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Bプロ【コンサート】アスミク・グリゴリアン ソプラノ・コンサート

2024年5月17日(金)19:00公演

東京文化会館 大ホール

NBS旬の名歌手シリーズ2024-III

アスミク・グリゴリアン ソプラノ・コンサート(Bプロ)

お世話になっております。

三島でございます。

 

水曜日に引き続き東京文化会館へ。

待ちに待ったBプロです。

チャイコフスキー先生とシュトラウスおじいちゃんの曲を同時に聞けるプログラム構成です。ありがたいですねー。

www.nbs.or.jp

 

Aプロの感想はこちら↓

mishimashikahika.hatenablog.com

それではBプロの感想いってみよー。

(以下敬称略)

 

お衣装はAプロ同じものを着ていました。前半後半でもお着替えなしです。この二公演できたのは一着だけです。ドレスの派手さで勝負しないところすごく好きです。

 

このドレス↓

 
 
 
 
 
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前半戦はAプロと内容は変わりません。

お歌に関しては

Mesicku na nebi hlubokém(月に寄せる歌)/「ルサルカ」より(ドヴォルザーク作曲)

Пускай погибну я(私は死んでも良いのです)/「エフゲニー・オネーギン」より(チャイコフスキー作曲)

Ах, истомилась я горем(ああ、悲しみで疲れ切ってしまった)/「スペードの女王」より(チャイコフスキー作曲)

かつて柳の木があった/「アヌッシュ」より(ティグラニアン作曲)※原題略

です。

 

後半はシュトラウスの大きい大きい曲たちです。

Ich kann nicht sitzen und ins Dunkel starren(私は座っていることもできないし、飲んでいることもできない)/「エレクトラ」より

Ah! du wolltest mich nicht deinen Mund küssen lassen,Jochanaan!(ああ!ヨカナーン、お前の唇に口づけをしたわ)/「サロメ」より

 

この公演の感想をどのようにまとめればいいのかわからない。コンサートの感想は曲ごとに書くことが好きで今回もそのつもりで書いていたのですが上手くいかない。音楽の中身より声のことが気になりました。曲ごとに感想を書くと同じことを繰り返しているだけになってしまいそう。

 

本当はタチヤーナがどうだったとかサロメがどうだったとか書きたいのですが。できない。この更新では曲の感想を混ぜながらグリゴリアンの声に注視した感想を書きたいと思います。

 

無味無臭

グリゴリアンの声は色がないと思いました。良い意味でも悪い意味でも。

 

良い点はグリゴリアン自身の声の主張がほぼないので曲そのものの良さが伝わりやすいところです。歌っているときは役の後ろに影を潜め私が歌うからこうなる、こう表現するというよりは本来の役の立ち位置がどこなのかに気をつけて歌っているように感じました。

 

役よりも歌手本人が前に出てきてしまいどういった曲なのかわからなくなることがあります。自分の曲のように歌うことは好みですが度が過ぎてはいけません。グリゴリアンはどこまでいってもそのようなことにならなそうだなと思いました。歌っているグリゴリアンと監督しているグリゴリアンがいるのでこの監督が引退しない限りは大丈夫。

 

ただこれは歌唱技術が安定している場合だからこそ効果を発揮するのであってこの公演のように発声で気になる部分が多いとそちらに気を取られてしまうので音楽が楽しめません。これが悪い点です。

 

完璧に歌えるからこそ曲の色がわかるのであって、歌えなければ何がなんだかわかりません。自分の色が強い歌手であれば押し切ってなんとなくそれなりのものを披露し、こちらもなんとなく聞けた気分になってくるのですが。グリゴリアンにはできない技です。

 

つまり、音楽を邪魔せず本来の良さを伝えることに優れているけれどこの公演では伝えることに必要な技術がぶれてしまったということです。

 

硬い

前半戦は声の硬さがひたすら気になりました。

 

1曲目のルサルカではAプロの感想でも書いた通りフレーズの最初に力みがあり、勢いをつけて歌っていることがわかりました。ある程度力をかけて第一声を出すことにより音の焦点を定めているのでしょう。確かに安定します。安定するというか安定している気分になる。歌っている感がでるんだよね。でも聞いていて邪魔になるのです。その力みが音楽の流れを壊す。

 

流れが美しい曲のはずですが時々切れてしまうので全体の美しさが感じられませんでした。それでもAプロよりは流れがあったと思います。特にサビ(といったら怒られる)部分では喉が上がってきてしまっているようには見えないのに音が上っ面になっていました。声もさらに硬くなる。響いてはいるのですが伸びやかではない。

 

ただ、最後の”nezhasni!”への降り方は綺麗でした。急降下するのではなくフワッと降りてくる。低い音への着地がとても丁寧でした。

open.spotify.com

アルメニア

アヌッシュという名前のオペラでアヌッシュという女性が歌っている曲なのにアルメニア語っていう方がしっくりきている。

 

これもAプロと同じ感想なのですが、アルメニア語を歌っているときのリラックス具合が大変心地良いです。上で書いた硬さがなくなるわけではないのですが良い方向に変わります。硬いのが声ではなく声の芯になります。

 

チェコ語・ロシア語は口の中の高いところで声がつくられておりますが、アルメニア語の場合は位置が少し下がります。下がることによって響きがまろやかになり無理しているようなきつい響きがなくなります。アルメニア語で歌うときのポジションがグリゴリアンが完全にコントロールできる位置なのでしょうか。

 

高ければ高いほど良いと思っていましたがコントロールを失ってしまえば意味がないことを知りました。響きが上にいるだけになってしまう。高いポジションが手に入りました、さてどうしますか?と話が続くわけですね。長い道のりだ。

 

まとめると、イタリア語はかなり上・奥で言葉と音がつくられており、ドイツ語とロシア語はイタリア語の位置より少し下で音がつくられ言葉は前の方で捌いていました。そしてアルメニア語は上記の言語よりも更に下で言葉と音がつくられているという印象を受けました。

 

もちろん音の高さによって違いは出ますが定位置はこのあたりかな。書き出すと言語の違いを把握し切り替えているような知的な歌唱に思えますが、正しい方に作用していたのかは疑問。

 

チャイコフスキー

前半戦のチャイコフスキーの曲たちはこちらもAプロと全く感想は変わらず。タチヤーナは無理して声をつくっているような印象があります。出だし”Пускай”を音を掘るように歌うのが気になりました。押し広げるの方が伝わるかな?このような歌い方が好きな人もいそうですがここではそのような歌い方はいらない。もっと自然に歌えばいいのにな。

 

ロシア語の言葉さばきに関してはやはり美しく迷いがないです。ルサルカ同様に声の硬さはあるので音が伸びやかではないですが。中音域で言葉を捌く部分は疲れを感じました。

 

テンポ感が独自すぎる。どのような効果があるのでしょうか。想定しないところで急いだりゆっくりしたり。上手に歌うためにやっているのでしょうがなんか邪魔。テンポの主導をオーケストラではなくアスミクが持っているので本来の曲とのバランスが悪い。タチヤーナのこの曲はオーケストラに道をつくってもらった方が綺麗に聞こえる。

 

この曲に対してオーケストラと会話しているような印象をもっております。そこが大好きなのです。しかし一切会話してなかったな。後半戦のシュトラウスの曲たちもそうですがオーケストラの仕事が多い曲ばかりだったのでもっと頑張って盛り上げて欲しかったです。

 

リーザは安定していた。言葉が自然に出てくる。Aプロで気になった”и”の悪目立ちも少なくなった。

open.spotify.com

で、シュトラウス

待ちに待ったシュトラウス。まさかの譜面あり。いや、あなた、これがメインなのに譜面見ちゃうの?と心の底から思いました。

 

オーケストラに関してはみんながわかっていた通りの品質です。誰一人脱落しなかったことは良いところです。みんなで登ってみんなで降りてきた。素晴らしいことです。

 

大変に平面的!シュトラウスの音楽を薄くのっぺりと演奏できるもんだなと新しい発見です。活気のない演奏ができないつくりだと思っていましたができちゃうものですね。

 

丁寧に実直に演奏してくれた事は伝わりますが、それではシュトラウスの曲の演奏として物足りないです。物足りない?別物だぜ?シュトラウスのオペラのオーケストラは伴奏ではないです。共闘です。

 

こういうことを後から書くと格好悪いので、先にはっきりと書いておけばよかったなと思います。私は曲目が発表された時点でマジで頑張ってと思ってAプロのオーケストラを聞いてBプロはやばいだろうなと思いました。覚悟できてたので落ち込まずに済みました。

 

7つのヴェールの踊りの弦の入りがスカスカの上っ面も良いところでびっくりしちゃった。かっこいいところなのにもったいない。

 

この部分↓

youtu.be

 

アスミクがそこまで安定してないので、求められるレベルの演奏できたら声をかき消してしまった可能性があります。結果オーライな部分はありますね。

 

クリソテミスの最初のフレーズを聞きましたか?ここは本当に素晴らしかった。パーフェクト!それできんのかいって思いました。全ての音と言葉が自然に飛んでいきます。チェコ語・ロシア語だと声の硬さが表面に出てきますが、ドイツ語を歌っていると硬さがドイツ語にうまく包まれます。お持ちの声とドイツ語の発音の相性が良いのでしょう。

 

クリソテミスは細さが気になりました。Aプロのマノンと同じような現象です。芯は通っているし全曲の中で上手だった方ですが細い。そして淡々と歌うのでクリソテミスの訴えが伝わらない。オーケストラがおとなしいのも原因の1つですがドラマチックに歌ってほしい。

 

シュトラウスの曲を歌っているときはAプログラムの時にあれほど美しかった口のフォームが崩れました。もちろん綺麗なときもありますが、音を伸ばしている最中に無駄に口が動いたり下唇にときどき力が加わっていたりしていました。サロメエレクトラを綺麗な口の位置を保ったまま歌うなんて不可能だとは思いますけど、2022年にアスミクはやっていたのでできるはずなのですが。もう過去の話なのでしょうか?

 

サロメは低音を全て捨てにいった。高音から低音まで急上昇急降下するのが面白くそれに対応できるからすごいのであって低音を丁寧に歌うことを諦めたらそこらへんのソプラノと変わらないじゃないか。アスミクが歌うことの価値が得にくい仕上りになっておりました。

 

アンコールは無し。シュトラウスの長い曲を歌った後なので体力的な問題かなと思いましたが、オーケストラが楽譜を開いていたので予定はあったのかもしれません。21時を過ぎていたので時間の関係かな。詳しくは知りません。

 

グリゴリアン最高!グリゴリアン万歳!と全方向から褒め称える感想を書くことになると思っていました。それくらい2022年のサロメは衝撃的でした。このときが果たして本当に上手たったのか疑っています。サントリーホールのおかげだったのかもしれないし共演者が強かったからかもしれない。悔しいですね。

 

以上です。

 

来日コンサートが発表されてから本当に楽しみにしていたので今の自分の思っていることを書くと過去の自分を裏切るようでとても悲しいのすが、私の耳が感じ取ったことを書きました。

 

遠い遠い島国まで来てくれてありがとう。

またどこかで。

 

休憩時間にお話ししてくださった皆様ありがとうございました。乱入してしまいすみませんでした。大変楽しかったです。

 

NBS

ソニア・ヨンチェヴァを召喚してください。

 

おしまい




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