
1980年代に荒俣宏「帝都物語」という文庫にして全10巻くらいに亘る、SF超大作小説がヒットし、私の会社でも、本好きの仲間たちのあいだで話題が沸騰したものです。その小説の後半の未来編に描かれている乗り物は、自転車が進化してスピードを獲得したような物で、それを凶器として使う人たちが現れる、記憶が確かならば、そういうものでした。写真に写した、最近になりそこら中で見かけるこいつ、電動ボード?を見ると、小説のその場面を思い出します。という上記の話は、このブログにも近い過去に書いたと思います。またか・・・人が考えること、覚えていることって限りがあるなあ。
この日、もう十日ほど前ですが、原宿の太田記念美術館に浮世絵のおじさんにスポットを当てた展示を観に行きました。浮世絵、とくに歌川広重の東海道などは主に広角レンズ~標準レンズクラスの街角スナップみたいだな、そして、カメラが普及してくる前に、浮世絵師によって、画面構成のバリエーションや、スナップにおける決定的瞬間すなわち街中にいる市井の人々の動きにも起きている決定的瞬間、広重の絵でいえば、大風で編傘が飛ばされて転がって行くのを慌てて追っかけている男がいる絵とか?、そういう画面構成はすでにすべて発明されていたんじゃないかな、と思ったこともありました。これもたぶん、このブログの過去に書いている。
この展示のいいところは、絵を見るきっかけの一例を提示してくれていることだと思いました。ちょっと絵を一瞥して、そこになにが描かれているかをちゃちゃっと認識して、それでもう絵を見終わってしまう、というところから、もうちょっと詳しく見ると気づきがありますよ、たとえばおじさんを見ていったらどうですか?ほら、とたんに面白く絵を鑑賞できるでしょ、というように。そして、そうやって絵の前で立ち止まっていると、暮れ行く空のグラデーションの美しさに気が付き、刷り物であるのに、なんでこんなことが出来るんだろう?と思ってみたり、あるいは外にいる人々の女性比率が低い気がしたり。女性はハレの日に着飾って名所見物に行く以外の日常では家のなかで仕事ばかりしていて、そとでのんべんだらりとしていたのは男だったのかな?と思ったりもしました。
太田記念美術館のあとは、明治通りでいいのかな、渋谷の方へ歩いていき、リコーのGR TOKYO、リコーのGRシリーズカメラの展示やハンズオン、そのカメラで撮られたプロ作品のギャラリーなどがあるカメラ好きに寄り添ったおしゃれな場所に、寄りました。ソファーがあり本棚には写真集が何冊も置いてあります。アメリカのニューカラーを源流とする写真家の本が多く置かれているように感じます。