2024年6月4日(火)14:00公演
新国立劇場オペラパレス

お世話になっております。
三島でございます。
この日は新国立劇場へ行きました。
期待と不安を抱えずに劇場に行きました。無駄にワクワクせず、コジ・ファン・トゥッテかー、見るかー、くらいの軽い気持ちで劇場に行きました。そんな気持ちで劇場に行くのもどうかと思いますが期待しても疲れるし気楽に行けるのは良いことだとプラスにとります。
コジ・ファン・トゥッテは特別好きな演目ではないけれど重唱が充実していることとその美しさに関しては大好きです。終始難しそうな感じが好きです。物語の中身が薄いので演出で遊び出しちゃうところも好きです。様々な演出を見て演出の幅を比べることも楽しみの一つです。
直近では小沢塾にて同オペラの公演がありました。台本に沿ったスタンダードな演出は音楽を邪魔しないことがとても良かったです。結局スタンダードが一番いいんですよね。
それでは感想いってみよー。
(以下ほとんど敬称略。)
キャンピングコジ
何回か劇場で見ている演目ではありますが新国立劇場の公演では初めてです。キャンピングコジと呼ばれているらしくどこかのキャンプ場で物語が展開されます。面白いのかな?と疑問でしたが斜面で脚力が磨かれそうな舞台セットは興味深いです。舞台全面を使った舞台セットはお金のなさを感じさせません。ただ、キャンピングである必要はわからなかった。別にキャンピングでもスイミングでもトレーニングでも良いのかもしれない。家から離れて開放的になっているということが大事なのかな?
一番気になったのは終幕で各々が別方向に行ってしまうところですね。全員(ドン・アルフォンソ以外?)がキレて、物に当たったり人に当たったり暴力行為を見せつけてから退場しドン・アルフォンソだけが残されるというという演出でした。グリエルモが折りたたみ椅子をキャンピングカーに向かって投げつける様子にはドン引きです(褒めてる)。演出としては悪くはないのですが終幕は仲直り無理矢理ハッピーエンドで終わる方が物語の滑稽さが際立って面白いんですよね。そりゃキレるよねと客席に同情を誘うことは安っぽいなと。最後はみんなで仲良くキャンプファイヤーをした方が面白い。客席を置いてきぼりにした方が残念で笑えたと思います。あえてお客様を見捨てるのです。
オペラ歌手はいましたか?
メインの歌手が5人いるはずです。本来ならオペラ歌手が5人いるはずです。大西宇宙はオペラ歌手ですが他はどうでしょうか?
丁寧に確実にモーツァルトのお歌を歌いこなす技術を披露してくれた大西。大変素晴らしかったです。グリエルモ役は他の役と比べると印象に残りにくく誰もが無難に歌える役だと思っていましたが、大西はその一個上を提供してくれました。レチタティーヴォとお歌の差がなく綺麗に自然にお歌に入っていけるところが素晴らしい。発声と芝居が別枠ではなく発声に無理なくお芝居が乗っかっているので過剰になりそうな動きも大西がやる分には受け入れやすい。
声は出し過ぎな印象を受けましたがフェルランドを歌ったホエル・プリエトがうるさいの声が大きいので合わせていたのかもしれません。
大西は舞台上でよく動くことができる貴重な日本人歌手です。オネーギン(エフゲニー・オネーギン/チャイコフスキー作曲)やジェルモン(椿姫/ヴェルディ作曲)が似合わないわけではないのですが、今回歌ったグリエルモやマルチェッロ(ラ・ボエーム/プッチーニ作曲)のように舞台の端から端まで走り回りそうな役がとても似合うし元気な役を歌っている大西が好みです。歌の能力以外も全面に出してほしい。勝手に押し付けるならマラテスタ(ドン・パスクワーレ/ドニゼッティ作曲)を歌って劇場内を死ぬほど掻き回すところが見たいです。レパートリーのようなのでぜひお願いします。
ドラベッラを歌ったダニエラ・ピーニは声の響きと声量はあるので聞き取りにくいことほとんどなかったです。キャンピングコジに出演するのは2回目ということなのでこの演出でどう歌ったらいいのかを知っているからかもしれませんが余裕を感じました。声質なのか雑味のある印象を受けたけれど邪魔になることはなかった。フィオルディリージを歌ったセレーナ・ガンベローニの声が全く通らないのでドラベッラのパートをダイレクトに感じることができたのは残念でもあるのですが良い収穫になりました。
しかし1幕のお歌(“Smanie implacabili”)はいただけない。休符が全く効果的でなかった。びっくりするぐらい中身がないお歌になってしまった。意味を理解できていないまま歌っていると思わざるを得ない。ただ音と音の間が開いているだけで休符の前の音の切り方に何の考えもなかった。このお歌に表現が乗っかってこないのは辛いものです。
チームキャンプ場
ドン・アルフォンソを歌ったフィリッポ・モラーチェはドン・アルフォンソとして年長者としての風格がなくただのキャンプ場の人になってしまっていた。演出に合わせて小物感を出せる歌手を招聘した可能性もありますが物足りないのは否めない。ドン・アルフォンソどっしりしていないので物語全体がふわふわしてしまいました。
声量が全くないのでほぼ何を歌っているかわからず重唱では聞こえず。ただ、声が顔の裏の高いところに集まっている感じはあったので本当はもう少し歌えるかもしれません。もっと小さい劇場なら上手に声が届く可能性もあります。
デスピーナを歌った九嶋香奈枝は新国ボリス・ゴドゥノフでクセニアを歌っていた方です。そのときは上手だなと思った記憶があったのですがデスピーナはよろしくなかったです。クセニアはデスピーナに比べて歌唱量も少ないし動き回らないので以外と優しいのかもな。なおロシア語。
レチタティーヴォは上手でしたがお歌に入ると声が高いだけの人になってしまう。レチタティーヴォを聞いた後に期待して待っていると悔しい気持ちになる。高音を横に伸ばすように出したり母音ごとに声の質が変わってしまったりと多くの歌手の課題を詰め込んだ歌唱でした。2幕で変装して出てきたときに声をかなり変えていましたがそのような歌い方はやめるべきだった。発声の技術が安定しないのにさらに喉にテンションをかけるような歌い方は聞いていて苦しい。でもウケていたので客席がそれをもとめていたんだろうね。
チーム高い声
今回の問題です。これは大きな問題です。
フェルランドを歌ったプリエトは声が大きくそれなりに良い声で歌うので上手に聞こえたと思いますが少し落ち着いて考える必要があります。
声の大きさに関しては単純に声量の問題もあった思いますが力でどうにかしている部分もありました。部分というかほぼ全てですね。抜けるように歌うことはできておらず声が喉からそのまま出てきているようなオペラ歌手とは思えない歌い方です。シャウトしているような歌い方で逆に最後までよく保ったなという感じです。
“Una bella serenata〜”ではオーケストラよりも早く歌っていました。この部分はフェルランドだけでなくオーケストラも盛り上がってくれるはずなのですが各々の道に進んでしまい面白みのない音楽になってしまいました。オーケストラもオーケストラで明らかにフェルランドが先を走ってしまったのに何もせず自分たちのテンポで演奏していて意味がわからないです。指揮者の指示がなかったということになりますね。フェルランドの後にグリエルモも歌うので惑わされて大西も若干走り気味でした。
高音の出し方がこれでもかというくらい試される1幕のお歌(“Un'aura amorosa〜”)は最高音は出てましたけれど伸びる音ではなくとりあえず音にたどり着いたような余裕を感じない声でした。上で書いた通り力であげています。力が入っているので音も固い。高音から降りてくるときも全く美しくなく階段を一段一段音を立てながら降りてくるようなデコボコした下降でした。一番最後の高音ジャンプも音が保てなかった。
1幕最後の重唱の早く細かい音型は流れまくりで原型はない。この歌に来る前に予想はついていたので特に悲しくはなかったです。予想通りでした。
フィオルディリージも大変だった。この作品で誰よりも労働しているのがフィルディリージです。高音域も低音域も早く細かい音型も優雅に伸ばす音も全部やらなければいけないし自分の見せ場なるお歌(2つ)がめちゃくちゃ難しい。いかに楽に、難しさを客席に感じさせずに歌えるかが大事です。
この公演のフィオルディリージ(ガンベローニ)は何もできていなかった。素晴らしいところはどこですか?と聞かれたら答えられない。
声が小さく通らない。ある程度声量を出せばいいのですがフォルテっぽいところでしか声を出さないので平常時は周りの歌手に比べて声が小さい。重唱が美しいこの作品ですがガンベローニの声が聞こえないことでバランスが悪いです。フィオルディリージはいないしフェルランドは悪目立ちする。調和などあったものではない。
声が小さくても響く声さえ持っていれば声の小ささは新国くらいの大きさの劇場ならそこまで問題にはならないはずです。しかしガンベローニには響きもない。ないと書いてしまうことはいかがなものかと思うけれども、一生懸命聞いても響きがない。一瞬だけでも輝くような高音が聞きたかったです。
一番気になったのはピアニッシモがただの小声になってしまっていることです。ピアニッシモとは響きを保ったまま声量を落として歌うことです。響きがなければただの小声です。どの歌でもどの場面でも小声でした。ピアニッシモができていると思って歌っているのでしょう。もし自覚があれば、ピアニッシモは諦めて普通の声量で客席に届くことを優先するでしょう。最後までしなかったと言う事はご自覚がないのでしょう。
フィオルディリージのお歌は2つともモタモタと演奏されていました。特に1幕のお歌はオーケストラに先導して欲しかった。ガンベローニ待ちで演奏している感じがした。ガンベローニは引っ張っていくことができていなかったので歌もオーケストラももたついていた。
モーツァルトの音楽は大変だ
モーツァルトのお歌をある程度歌える人が揃っているのかと思っていましたが大西以外は技術がぶれまくりという結果でした。ブレるというか持っていたのか?と疑いたいレベルの人もいました。拍手をすることすら辛かったしできなかった。オペラグラスで見るのも辛い。悲しい。じゃあ帰れば?って話ですよね。そうなんだけど帰っちゃったらそれはそれで意味がなくなる気がしたのでとりあえず座ってました。真面目に座ってました。
5月30日、6月1日、6月2日、6月4日と超過密公演だったようです。疲れもあるのでしょう。喉のことを考えないスケジュールですよね。モーツァルト作品ならいけるとかあるのかな?プッチーニ作品じゃないから大丈夫だとでも思ったのかな?教えて和士くん!
以上です。
新国立劇場は本当に恐ろしい劇場です。ハードもソフトも恐ろしい。
来年シーズンのモーツァルト作品は「魔笛」です。人気演目ですね。
おしまい。
指揮:飯森範親
演出:ダミアーノ・ミキエレット
美術・衣裳:パオロ・ファンティン
照 明:アレッサンドロ・カルレッティ
再演演出:三浦安浩
舞台監督:村田健輔
フィオルディリージ:セレーナ・ガンベローニ
ドラベッラ:ダニエラ・ピーニ
デスピーナ:九嶋香奈枝
フェルランド:ホエル・プリエト
グリエルモ:大西宇宙
ドン・アルフォンソ:フィリッポ・モラーチェ
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:水戸博之