながらも技量の高さを痛感しました。母音の長さ子音の位置が適切なのがフレーズが綺麗な理由だと思います。コニエチュニーは簡単にやっておりますが実際難しすぎるので簡単にやらないでください。

 

逆に高音ジャンプが度々失敗していたのは気になるこころです。それもワーグナーで多発するのでポーランド歌曲なら「そういう歌い方なのかな?」と思えなくもないですがワーグナーだとバレてしまう。出ないというより息のコントロールが甘くなったときに起きている現象のようだったので本当は問題ないのではないでしょうか。

 

そもそも前半の”Czasem, gdy diugo na pót sennie marze(時おりつらつら、うとうと夢見ていると)”の”piekniejsze“部分や”Styszatem ciebie(君の声が聞こえた)”の”Styszatem Ciebie”部分は声が細くならずかつ切れ目もなく上げていたので。前半は良かったのだ。

 

以上です。楽しく有意義な時間でございました。

ありがとうございました。

 

春祭最後まで楽しんでください。



 

 

 




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