2024年9月17日(火)19:00公演
サントリーホール 大ホール
第1005回サントリー定期シリーズ

お世話になっております。
三島でございます。
この日は東フィルさんのオペラ公演(演奏会形式)へ出かけました。ヴェルディ先生作曲の『マクベス』です。昨年の11月の日生劇場公演の同演目のチケットを探しまくって買いましたがミョンフンさんが振るのを知っていればそんな必死にチケット探さなくてもよかったなと思います。紗幕で見にくなったし。紗幕の印象しな残ってるねえな。紗幕オペラだわ。
本公演は演奏会形式のおかげか紗幕はございません。ありがたい。
劇場を変えて3回公演のようです。日曜日の渋谷行きは避けるべくサントリーホール公演に参加しました。
では感想いっててみよー。
(以下基本的に敬称略。)
安定の新国合唱団
本公演への合唱にはわが国が誇るオペラ劇場、新国立劇場所属の合唱団の皆さんが担当しておりました。通常運転の謎の動きをこの日も見ることができました。シーズンはまだ始まりませんし昨シーズン最後の演目『トスカ』では謎の動きをする場面がなかったので懐かしさを感じました。もはや愛おしい。魔女の動きは最高に意味がわからない。一気に安っぽくなるしダサくなる。せっかくお歌が上手なのに勿体無いです。棒立ちで良いのに。
ステージ後方P席の位置からの合唱も演技しているのだろうけれど突然私語をし始めた人たちにしか見えない。体の向きも綺麗に揃えればいいのに微妙にバラバラなのがよくわからない。女性陣は黒子のような服装なので芝居を始めたときの立ち位置が気になる。何の役なの?小姓?魔女ではない場面はちょっとだけでもドレッシーにすればそれっぽくなるのに。作品的にも動かない方が良い気がしますが。
ミョンフン
この日のハイライトは指揮棒飛ばしでしょう。指揮棒がを飛ばし指揮台を降りて回収しに行き、その際に客席に笑みを届けるミョンフン。客席に対して「みませんねえ。」と言っているようで面白かった。
手首をよく使い魔法を出すような指揮の仕方は相変わらず見ていて美しいなと思います。ぜひ正面から見てみたいものです。歌手に指示を出す事はほとんどないけれど歌手を無視しているわけではない。ミョンフンにしか出せないであろうバランスが良いです。ある程度責任を背負わせつつ危ないところは支える体制を作っているように感じた。つまりできる上司である。ポスターに大きく映っている割に登場でもカーテンコールでも控えめで常に歌手とオーケストラを立てているような様子がとても好きです。
音楽作りにおいて何か新しいことを発見することはできませんでしたが、安心できる演奏に包まれることができました。ありがたい。個人的には『ファルスタッフ』のときのようにミョンフン参加型のオペラ公演にまた会いたいですね。笑いながら見たいし聞きたい。
夫人
かっこよかったですね。かっこいいです。以上です。
出だしのお声を聞いたときにはあまりマクベス夫人っぽくないかなと、私の理想とはちょっと違うかなと思ったのですが(声が軽すぎる印象を受けたので)、話が進むにつれてどんどんどんどん彼女の強さや良さがわかってきました。恐ろしさや強さを借りてきて付けているのはなく強さや恐ろしさが根底にあるように感じました。夜間徘徊までのつくりこみと圧力が素晴らしいので対比になって面白かったです。
ヴィットリア・イェオはとにかく立ち姿が美しいです。身長も高めなのでしょうか。男性陣との身長差がなかったです。セバスティアン・カターナの隣に立っても弱々しくならず張り合うしなんなら勝っている(何に?)。立場ある人の気品溢れる姿を演じることができており堪能できた。舞台に立つオペラ歌手に求めたい姿の見本になっており所作一つに生活感を感じさせない洗練された姿がありました。華やかだけれど華やかなだけではなくマクベス夫人の威厳を歌わなくても表現することができる。歌に関してはこの後書きますが、「歌が微妙でも美しいからOKです!」となりそうだった。
歌に関しては低音を作りすぎていない声を自分の持ち物以上に重くしない様子で大変好感を持てました。ドスが効いている低音を求めたくもなりますが重さに関してはほぼない。軽やかではあるけれど太い芯があるような声なのでふわふわしたりパヤパヤしたりは絶対にしない。高音を出すときに軽さとスピード感はとてもよかったです。マクベス夫人ってもっと強く思い声が必要なのでは?となるところにイェオがそうではない歌唱でマクベス夫人を魅せてくれて楽しかったです。固定概念ぶっ飛ばせーです。
低音域を含めすべての音で無理に押して歌うような事はなかったと記憶しております。声の届く届かないはありましたが歌い方が丁寧でなめらかでした。どの音どの言葉でも声色が揃っておりイェオの発声はそこまで深くないのですが(悪い意味ではない)揃っていると聞けちゃうのだなとお勉強。
祝宴の場でのマクベス夫人のお歌の歌い分けがされていてよかったです。1回目はおめでたい雰囲気で歌い2回目はマクベスの様子のおかしさをなんとか消し去りたい必死さがありました。素敵です。
低音2人
一昨年の東フィル公演演奏会形式『ファルスタッフ』でタイトルロールを歌ったバスティアン・カターナが再来日です。お帰りなさい。ファルスタッフもできればマクベスもできる表現者としての力量を実感体感。
ファルスタッフを歌っているときの方が好みではあるけれどマクベスも良い感じです。弱々しすぎたり異常にマクベス夫人に圧倒されたりせずに演じてくれたところが好きです。明白に描かれるべきであり表面にですぎると安っぽさがでるので調整大事だね。王ではなく一人の人間としての狼狽や恐怖を抱く感情を表現していたように見えました。過剰に演じることをせず内側の感情がそのまま外に出てくるような最小限のお芝居がイェオのはっきり表現するお芝居とのバランスになっていてよかった。
登場してきたときの「オペラ歌手が出てきましたよ!」感が素敵でした。一音も歌ってないけれど「大丈夫」と安心できる堂々とした登場。ベンチに横たわる(気絶)姿はとても滑稽で面白かった。ベンチが小さいのです。あと新国合唱団の動きが謎の極みで面白い。
お歌に関しては安定しておりました。楽に聞くことができました。高音域の余裕が気持ち良いですね。音が上がってきても声はそのまま保てており技術的不安を感じさせない歌唱はさすがだなと思いました。イタリア語自体は不明瞭だけれどイェオ同様声の整いが良いので聞けちゃう。4幕の見せ場のお歌も素敵でした。出だしの息の流し方でこの曲の良さが決まると思っております。切りすぎずでも単語の切れ目わかるような絶妙なコントロールを求めたいです。カターナの適切なコントロール力により安心して聞けました。
面白みのない歌唱や表現といえばそうかもしれませんが丁寧さが光る声の運び方と過剰でないお芝居は私好みでした。引き算大事よね。
バンクォーのアルベルト・ペーゼンドルファーはお持ちの声はそこまで良くない。でもこちらも丁寧に歌ってくれるので満足。カターナよりさらに面白みはないのですがカターナよりかは声の豊かさがある。しかしお持ちの声に恵まれているカターナの方が良く聞こえるのは辛いところ。声質はどうしようもないけれど聴き比べるとそういう感想を持ってしまう。良い声が全てでない事は承知しているけれど良い声の時点で加点があってからの競技のようです。オペラは競技ではないです。
締まりが悪い
マクダフ(ステファノ・セッコ)とマルコム(小原啓楼)のモブ感が消えずにフィナーレと終幕なのは寂しかったです。締まりが悪いのだ。メインは全員死んだのだし物語の結末通りなのでしょうがないけれどもう少し歌ってくれ。
イタリア語の作品の公演で唯一のイタリア人であるセッコは発音の明瞭さが欠ける。イタリア人歌手に求めたい声の明るさはあるけれどギリあるくらいでもっとほしい。他に上手に歌える歌(役)がありそうだなと思った。マクダフを演じ切れていない歌い切れていない。メインのお歌も芯がふにゃふにゃで一生懸命なのはわかるけれどこちらも頑張って上手に聞かなければならない苦労があった。緊張しているのか知らないけれど終始声が揺れるし発声が浅い。イェオの口角の下がり方も気になったがイェオの場合意図的に(コントロールの中で)下げて歌っているように見えなくもない。しかしセッコはでろーんと無意識で下がってしまっているように見えた。
姿勢について
聞き応えはあるけれど決して力みではない演奏が続く演奏会はとても気持ち良かったです。この公演で一番気になったのはイェオと但馬由香の姿勢違いです。歌に対する姿勢とかじゃなくて立ち姿のことね。
イェオは常にデコルテに光を当てるように立っており顎が適度に引かれておりました。歌っているときもそうでないときもシャッキとした背筋が美しかったです。対して但馬は頭を肩より前に引っ張っているような姿勢で背中も猫背気味でした。一人で立っている分には気にならないのですが隣に良い姿勢の人が立つと目立つ。
姿勢を直すのって歌が上手くなるより絶対早いじゃん。誰も教えてあげないのか。一言「顎引いて!」「背筋伸ばして!」といってあげれば治りそうなものだか。(しかし腰には気をつけろ。)特別イェオが美しかっただけのかな。歌手としての要素ではないのかもしれないけれど舞台に立つ人としての背筋の伸ばし方とか首の位置とか大事だよね。
以上です。
ともあれ良い公演だった。
ミョンフンまた来年!
ファニーな演目でお会いしたい!
おしまい。